王子様とヒロイン、そしてお食事会
緊張した面持ちで食堂の扉の前に立つと、胃のあたりがきゅっと縮んだ。原作には描かれていなかった王子との婚約中の期間。このお食事会も、小説では一言も触れられていなかった。なのに私は今、この場にリリアナとして立っている。
――なんとか乗り切らないと。
「お嬢様、深呼吸を」
背後から聞こえるカイの声。振り返って彼の姿を見るだけで、少しだけ呼吸が落ち着いた。
「……ありがとう。じゃあ、行くわよ」
震える手を握り、重たい扉がカイの手で開かれる。煌びやかなシャンデリアの下で、二人の男女がこちらに目を向けた。
一人は金髪の少年。青い瞳がまっすぐに光り、金色と白を基調とした豪華な衣装に身を包んでいる。誰が見ても絵に描いたような理想の王子様。ユリウス・アーデン。
もう一人は、淡いピンクの髪を揺らしながら、アクアブルーの瞳を輝かせるヒロインのアメリア・ブラン。まるで花が咲いたように笑う彼女。“天使”という言葉がよく似合う。
王子様とヒロインの姿を拝めるなんて!!もう死んでもいい!!……って、もう死んでたわ。
けれど、並んでる二人を見て重要なことを思い出した。リリアナは処刑されるんだっけ。この蚊も殺せなさそうな王子様に。そう。王子には幼い頃から婚約していたリリアナがいた。そのせいでヒロインと結ばれることはなく、国のために仕方なく彼女と結婚したのだ。
そして物語の終盤、リリアナは”嫉妬に狂った悪女”として王子によって処刑され、いよいよ二人は結ばれる――というところで、私は最終回を読めずに死んでしまったんだけど。
二人が結ばれるのは嬉しいけど、その未来のために私が処刑されるなんて。読んでいたときは、自業自得でしょと思っていたけど今は違う。リリアナとしてあの結末を迎えるなんて……。
思わず身震いした時に、ユリウスが首をかしげた。
「リリアナ嬢、どこか体調でも悪いのか?」
「っえ!あ、はい、殿下。ご心配には及びませんわ」
完璧な笑みを貼りつけて、テーブルに着く。
アメリアは隣で無邪気な顔で微笑んだ。
「リリアナ様のお召し物、とても素敵ですね。赤って普通の方ならキツイ印象になってしまうのに……」
一拍置いて、口元に甘い笑みを浮かべる。
「リリアナ様にはよくお似合いですわ」
オレンジの華やかなドレスに身をまとったアメリアはクスッと笑った。空気がほんの少しだけ揺れる。その可愛らしい姿で口にした言葉に、一瞬だけ違和感を覚えた。
「ありがとう。アメリア様にそう言ってもらえるなんて光栄だわ」
彼女の瞳が、ほんの一瞬だけ面白くなさそうに細められた。ユリウスは二人のやり取りに気づかず、優雅にワインを味わっていた。
「アメリアは最近、新しい慈善院の計画を立てていてね。平民の子供たちを保護するためのもので、僕も王家として支援しているんだ」
「まあ、それは素晴らしいですわ」
「わたしは皆さんも噂されてる通り、スラム街の出身でした。運よくユリウスやおじさまに拾っていただいて、そのおかげで伯爵家に養子として迎えられたんです。ですから今度は、わたしが貧しい方たちを助けられたらと……」
アメリアが微笑み、彼の手にそっと触れる。その仕草はまるで恋人そのものだった。堂々としてるわね……婚約者の前でこれ?見せつけられてるみたい。こんなのどっちが婚約者なのかわからないじゃない。
確かにヒロインはスラム街で、王子たちに助けられた。運が良かったというより、他の子供達の姿が霞んでしまうその容姿に、魅入られた……つまり王子の一目惚れだ。
その日からヒロインの生活は180度変わり、助けてもらった王子に恋に落ちた。そういう誰もが憧れるシンデレラ・ストーリー。それは当然この世界でもそうなのだろう。だからと言って婚約者の前で、こんなに堂々とするものだろうか。貴族のことはよく知らないけど、彼氏がこんなふうにしていたら、私は平手打ちをかましている。
「リリアナ嬢?」
「あ……すみません、少し考えごとを」
取り繕った笑顔を浮かべ、フォークを口に運ぶ。原作のまま進めば、結婚後リリアナはヒロインに嫌がらせをして破滅する。でも実際問題、私がそんなことをしなければ処刑されることはないはず。
――だが、その考えは甘かったのだと思い知らされることになる。




