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若隠居軍師はのんびりスローライフを送りたい(送らせてもらえません)  作者: 塩野さち


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第22話 檄文

【バルト卿視点】


『アストリア歴 千二百三十一年 十二月五日 夜 曇り』


 グラハム軍務大臣が放った追手は、アルノルト殿の見事な『八面伏兵の計』によって、そのほとんどが討ち取られたと聞いた。

 わしの忠臣二名は帰らぬ人となったが、追撃隊の多くは、森や街道の各地に潜んでいた伏兵によって屠られたらしい。戦いが終わった後、屈強なブロック殿や、豪快なロザリア殿、そして娘のように思っているセラまでもが、誇らしげに敵の首級を持ち帰ってきた。

 討ち取った敵兵と、わしの忠臣たち。その両方を丁重に埋葬し、クレアの街へたどり着いた後の記憶が、ぷつりと途絶えている。


 次に気が付いた時、わしは自室の見慣れたベッドの上にいた。

 三日三晩、馬上で過ごした体は鉛のように重い。侍女たちが、そっと薄い麦がゆと水を運んできてくれた。


 空腹のときにいきなり重い物を食べるのはまずいと聞く。これくらいの粥なら大丈夫だろう。

 スプーンでかゆをすくい、口へ運ぶ。


「……うまいのう。少し、元気が出た」


 空っぽの胃に温かいものが染み渡る。わしは侍女に声をかけた。


「アルノルト殿は、おられるか? 起きておられたらで良いので、息子のリックと、シルヴァン殿も呼んでくれ。……ああ、あの傭兵の女団長殿もお呼びした方が良いかな?」


 侍女は静かに一礼すると、部屋を出て行った。

 しばらくして食堂に皆が集まると、そこには焼き立てのパンと、湯気の立つ玉ねぎのスープが用意されていた。

 リックもシルヴァン殿も、まだ顔に疲れの色は残っているが、少し元気を取り戻しているようだ。皆でテーブルを囲んでいると、アルノルト殿がにこりと笑って、こちらを見た。


「バルト卿、お加減はいかがですかな。……さて、いきなりこう言うのは心苦しいのですが、そう遠くないうちに、この街は王都の軍に攻められるでしょう」

「まあ、そうなるだろうな」


 シルヴァン殿が、こともなげに同意する。


「そこでバルト卿。今日はゆっくりとお休みいただき、明日から、各地の諸侯へ『檄文』を飛ばしていただきたい」


 そこまで話すと、アルノルト殿はスープを一口すすった。わしも匙を口に運ぶ。……うまい。香ばしい玉ねぎの甘みと、少しだけ入っている干し肉の塩気が、体に染みた。


「……致し方あるまい。わしがあの時、お主を殺すよう命じられた時点で、道は決まっておったのだ。命令に従えば恩人を殺す外道となり、逆らえば反逆者となる。どちらにせよ、グラハムに目をつけられた時点で、終わりだったのだよ」


 わしの言葉に、アルノルト殿は静かに頷いた。


「ご理解いただけて幸いです。シルヴァン、お前も体力が回復したら、訓練や練兵を手伝ってもらうぞ。……各地に檄を飛ばすことになるが、これに従わない諸侯がいた場合は……」

「分かっている。それは、グラハムの味方ということになる。……我らの手で、潰さねばなるまいな」


 シルヴァン殿の冷徹な言葉に、わしは息をのんだ。この二人は、本気で国を相手に戦を始めるつもりだ。


「アタイも各地の傭兵団に声をかけてみるよ! こっちにつこうってヤツらがいるかもしれない!」


 こうして、我らは王都で起こったこと、グラハム軍務大臣の暴虐、そして我らの決意を記した文を書き、各地の諸侯へ送った。

 やるべきことは山積みで、休む暇などありはしない。

 だが、アルノルト殿とシルヴァン殿が昼夜を問わず兵を鍛え、街の守りを固めている姿を見ては、わしだけが弱音を吐いているわけにもいかなかった。わしも、わしにできる戦いを始めねばなるまい。

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