第13話 腐敗した軍
【アルノルト視点】
バルト卿の計らいで、俺たちは豪華な食事が並ぶテーブルに着いていた。
先ほどまでの再会の喜びは、シルヴァンがもたらした王都の空気に、すっかり影を潜めてしまっている。その重苦しい雰囲気を察してか、バルト卿がおもむろに口を開いた。
「シルヴァン殿。……王都の軍は、今どうなっておるのだ? アルノルト殿ほどの男が軍を去り、貴殿のような方が閑職に追いやられるとは、到底看過できん話だが」
シルヴァンは、手にしたグラスの中で赤いワインを揺らしながら、自嘲気味に笑った。
「どこからお話ししたものですかね……。今の王国軍は、もはや我々の知る精兵ではありません。すべては、あのグラハム軍務大臣が実権を握ってからです」
そして、彼はゆっくりと、しかし淀みなく、軍の惨状を語り始めた。
「一つ目は、血縁登用による無能な指揮官の乱立。……先月、北の国境で小競り合いがあったのですが、指揮官に任命されたのは、グラハム大臣の甥だというだけの、実戦経験ゼロの若造でした。歴戦の猛者であるはずの副官の進言をことごとく退け、教科書通りの突出陣形を取った結果、見え透いた罠にはまり、百名以上の兵を無駄死にさせたそうです」
俺は黙って拳を握りしめた。百という数字は、ただの数字ではない。百人の人生と、その家族の未来だ。
「二つ目は、装備の質の低下。王都を守る近衛騎士団の鎧だけは、見栄えのためにピカピカに磨かれていますが、我々のような辺境に回される武具は酷いものです。先日も、新しく配備されたという長剣を検分しましたが、鋼の質が劣悪で、数回打ち合えば簡単に折れてしまいそうな代物でした。本来の予算は、大臣とその取り巻きの懐に入っているのでしょう」
バルト卿が、ぐっ、と息をのむ。辺境を守る彼にとって、それは他人事ではなかった。
「そして三つ目が、有能な人材の排斥です。俺たちの元上官だったカイン将軍を覚えてるか? アルノルト」
「ああ、もちろん。清廉で、誰よりも兵を大事にする、本物の軍人だった」
「その将軍が、装備の横流しの件を突き止めた途端、濡れ衣を着せられて予備役へ強制的に編入させられました。……今の軍では、有能であること、実直であることは、罪になるのです」
シルヴァンの言葉は、俺が軍を去った理由を的確に裏付けていた。俺も、あのまま残っていれば、いずれ潰されていたに違いない。
その間、リナとブロックは、難しい話は分からないながらも、ただならぬ空気を感じてか、静かに食事を続けていた。
翌朝、俺たちは街の門で、王都オルティスへと旅立つバルト卿とシルヴァンを見送っていた。
「アルノルト殿、街のことは頼んだぞ。セラがよく補佐してくれるはずだ」
「ええ、お任せください。ですが、卿も王都ではお気をつけて」
俺の言葉に、バルト卿は力強く頷いた。
最後に、俺はシルヴァンの前に立つ。
「……死ぬなよ、シルヴァン」
「お前もな、アルノルト。どうやら、退屈な隠居生活は、まだ少し先になりそうだぞ?」
軽口を叩きながらも、その目には確かな覚悟が宿っていた。
俺とシルヴァンは、言葉の代わりに、ガッチリと固い握手を交わした。
やがて、二人が乗った馬車はゆっくりと動き出し、王都へと続く街道の向こうへと消えていく。俺は、その姿が見えなくなるまで、ただ黙って見送ることしかできなかった。
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