第23話 諸侯
第23話 諸侯
アルノルトとシルヴァンの知略、そしてバルト卿の人望を込めて書かれた檄文は、信頼できる使者たちの手によって、王国各地の諸侯の元へと届けられた。
それは、腐敗した王都への反逆を促す狼煙。受け取った諸侯たちの反応は、三者三様だった。
【東部交易都市 領主テオドール侯爵】
領主のテオドールは、届いた檄文を読み終えると、羽ペンを指先で弄びながら深く息を吐いた。彼の目は、机の上に広げられた領内の収支報告書と、檄文とを交互に行き来している。
(グラハム軍務大臣が実権を握ってからというもの、交易税は不当に引き上げられ、治安は悪化の一途。我が領地の利益は、明らかに目減りしている……)
彼は戦士ではない。商人上がりの貴族だ。物事を、損得で判断する。
グラハムに付き続けるか、あるいは、バルト卿という神輿の上に立つ、アルノルトという天才に賭けるか。
(危険な賭けだ。だが、このままではジリ貧。何より、あのアルノルトが動いた。勝機は、ある)
テオドールは算盤を弾き終えると、傍らに控えていた執事を呼んだ。
「バルト卿へ、我らの全面的な協力を約束すると返書を送れ。それから、我が領地の穀物蔵を解放し、来るべき戦に備えよ。金は、いくら使っても構わん」
その声は、どこまでも冷静だった。
【西部山岳地帯 領主ヘクター伯爵】
「――恥を知れッ!!」
城の練兵場に、老将の怒声が轟いた。
檄文を握りしめたヘクター伯爵の顔は、怒りで真っ赤に染まっている。彼は、かつてカイン将軍と共に戦場を駆けた、古き良き武人であった。
「国を守るべき軍務大臣が、私利私欲のために国を食い物にし、あまつさえ、救国の英雄アルノルト殿に暗殺者を差し向けるだと!? 騎士の誇りはどこへ消えた!」
シルヴァンの名も、アルノルトの名も、ヘクターは戦場での噂でよく知っていた。若く、しかし本物の軍才を持つ二人。彼らが軍を去った時点で、この国の腐敗は明らかだったのだ。
ヘクターは、壁に飾ってあった愛用のグレートソードを掴み取った。
「者ども、出陣の支度をせい! 腐った王都に、真の騎士の在り方というものを思い出させてやるわ!」
老将の瞳には、再び戦場の炎が燃え上がっていた。
【南方穀倉地帯 領主マティアス男爵】
若き領主マティアスは、領地内の寂れた市場を、暗い顔で視察していた。重税に喘ぎ、日に日に活気を失っていく民の姿に、彼は無力感と憤りを覚えていた。
その夜、城に届けられた一通の檄文が、彼の運命を変える。
(なんと……! あの若き英雄、アルノルト殿が、不正を正すために立ち上がられたというのか!)
それは、吟遊詩人が歌う英雄譚そのものだった。腐敗した権力に、正義の鉄槌を下す、伝説の軍師の再臨。
マティアスの若く理想に燃える心は、激しく奮い立った。
「これだ……! 私が為すべきことは、これだったのだ!」
彼は、城のバルコニーに出ると、自らの領地を見渡した。
「民を苦しめる悪を、これ以上放置はしない! 我が剣と、我が領地のすべてを、アルノルト殿に捧げよう!」
若き領主は、正義の戦いに身を投じる覚悟を決めた。
こうして、富める者、老いたる者、そして若き者、それぞれの決意を乗せた狼煙は、アストリア王国の各地で、一斉に上がり始めたのであった。
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