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若隠居軍師はのんびりスローライフを送りたい(送らせてもらえません)  作者: 塩野さち


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第24話 王国の夜明け

 あれから、数ヶ月が過ぎた。

 クレアの街は、今や巨大な軍事拠点と化していた。バルト卿の檄文に応じたヘクター伯爵、テオドール侯爵、マティアス男爵らが、それぞれの軍を率いて続々と参集。クリムゾンソード傭兵団二百名と、アルノルトの盤上演習で鍛え上げられたクレアの兵たちが、彼らを迎え入れた。

 旗印も出自もバラバラなその軍を、しかし一つの目的が固く結びつけていた。――王国の腐敗を正す。その一心であった。


 俺とシルヴァンは、昼夜を問わず領主の館にこもり、地図を広げて作戦を練った。ロザリアとセラは、いがみ合いながらも、見事な連携で混成部隊の訓練を監督している。バルト卿は、諸侯たちを取りまとめる盟主として、その実直な人柄で皆の心を一つにしていた。

 やがて、王都オルティスより、グラハム軍務大臣が差し向けた一万五千の討伐軍が迫っている、との報せが入る。率いるのは、騎士団長バルク。対する我ら連合軍は、一万。数は、劣勢だった。


 決戦の地は、クレアの街へと続く広大な平原。

 朝日の中、両軍が対峙する。王都軍の整然とした隊列は、確かに精強に見えた。だが、俺の目には、その陣形に潜む傲慢さと油断が、はっきりと見て取れた。


「アルノルト、策はあるのだろうな?」

「ああ、もちろんだ、シルヴァン。……策の名は、『必勝』だ」


 俺は静かに、開戦の狼煙を上げさせた。


 戦いは、ヘクター伯爵率いる老練な重装歩兵部隊が、王都軍の中央へと突撃することで始まった。凄まじい正面衝突。だが、しばらくすると、ヘクター軍は数に押されるように、ゆっくりと後退を始める。


「好機! 中央を突破し、反乱軍を一気に殲滅せよ!」


 敵将バルクが、功を焦って全軍に前進命令を下すのが見えた。敵は、後退する我が軍を追って、大きく釣り出されていく。

 ――かかった。


「……今だ」


 俺の呟きと同時に、平原の両翼、兵を伏せていた森の中から、二つの部隊が躍り出た。

 右翼からは、シルヴァンが率いるテオドール軍とマティアス軍の軽装部隊が。

 そして左翼からは、ロザリアが率いるクリムゾンソード傭兵団と、リックが指揮するクレアの騎馬隊が、雄叫びを上げて敵の側面に襲いかかった!


「なっ!? 伏兵だと!?」


 バルクの驚愕の声が聞こえるようだった。完全に側面を突かれ、巨大な鶴が翼を広げて獲物を包み込むような『鶴翼の陣』によって、王都軍は混乱に陥る。

 さらに、後退していたはずのヘクター軍が突如反転し、正面から猛攻を再開した。

 完全な包囲殲滅陣。八面から襲いかかる刃に、王都軍はなすすべもなく崩れていった。


 勝敗は、昼過ぎには決した。

 敵将バルクはロザリアによって討ち取られ、討伐軍は降伏。この一戦が、すべてを決めた。

 グラハム軍務大臣の圧政に不満を抱いていた王都の貴族たちは、この敗戦を知るや、一斉に彼を見限った。大臣は捕らえられ、その罪は白日の下に晒された。若きリオネル陛下は解放され、バルト卿を始めとする諸侯たちの補佐の元、アストリア王国は新たな時代を迎えることとなった。


 ――そして、さらに半年後。


 俺は、懐かしい土の匂いの中で、鍬を振るっていた。

 俺の小さな領地には、あの戦いの後に故郷を失った者や、平和な暮らしを望む者たちが集い、小さな村が生まれていた。

 ブロックは相変わらず、その怪力で森を切り拓き、畑を広げている。

 戦後処理のために王都へ招かれたシルヴァンは、見事に軍を再建し、若き王の右腕として辣腕を振るっているらしい。ロザリアの傭兵団は、今回の功績で得た莫大な報酬を元手に、クレアの街の防衛を担う警備隊として、正式にバルト卿に雇われたと聞いた。


「アルノルト様、お茶が入りましたわ」


 畑の脇で、リナが微笑んでいる。彼女が差し出してくれた麦茶を飲み干すと、乾いた喉に優しく染み渡った。

 遠くで、村の子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。

 夕日が、俺たちが耕した広大な畑を、黄金色に染めていた。


(ああ、ようやく……)


 俺は、心の底から、穏やかに笑った。

 軍師アルノルトの、誰にも邪魔されない、のんびりとしたスローライフが、ようやく、本当に始まったのだ。


【完】

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― 新着の感想 ―
あら軍務大臣とアルノルドの直接対決は無かったのね。 「前の戦の時、娘の股の間に隠れていた軍務大臣閣下が何用ですか?」などと煽って欲しかったのに(^_^;)
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