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若隠居軍師はのんびりスローライフを送りたい(送らせてもらえません)  作者: 塩野さち


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第3話 小屋ができた! そして木の根がとれない!

【アルノルト視点】


 あれから数週間が過ぎた。

 森の開拓地に響いていた威勢のいい槌音(つちおと)はもう聞こえない。大工たちは見事な腕前で小さな小屋を建て終えると、満足げな顔で街へと帰っていった。

 俺とリナの生活は、テントから温かい木の香りがする我が家へと移っていた。


「うん、上出来だ」


 俺は、先日二人で耕した畑を眺めながら頷いた。等間隔で蒔かれた麦の種は無事に芽を出し、頼りなげながらも青々とした葉を風に揺らしている。その光景は、どんな戦勝報告よりも俺の心を確かに満たしてくれた。

 しかし、ささやかな満足と同時に、新たな課題も見えてくる。


「この畑だけじゃ、冬を越すには少し心もとないな。もっと畑を増やしたいけど、周りは全部森なんだよなぁ……」


 呟きながら、俺は森との境界に立つ一本の木を見据えた。そしておもむろに斧を手に取ると、その幹に力強く刃を叩きつける。数十分後、木は大きな音を立てて倒れたが、問題はそこからだった。

 地面には、深く根を張った切り株が陣取っている。俺は(くわ)や斧でどうにか取り除こうと試みたが、大地をがっちりと掴んだ根はびくともしない。


「くっ……! なんて頑固なんだ……」


 切り株に腰を下ろし、額の汗を拭う俺の元へ、リナが水の入った革袋を持って駆け寄ってきた。


「アルノルト様、お疲れ様です」

「ああ、ありがとう、リナ。助かるよ」


 水を一口飲み、俺はため息をつく。


「木を切るのはいいんだが、この切り株を取り除くのが、これほど大変だとは思わなかった」

「そうですね……。そうだ、アルノルト様。人を雇ってみてはどうでしょうか?」


 リナの言葉に、俺はきょとんとした。


「人を? 雇う?」

「はい。街には、私のような身寄りのない大人から子供まで、仕事がなくて困っている人たちがたくさんいますよ」


 リナの真っ直ぐな瞳が俺を見つめる。彼女の言葉は、かつての自分と同じ境遇にある人々を思う優しさから来ていた。


(人を雇う……か)


 軍師だった頃の給金と、今回の戦役で得た莫大な報奨金は、まだほとんど手つかずに残っている。それを使えば、多くの人を雇うことができるだろう。


「うーん……そうだな。よし、そうしようか」


 一人で静かに暮らすことだけが、スローライフではない。ここで新しい生活を築きながら、誰かの助けになるのなら、それもまた一つの道だろう。


「リナ、街へ行こう。手伝ってくれる人を探しに行くぞ」

「はい!」


 俺の決断に、リナは花が咲くような笑顔を見せた。

 俺たちは作業道具を片付けると、街へと続く森の小道を並んで歩き始めたのだった。


 街に着くと、俺たちはまっすぐ中央広場へと向かった。そこには日雇いの仕事を探す者たちが、所在なげに時間を潰している。俺は噴水の縁に立つと、すぅ、と大きく息を吸い込んだ。


「――皆に告ぐ! 力の強い者を探している!」


 これでも俺は、数万の軍勢を前に指示を飛ばした元軍師だ。腹の底から放った声が、自分でも驚くほど広場の喧騒を突き抜け、隅々にまでよく通っていくのが分かった。ざわついていた人々が一斉に俺に注目する。


「目的は森の開拓だ! 体力自慢、我こそはと思う者には、一日一枚の銀貨を出そう!」


 一日銀貨一枚――その言葉が広場に衝撃を走らせた。日雇いの相場を遥かに超える破格の報酬だ。

 一瞬の静寂の後、仕事のない者たちがわっと俺の元へ殺到した。


「俺を雇ってくれ!」

「旦那、俺は三日食ってないんだ!」

「力なら誰にも負けねえ!」


 人々の必死な声が渦を巻く。その勢いにリナが怯えたのを見て、俺はそっと彼女を自分の背後にかばった。

 そんな中、人混みの向こう側がにわかに騒がしくなった。人々がまるでモーゼの海割れのように左右に分かれていく。


 その間を、ノッシ、ノッシ、と地を踏みしめながら、一つの巨体が歩いてきた。

 身の丈は俺より頭二つは高く、丸太のような腕をしている。その威圧感に、誰もが道を譲らずにはいられなかった。

 やがて大男は俺の目の前でぴたりと足を止め、その巨躯をあらわした。

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