第18話 グラハム軍務大臣
【グラハム軍務大臣視点】
『アストリア歴 千二百三十一年 十二月二日 朝 晴れ』
昨夜の雪はすっかりやみ、王宮の壮麗な食堂には、アーチ状の高い窓から朝の陽光が燦々と降り注いでいる。磨き上げられた大理石の床に光が反射し、まるで室内にもう一つの太陽があるかのようだ。
私は、黒貂の豪奢な毛皮で縁取られた室内着をまとい、長いテーブルの主賓席に悠然と座っていた。壁という壁には、我が一族の武勇伝を描いた巨大なタペストリー。そして部屋の四隅には、黒銀の鎧に身を固めた私の私兵が、微動だにせず警備に立っている。
銀の皿の上には、蜂蜜を塗ってこんがりと焼かれた鶉の脚、南国から取り寄せたばかりだという瑞々しい果物を山と盛った水晶の器、そして濃厚な香りを放つ数種類のチーズ。
すべてが、私の権勢と富を象徴していた。
テーブルの向かい側では、私の孫であるリオネル陛下が、巨大な椅子に埋もれるように座っている。豪華な王服に着られている感は否めず、金のスプーンをもてあそぶ姿は、王というよりはただのか弱い小鳥のようだ。
その隣には、私の娘であり皇太后であるイザベラが、陶器の人形のような冷たい美貌で座っている。
「――失礼いたします!」
私が焼いた鳥の脚に手を伸ばした、その時だった。騎士団長であるバルクが、その巨躯を少し屈めるようにして、部屋へ入ってくる。
歴戦の傷跡が刻まれた顔、丸太のように太い首。その全身から発散される強靭な圧力は、並の兵士なら竦み上がるだろう。その猛牛のような男が、私の前では従順な犬となる。
「グラハム様、報告です。昨夜、シルヴァンとバルト卿が、王都から逃亡した模様」
「ほう。なぜ分かった?」
私は食事の手を止めずに、冷静に問いかける。
「はっ。南門の衛兵隊長より密告が。ところが、その密告自体がどうも怪しい。他の兵曰く、シルヴァンから受け取った賄賂の金貨を、隊長が独り占めしたことで仲間割れが起きた、と」
なるほど。腐敗も、度を過ぎれば統制を乱すか。
私は肉を飲み込むと、ナプキンで口元を拭った。
「その隊長は、さらし首にしろ。見せしめだ。それから、追撃隊をすぐに出せ。歩兵では話にならん、騎馬で逃げているだろう。騎馬のみで精鋭を編成しろ!」
私の冷徹な声に、リオネル陛下の肩がびくりと震えた。
「ははっ!」
騎士団長バルクは深く頭を下げると、力強く応え、重い足音を立てて下がっていった。
部屋に静寂が戻ると、イザベラが扇で口元を隠し、か細い声で言った。
「お父様、怖いですわ……」
「おじいちゃん、なんか怖いよ」
リオネル陛下も、それに続く。
私は、満腹になった腹をポンと叩き、長いあごひげをなでながら、二人に向かってにこっと人の良い祖父の笑みを浮かべてみせた。
「すまんな、すまん。お前たちを怖がらせるつもりは、毛頭なかったのだ。このおじいちゃんが、お前たち二人を、うーんと幸せにしてやるからのう」
私は、面倒事が一つ片付いたとばかりに、ふうっと小さく息をつく。
そして、何事もなかったかのように、再び豪華な食事をとりはじめた。
逃げた鼠など、すぐに屈強な猟犬が捕らえてくれる。所詮は、私の掌の上だ。
豪華な食堂では、これから三人で散歩でもしようかという、のんきで平和な会話が続いていた。
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