4話 予期せぬ乱入者
互いの殺気が周囲の空気を重くし、木々がざわめき立つ。その場には、一触即発の緊張感が漂っていた。
ラナスオルは右拳に力を込め、紫の瞳を鋭く光らせる。
一方、シードも冷たい銀色の光を指先に宿し、相手の次の動きを冷静に見極めようとしていた。
二人は一歩も動かず、互いの一挙手一投足を見逃さぬよう凝視し続ける。
――どちらが先に動くか。
一瞬の隙が命取りになる――その緊張感が最高潮に達した、その時だった。
「もう! 撮影は向こうでやってください!」
突然、茂みの中から若い女の声が響いた。
二人が声の方へ目を向けると、茶色いショートヘアに茶色の瞳を持つ、見慣れない服装の十代半ばほどの少女が姿を現した。
短いスカートからすらりと脚が伸び、両手で小さな黒い鞄を抱えている。
可憐だが、あまりにも場違いで無防備な少女。
「人間……か?」
ラナスオルがぽつりと呟くが、それを気に留めることなく、少女は不満げに頬を膨らませながら二人に向かってずかずかと歩み寄る。
少女はラナスオルをぴしゃりと指さし、間髪入れずに言葉を続ける。
「その格好! コスプレゲーム動画撮影ですよね!? 話はずっと聞いてましたよ! 葬るとか、決着とか……なんのゲーム配信か知らないですけど、ここは私のとっておきのお昼寝場所なんで、もう少し静かにしてくれませんか!」
ラナスオルとシードは、目の前の少女の唐突な言動に一瞬眉をひそめた。
コスプレ。動画撮影。ゲーム配信。
まるで異世界の呪文のような言葉が容赦なく突き刺さる。
「コスプレ……?」「ゲーム動画撮影……?」
二人の口から同時に漏れる疑問。だが、少女はお構いなしに話を続ける。
「あ、それとも別れ話ですか? この丘から海が見えるせいか、ここで別れ話を切り出すカップル多いんですよねぇ」
少女のその一言で、時間が止まったかのように空気が張り詰める。
「……カップルだと?」
ラナスオルの声が低くなり、紫色の瞳が少女を鋭く見据えた。
「聞き捨てならない言葉ですね。僕たちがそのように見えると?」
シードの声とともに、冷たい緊張感がその場を支配する。
少女は一瞬びくりと肩を震わせたが、まだ状況を理解していないのか、かろうじて笑みを貼り付けたまま少しだけ後ずさる。
「まぁ……別れ話というのは、あながち間違いではないな」
そう言いながらラナスオルは冷笑を浮かべ、シードに視線を戻す。その表情には挑発の色が浮かんでいる。
「私はこの男を殺して永遠の別れを告げるつもりだ」
ラナスオルの紫の瞳が輝き、深く響くような低い声が紡がれた。
両拳を握り締めると同時に、彼女の魔力でドレスがはためき出した。
「え……殺すって……ゲームの話、ですよね?」
突如ラナスオルが見せた人間離れした威圧感に少女の表情が青ざめ、震える声で問う。
シードは少女の血の気の失せた顔をちらりと見やり、淡々と答えた。
「ゲームかどうかは、見ていればわかります」
彼のその言葉が、戦闘開始の合図だった。
ラナスオルの右拳が光を帯び、シードの指先が銀色に明滅する。
その激しい殺気に少女は身をすくませた。
心臓が鼓動を刻む音が耳に響き、冷たい汗が頬を伝う。
(この人たち、なんかちょっと……ヤバいかも……)
視線を二人から逸らそうとするが、まるで空気そのものに縛り付けられているかのように、身動きが取れない。
何か恐ろしいことが始まってしまう――それだけは直感的に分かった。