第15話 緋色の剣(クリムゾンソード)傭兵団は今頃どうしてるかなぁ?
【アルノルト視点】
クレアの街の武具密造計画が、鍛冶師ドルガンの工房で静かに始まった頃、俺はもう一つの布石を打っていた。
かつて、幾度となく背中を預けて共に戦った傭兵団がいた。命知らずだが腕は立ち、何より義理堅い。彼らの力を、どうしても借りたかった。
俺は懇意になった商人を探し出すと、一通の封蝋された手紙と、多額の金貨を渡した。
「これを、北部の都市ザイフェンにいる『クリムゾンソード傭兵団』に届けてほしい。これは手間賃と、道中の経費だ。必ず、団長本人に手渡してくれ」
商人は金貨の額に目を丸くしたが、俺の真剣な表情にただならぬものを感じたのか、固く頷いて依頼を引き受けてくれた。
傭兵団からの返事を待つ間も、俺は手をこまねいてはいなかった。
バルト卿が不在なのを良いことに、俺は領主代行の権限を最大限に活用する。次に俺が目を付けたのは、街で日雇いの仕事もなく、酒場で時間を潰しているような「あぶれ者」たちだった。
俺は彼らを広場に集めると、宣言した。
「お前たちに仕事を与える! 俺の領地であるアーベントの森を開拓してもらう。仕事はきついが、日当は出す。そして、開拓した土地は、お前たちが好きに使っていい!」
どよめきが起こる。森だけの領地だが、自分たちの手で切り拓いた土地が自分たちのものになる。しかも賃金が出るのだ。それは、何も持たない彼らにとって、抗いがたい魅力だった。
俺の真の役目は、来るべき戦乱の際に、このクレアの街を支える食料補給部隊となることだ。
(間に合えば良いが……)
さらに、俺はクレアの街の軍備そのものにも手を入れた。新たに募った兵は『屯田兵』とした。平時にはアーベント領で畑を耕し、有事の際には武器を取って兵士となる。食い扶持を自ら稼ぎながら、街の防衛力も増強する。これぞ、辺境の街に最も適した軍制だと俺は踏んでいた。
開拓の監督役として、俺はブロックを貸し出した。彼が一人いれば、文字通り百人力だ。
そんな日々が数週間続いたある日、北へ向かった商人が帰ってきた。
彼がもたらした返事は、俺の予想を遥かに超えるものだった。
「『クリムゾンソード』は、根城をこのクレアの街に移すそうだ。『面白そうな匂いがするから、すぐに全員で向かう』と、女団長が笑っていたとよ」
願ったり、かなったりだった。いや、出来すぎている。
それから数日後、街の門が見張りの兵士の報告でにわかに騒がしくなった。
街道の向こうから、砂塵を上げて近づいてくる一団がいる。掲げられた旗には、真紅の地に、横一列に並んだ白銀の剣が描かれていた。その数、十七本。参加した戦いの数だけ剣を描き足していくのだ。一本一本が、彼らが潜り抜けてきた戦場の数を物語っている。歴戦の傭兵団『クリムゾンソード』の到着だった。
やがて、一団が城門にたどり着く。その先頭に立つ馬から、一人の女が軽やかに飛び降りた。
使い込まれ、傷の入った深紅の鎧に身を包み、腰には長剣。燃えるような赤い髪を無造作に束ねた、グラマラスな体躯の女。彼女こそ、『クリムゾンソード』が団長、ロザリアだ。
彼女は城壁の上に立つ俺の姿を認めると、ニヤリと笑い、野太い声で叫んだ。
「よぉ、アルノルト! いるか!? アタイたちに美味い酒を飲ませな! ついでに、最新の武器もこっちによこしな! どうせアンタの事だ。密造でもしてるんだろう?」
懐かしいその姿と声に、俺の心は確かに温かくなった。だが同時に、これから始まるであろう騒々しい日々を思って、こめかみがズキリと痛んだ。ロザリア……そう簡単に機密を漏らすなよ……。
再会の喜びと、頭痛の種が増えたことへの憂鬱。俺は、そんな実に複雑な心境で、旧友を出迎えるのだった。
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