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若隠居軍師はのんびりスローライフを送りたい(送らせてもらえません)  作者: 塩野さち


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第9話 畑を耕したいが、軍事訓練があるし、うーむ

【アルノルト視点】


 我ながら、良くも悪くも凝り性な男だと思う。

 畑仕事に熱中していたかと思えば、今度は嫌々背負わされたはずの軍事訓練という課題に、いつの間にか真剣に取り組んでしまっている自分がいた。机の上には、俺が書き留めた兵士たちの練度や癖のメモと、新しい盤上演習用の駒が散らかっている。


「まあ、少々早いが……あの訓練をやってみるか」


 誰に言うでもなく呟き、俺はニヤリと口の端を吊り上げた。

 軍事訓練の講師料は、俺たちの食生活を豊かにしてくれた。これまでの麦がゆ一辺倒から、今では食卓にチーズが並び、ブロックが森で獲ってきた猪の肉が鍋で煮え、畑で採れたばかりの瑞々しい野菜が彩りを添えている。


「あら、アルノルト様。なんだか悪いお顔をしていますわよ?」

「んだ!」


 リナの指摘に、ブロックも力強く同意する。俺はこんがり焼いたチーズを食べる手を止め、自分の頬をさすった。


「ん? 顔に出ていたか? 俺もまだまだだな。……そうだ、ちょうどいい。二人には、明日の訓練で使う新しい課題の確認作業を手伝ってほしい。要は、テストプレイというやつだ」

「わーい、やったー!」

「オデ、楽しみだ!」


 先週の訓練の後、参加できなかったリナとブロックにせがまれて、俺はもう一つ同じゲームセットを作らされていた。そして二人と対戦してみたのだが、これが驚くほど筋がいいのだ。

 リナに至っては、わざと片翼の戦力を薄く見せかけて敵を誘い込み、温存していた騎兵で側背を突くという高等戦術まで見せた。ブロックも、決して力押しに頼らず、不利と見れば巧みに兵を引いて戦線を再構築する柔軟さを持っている。

 いわゆる、地頭がいいというやつだ。この二人、鍛えればあるいは……。


「いかんいかん。俺たちはスローライフを送るためにここへ来たんだった」

「んっ? アルノルト様、何かおっしゃいました?」

「いや、なんでもない。さて、飯を食ったら早速テストプレイを始めるぞ」


 食後、テーブルの上に新しい盤面が広げられた。俺が今回の特殊なルールと勝利条件を説明し始めると、リナとブロックの顔がみるみる曇っていく。


「こ、これはアルノルト様。いきなり難問なのではないでしょうか?」

「んだ。オラもそう思うべ。これじゃあ、どうやっても勝てねぇ」


 二人は盤面を前に腕を組み、うんうんと唸っている。


「ははは、まあな。だが、俺は早く畑仕事に戻りたいんだ。だから、街の兵たちにはさっさと強くなってもらわないと困る」


 テーブルに置かれたかごからリンゴを一つ手に取ると、俺はシャクッとかじった。


「んだべか? そういうことなら、オラたちも協力するだよ」

「ええ、ええ! 小さいですけど、ここはアルノルト・フォン・アーベント様の領地ですものね! 領地の民を守るため、発展を一番に考えるべきですわ!」

「……うん、まあ、そういうことだ。わかってもらえて嬉しいよ」


 リナの純粋な忠誠心に少し気圧されながらも、俺たちは夜更けまで新しい演習のバランス調整を行った。


 そして、第二回目の軍事教練の日が来た。

 訓練場へ着いた俺は、自分の目を疑った。先週は二十人そこそこだった兵士が、今や広場を埋め尽くしている。おそらく、百名は超えているだろう。クレアの街の総兵力に近いのではないか。

 そして、兵たちの最前列には、ニコニコ顔で手を振るバルト卿の姿まであった。


「はあっ……!? この人数に教えろってのかよ、聞いてないぜ。それに、バルト卿の相手までしないといけないのか……」


 俺は思わず頭を抱え、天を仰いだ。

 憎らしいほど良く晴れた空には、一羽の鷹が悠々と円を描いて飛んでいるのが見えた。

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