第6話 ブロック、空気を読んで帰る あ~農作業っていいなぁ!
【アルノルト視点】
がしり、と女衛兵に腕を掴まれた俺は、内心で舌打ちした。しかし、その絶体絶命の状況を打開したのは、隣に立つ巨漢の機転だった。
ブロックは俺の体をひょいと持ち上げると、まるで子供にするように、いともたやすく自分の肩に乗せた。
「旦那、リナが心配してるだよ。早く戻るべ!」
(ナイスだ、ブロック!)
俺はブロックの意図を即座に理解し、彼の言葉に乗った。
「よし、家へ帰るぞ! ブロック!」
「お安い御用でさぁ!」
女衛兵が呆気に取られている隙に、ブロックは大きな歩幅でその場を離れようとする。
「お、おい、待て、いや待ってくれ軍師殿!」
女衛兵の悲痛な叫びをきっかけに、我に返った兵士や民衆からも声が上がる。
「軍師殿、お待ちくだされ!」
「街を救っていただき、ありがとうございます!」
「あの旦那がいなけりゃ、今頃……」
「おい、行っちまうぞ!」
背後から聞こえるそれらの声には耳を貸さず、俺たちは歩みを進める。中には、去りゆく俺たちの背中に向かって、力強く手を振る者や、敬礼を捧げる者もいた。
女衛兵が慌てて後を追おうとするが、ブロックの巨体と歩幅の前では、あっという間にその姿は小さくなっていく。
ブロックはドシドシと力強い足音を立て、朝焼けの戦場を後にした。
そして、俺たちの小屋へ着くと、リナが井戸端で顔を洗っているところだった。俺たちの姿を見るなり、彼女はぱたぱたと駆け寄ってくる。
「あら、お二人とも、そんなに汚れてしまって! 早く着替えて着替えて!」
俺には替えの服があったが、当然ブロックの巨体に合う服などない。
仕方なく、荷物運びに使っていた大きな麻袋の底を抜き、頭と腕を通す穴を開ける。ブロックは文句一つ言わず、それを頭からかぶった。腰に麻紐をくくりつけると、即席の服の完成だ。
「あ~、これ血だわ! とれないわね! しばらく水に漬けてみようかしら?」
リナは俺たちが脱ぎ捨てた血まみれの服をたらいに放り込みながら、ぶつぶつと呟いている。
やがて、リナが朝食の支度を終えた。食卓に並んだのは、いつもと同じ麦がゆだ。しかし、命のやり取りをした後の俺たちにとって、その素朴な一食は五臓六腑に染み渡るごちそうに感じられた。
「しかし、この様子だと街へ行きにくくなってしまったな……あの女衛兵に見つかったら、う~ん……」
「旦那、わりぃけど、オラの服を買ってほしいだよ」
「そうだよなぁ。戦場の汚れってなかなか取れないんだ。あれは作業着にするしかないか。……まあ、難しい事は明日考えよう。ブロック、今日も農地を広げるぞ」
「んだ! 難しい事はオラわがんねぇだ!」
食後、俺たちは早速、農地の開拓を再開した。ブロックが切り株を引っこ抜き、俺が土を耕す。ザク、ザク、と鍬が大地をかく音が、やけに心地よかった。
(あ~落ち着く、こんな日がずっと続けばいいなぁ)
ブロックが一日で開拓してくれた土地は、俺が一人で数日かけるよりも遥かに広かった。俺はそこに新しい畝をいくつも作っていく。
「よし、この新しい畝にはカブと豆を植えよう。麦だけでは栄養が偏るからな。冬に向けて保存食も作りたい」
俺が鍬で等間隔に溝を掘ると、リナがその後ろから、小さな手で一粒ずつ丁寧に種を落としていく。ブロックは、巨大な桶に水を満たし、軽々と運んできては畑に優しく水をまいた。
最初に作った麦畑では、すでに緑の芽が一斉に顔を出している。リナはそれを見つけると嬉しそうに駆け寄り、芽の間に生えた小さな雑草をぷちりと抜き取った。その姿は、まるで我が子を世話する母親のようだ。
戦の興奮も、面倒な人間関係も、土に触れているとすべてが浄化されていくようだ。
それから三日ほど経っただろうか。
俺たち三人がいつものように畑仕事に精を出していると、不意に、小屋へ続く小道を誰かが歩いてくる気配がした。俺とブロックは顔を見合わせ、同時に作業の手を止めて身構える。
茂みから現れたのは――見覚えのある女衛兵だった。彼女は息を切らしながらも、その瞳に確かな光を宿している。
「見つけたぞ! 謎の軍師殿!」
「げえっ!」
俺の情けない声が、のどかな森に響き渡る。
どこかで森のカラスがカァーカァーと鳴いていた。
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