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7話 街に溶け込む術

 二人は街中を散策しながら、この世界の様子を探り続けていた。しかし、どういうわけかすれ違う人々がしきりに彼らへ「スマホ」を向けてくるのが目につく。

 背中に突き刺さる無遠慮な視線に痺れを切らし、ラナスオルは怪訝そうに呟く。

 

「先ほどからこちらに『スマホ』を向けてくる者が多いぞ……落ち着かないな」

 

 彼女は眉をひそめ、周囲を見回した。

 まるで観察対象のように扱われることに、明らかな苛立ちを見せていた。

 

「……なるほど、僕たちは彼らにとって目を引く存在のようですね」

 

 シードは冷静にそう答えた。そして歩みを緩めることなく続ける。

 

「ラナスオル、『スマホ』には撮影という機能があると聞きました。つまり、僕たちの姿を記録しているのでしょう」

 

「記録、だと?」

 

「奇異の目で見られる理由は明らかです。銀髪に銀眼の男と、あなたの石膏像のようでいて神々しい佇まい――この世界では非常に稀な存在なのでしょう」

 

 彼の口ぶりにはまるで興味がなさそうだが、その銀色の目は人々の反応を細かく観察していた。

 

「ふむ……崇められるのは女神として気分が悪いものではないが……よりによって君といるところなど……」

 

 ラナスオルは不満げにぼそりと呟いたが、シードはそれを意に介さず言葉を重ねた。

 

「……ですが、不用意に記録され続けるのは得策ではありません。この世界の『情報』という概念は厄介です。一度拡散されれば収拾がつかない。彼らが記録した僕たちの情報が、後々面倒を引き起こす可能性もあります」

 

 ラナスオルはそれを聞いて黙り込んだ。

 彼の言葉はいつも棘があるが、その内容は正確で的を射ていることが多い。

 彼の言う通り、このままでは何かしらの騒ぎを引き起こしかねない。

 

 やがて視線をシードに戻し、提案する。

 

「君の幻術でどうにかできないのか? 私たちの姿を、不自然に見えないように……たとえば、髪の色や服装をこの街に溶け込むように変える、などはどうだ?」

 

「それなら容易いことです」

 

 シードは即答した。

 彼の返答の早さにラナスオルは少しだけ驚く。

 

 この男が魔術を使う時の迅速さと精密さは、敵として戦った際に嫌というほど思い知っている。

 

 シードは短く頷き、周囲の人々の服装や髪色に目を走らせると、ラナスオルを建物の影へ誘導した。

 

「この街では、派手な髪色や神々しい服装はあまりに目立ちすぎるようです。髪は黒や茶色が主流、服装は実用性を重視した簡素なものが多い。これを基準に幻術を施しましょう」

 

 彼は短い呪文を唱えながら指先で術を編む。その魔術は静かにラナスオルとシードを包み込み、彼らの姿を変えた。

 

「これでどうでしょう?」

 

 シードは黒髪のビジネススーツの装いの青年へと姿を変え、ラナスオルもこの街の女性たちに近い白いワンピース姿になっていた。

 

「なっ……なぜ私がこんな姿に……」

 

 ラナスオルは思わず自分の姿を見下ろし、驚愕の表情を浮かべた。

 その頬はほんのり紅く染まり、彼の視界を遮るようにわさわさと両手を突き出す。

 

「じろじろ見ないでくれたまえ!」

 

 女神として高貴なドレス以外を纏ったことのない彼女にとって、この人間らしい装いはどうやら恥ずかしいものだったようだ。

 

「ふむ……あなたの反応は予想外でしたが、その姿も街に溶け込むためには必要なことです」

 

 シードはラナスオルを一瞥し、特に感情を見せることなく冷静に言った。

 

「……き、君は随分別人になったな。この街の人間と見分けがつかない」

 

 ラナスオルは気を取り直すと、彼の変貌ぶりに驚いた様子でまじまじと見つめた。

 

「僕のほうは……確かにこの姿ならば、注目を浴びることは少ないでしょう。しかし、こうも『凡庸』に見える自分には少々違和感がありますね」

 

 シードは黒髪の自分の姿を少し不満げに見やりながら続ける。

 

「力を隠しながら行動するというのは、思った以上に奇妙な感覚です」

 

 ラナスオルは内心で恥ずかしさと不満を抱きながらも、それを表には出さないよう努めていた。「私も慣れない格好だが……仕方がない」と呟き、歩き出す。

 

 二人は再び街の散策を再開した。太陽が傾き始め、あたりには夕闇が静かに広がりつつあった。

 

 

   * * *

 

 

 夜が近づくにつれ、街の雑踏はますます賑やかさを増していく。

 繁華街の街道を歩く二人の耳には、絶え間なく響く人々の声や車の音、店先から流れる音楽が入り混じっていた。

 

 ラナスオルは、溢れる光と喧騒に疲れたようにため息混じりに呟いた。

 

「情報収集といえば酒場だが……これだけ店が密集していると見つけるのに骨が折れるな」

 

 しかし、シードはあっさりと否定する。

 

「酒場……この世界でも、それは情報収集の一手段ではあるでしょうが、あまり効率的とは言えませんね」

 

 隣を歩くシードは、騒がしい街の中でも一切乱れのない冷静な口調で答える。

 人混みの中にいても、彼の立ち居振る舞いには異質とも言える静謐さが漂っていた。

 

「それはどういう意味かね?」

 

 怪訝そうに問いかけるラナスオルに対し、シードは歩みを緩めることなく淡々と答える。

 

「この街で情報を得るには、人々の話に耳を傾けることではなく、『スマホ』や『ネットワーク』を利用するのが最善でしょう。先程得た知識によれば、この世界では膨大な情報が電子的な媒体を通じて共有されている」

 

 彼は通りがかったカフェの前で足を止めて、窓に映る光を捉えた。

 店の中では人々がスマホの画面に視線を落とし、指先で軽やかに画面を滑らせている。

 

「ふむ……便利なのか、不便なのか、よくわからないな」

 

 聞き慣れない言葉に、ラナスオルの頭上に疑問符が浮かんだ。

 彼女は難しい顔をしながら、空気をなぞるように手を動かした。

 

「風の精霊を使えば情報などすぐに集められるのに……」

 

 しかし、この世界に精霊はいない。彼女の声に風が応えることはなかった。その静寂が、いっそう彼女を不安にさせた。

 

「僕の死霊術で従霊を放つことで情報収集も可能です」

 

 シードは冷静に言葉を続ける。そして近くのカフェの窓越しに、人々がスマホに目を向けている様子を示しながら言った。

 

「ですが、見てください。彼らの多くは『スマホ』という小さな端末を通じて情報を集め、共有しています。それは書物や魔法をはるかに凌ぐ速度と量を持つものです」

 

「……わかった。だが、どうやってスマホを手に入れるつもりだ?」

 

 ラナスオルは苛立たしげに問い返す。

 目の前の男が、いとも簡単に異世界の仕組みを吸収していくのが、なぜか腹立たしく感じたようだ。

 

 そして、軽く首をかしげて続ける。

 

「私の創造の左手は、私の理解の及ばない未知の物質は創れないぞ?」

 

 ――創造の左手フェルジア。ラナスオルの三位一体の神の力のひとつだ。その暖かな光はすべてを癒し、万物さえも創造するという。

 

「あなたの創造の力を使う必要があるとしたら、まずスマホを一台見て、その構造を理解すればよい」

 

 シードは再び歩き出し、目の前の商店を指し示しながら答えた。

 その商店は、ガラス張りの明るい空間で、入り口には「最新アイポォーン発売中!」などの看板が掲げられていた。

 

 店内では、光沢のある小さな端末が整然と並び、画面越しに映し出される不思議な映像が目を引く。

 

「……君はさらっと無茶を言うな」 

 

「完全な模倣には時間がかかるかもしれませんが、簡易なものなら作成できるでしょう。僕たちの手に馴染みやすいよう、魔力を媒体に動作するものが望ましい」

 

 ラナスオルが何かを言いかける前に、シードはさらに続ける。

 

「スマホを購入するためには、この世界の金銭が必要ですが……代替手段もあります。たとえば、僕の幻術で一時的に価値ある通貨や資産を模倣する。この世界での取引には十分対応できるでしょう」

 

 シードの冷静な説明を聞き終えたラナスオルは、やや呆れた表情を浮かべた。そして眉間に皺を寄せ、静かに言葉を吐き捨てるように言った。

 

「通貨や資産の模倣、か……どうやら君は、この世界においても裁きを受けたいようだな」

 

 彼女の鋭い眼光は、ラナスでシードを討とうとした時のあの覚悟の視線と同じだった。

 その言葉を受けたシードは微かに笑みを浮かべた。しかし、彼の銀色の瞳には冷ややかな光が宿っていた。

 

「裁き……ですか。ここで、あなた以外に僕を裁ける者がいるとは思えませんが」

 

 彼は言葉を区切り、再び雑踏へ視線を戻す。そして淡々と続けた。

 

「……目的を達成するために最適な手段を選ぶだけのことです。あなたもその程度の『矛盾』には慣れていると思っていましたが?」

 

 シードの冷徹な言葉に、ラナスオルの表情はわずかに曇った。

 彼の目的のために手段を選ばない姿勢――それは、他者を欺き、その命すら躊躇なく奪う冷酷さの現れでもあった。

 

 ラナスオルの胸に、僅かな後悔がよぎる。

 

(やはり、あの時この男を殺しておくべきだったのか……)

 

 使命としての後悔と、それに伴う思案が脳裏をかすめたが、今は彼の言うことに従うほかなかった。

 

「わかった、わかった」

 

 ラナスオルは肩をすくめて静かに息をついた。そして、不承不承といった様子で言葉を続けた。

 

「だが、あまり期待はしないでくれたまえ。私は細かい作業は苦手だからな」

 

 シードは軽く頷き、その言葉を受け流した。

 雑踏へ歩き出した二人の影が、ネオンに揺れて伸びていた。

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