第7話 あら、お客様ですの? アルノルト様、きちんとお出迎えしましょう!
【アルノルト視点】
「げえっ!」
俺の情けない声に、森のカラスが応えるように一声鳴いた。
息を切らしながらも、見つけたぞ、とばかりに得意げな表情を浮かべる女衛兵。俺とブロックは鍬と斧を固く握りしめたまま、完全に膠着していた。
その張り詰めた空気を打ち破ったのは、意外な人物だった。
「あら、アルノルト様、お客様ですの?」
首を傾げながら現れたのは、リナだった。彼女は緊張感のかけらもない様子で、にこやかに微笑んでいる。
「まあ、遠いところをわざわざありがとうございます。お水をお出ししなくては! ささ、お客様、どうぞこちらへ」
リナは女衛兵の手を取り、ぐいぐいと小屋の外に設置した休憩用のテーブルへと案内していく。あまりに自然なリナの歓迎ムードに、女衛兵も毒気を抜かれたようだ。俺とブロックは顔を見合わせ、ため息をつきながら後に続いた。
女衛兵と俺がテーブルに向かい合って座り、ブロックが俺の後ろにズンと立つ。
「わたくしはクレアの街の衛兵隊長、セラと申します。あなた様のお名前を、お聞かせ願えませんか?」
「……アルノルト・フォン・アーベントだ」
その名を聞いた瞬間、セラの目がこれ以上ないほど大きく見開かれた。
「なにっ! そなた、あの天才軍師、アルノルト・フォン・アーベントだと申すか!? ど、どうりで……戦場での采配、お見事でございました!」
セラは居住まいを正して深く頭を下げた。
「アルノルト殿。我が主、クレアの街の領主であるバルト卿が、ぜひとも貴殿に会ってお礼を述べたいと申しております。どうか、館までご足労願えませんでしょうか」
(結局こうなるのか……)
俺は天を仰いだ。だが、ここで断っても、この真面目な衛兵隊長は諦めずに毎日通ってくるに違いない。
「……仕方ない。まずは俺とブロックの服を仕立てたい。話はそれからだ」
「もちろんでございます! 街一番の仕立て屋へご案内いたします」
セラを先頭に、俺たちは再びクレアの街へと向かった。
街一番の仕立て屋でブロックの規格外の服と俺たちの服を注文し、ようやく俺たちは覚悟を決めて領主の館へと足を踏み入れた。
館の内部は、王都の貴族の館のような華美な装飾はないが、磨き上げられた石の床や、壁に掛けられた重厚なタペストリーが歴史と気品を感じさせる。質実剛健、という言葉がぴったりの空間だ。
通されたのは、謁見の間ではなく、暖炉に火が灯る暖かい食堂だった。
テーブルの奥で俺たちを待っていたのは、いかにも辺境の領主といった風情の、屈強な初老の男だった。
「おお、来たか! わしがここの領主、バルトだ。此度は街を救ってくれたこと、心より礼を言うぞ!」
豪快な声で笑うバルト卿に促され、俺たちが席に着くと、すぐさま豪華な食事が運ばれてきた。
こんがりと焼かれた猪の丸焼き、チーズがたっぷりかかったパン、色とりどりの果物と、甘い蜜がかけられたお菓子。麦がゆばかりの生活をしていたリナとブロックにとって、それはまさに夢のような光景だった。
「うおお! 旦那、肉だ!」
「わぁ……! ケーキ……!」
次の瞬間、リナとブロックは無我夢中で料理に食らいついていた。リナは口の周りをクリームだらけにしてケーキを頬張り、ブロックは巨大な肉の塊をあっという間に骨だけにしている。
「こ、こら、お前たち! 行儀が悪いぞ! 申し訳ありません、バルト卿、うちの者たちが……」
俺が慌てて謝罪すると、バルト卿は腹を抱えて笑った。
「はっはっは! 良い、良い! 命の恩人が、わしの街の飯を美味そうに食ってくれる。これほど嬉しいことはないわ!」
その言葉に、俺は少しだけ救われた気持ちになった。
食事が一段落すると、バルト卿は真剣な顔つきで切り出した。
「アルノルト殿。単刀直入に言おう。この街の兵士たちを、鍛えてはくれまいか」
「……訓練、ですか」
「そうだ。見ての通り、ここの衛兵はただの田舎兵士。先日のように統率の取れた賊が来れば、ひとたまりもなかった。どうか、貴殿の軍略のほんの一欠片でも、彼らに授けてはくれまいか。もちろん、相応の報酬は約束しよう」
週に一度でいい、と彼は言う。
(週に一度の軍事教練……それはもはや、隠居とは言えん……!)
断りたい。だが、この誠実な領主の目と、先日の戦いで見た衛兵たちの必死な姿が、俺に「否」と言わせなかった。
「……分かりました。週に一度だけです。それ以上は、ご勘弁を」
俺が絞り出した返事に、バルト卿は満面の笑みを浮かべる。
お菓子を前にキャッキャとはしゃぐリナと、ブロックが肉を咀嚼する音がしばらく続いていた。
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