3話 再会の地
亡霊に導かれるまま、シードは公園の奥深くへと足を運んでいった。木々が密集し始め、先ほどまでの穏やかな雰囲気が次第に陰りを帯びていく。
落ちた葉を踏み締める掠れた音が、この先に待ち受けるものへの不吉を予感させる。
そして、ある一点を越えた時。透き通るような風が彼の銀髪を揺らした。
その瞬間、まるで異なる世界へ足を踏み入れたかのように空気が重く張り詰める。
(これは……この威圧感……)
シードの胸の奥で警鐘が鳴る。
この感覚には覚えがあった。
一陣の風と共に現れ、大地を支配する強大な威圧感。
――神の気配。
「まさか……」
彼が立ち止まったその先には――。
風にたなびく長い白髪と、深い紫色の瞳を持つ一人の女性の姿があった。
ドレスには戦いの痕跡一つなく、佇むだけで見る者を圧倒する神性――それは紛れもなく、ラナスの守護者、女神ラナスオルだった。
シードは呼びかけることなく静かに彼女を見つめた。ラナスオルもまた彼の姿を認めると、目を見開き驚愕の声をあげた。
「……シード!? どうして……! 生きていたのか……!!」
その言葉と同時に、彼女は迷いなく拳を握り、即座に戦闘態勢を取った。
破壊の右手セヴァストに闘志を込める。その動きには一切の隙がない。
目の前に現れたシードが生きているという事実より、まず彼を止めねばならないという使命が優先されたのだ。
シードはそれを見ても慌てることなく、冷静な声で答えた。
「……ラナスオル」
二人の間に、殺気と短い沈黙が横たわる。
「確かに、僕は滅びた。あなたの手によって『無』へ葬られ、すべてが終わったはずでした。ですが……どうやら『無』は終わりではなかったようです」
彼は淡々と続ける。
「それ以上のことは今の僕にも分かりません。ただ、こうしてここにいる。それが紛れもない事実です」
彼の態度には戦意は感じられなかった。それでもラナスオルは警戒を解かず、紫の瞳を鋭く光らせる。
「……君がそう言うならば、私も同じだ。私は君を葬るために『無』を生み出し、力を使い果たして……死んだはずだった。だが、気づけばここにいた」
その声には、微かな困惑と苛立ちが滲んでいた。
自らの命すら投げ打ってシードを葬ったはずなのに――なぜこうして再び彼と対峙しているのか。
(あれ程の犠牲を払ったというのに、私は彼を斃せなかったのか?)
彼女の胸の奥で、怒りと悲しみがないまぜになって渦巻く。
しかし、神である彼女はその感情を強引に押し殺し、目の前の災厄を見据え続けた。
「……ここはラナスではない。精霊の息吹も感じられない。ここが神の再誕の循環とも異なる場所であることは確かだ」
「なるほど。ラナスの統治者であるあなたがそう言うのならば、ここは未知の異世界……」
シードは軽く頷き、彼女の言葉を受け止め淡々と問いかける。
「そして僕たちがここにいるのは、あなたにさえ理解が及ばない現象、ということでしょうか」
ラナスオルは答えず、彼をじっと睨みつけたままだった。
互いに理由も分からぬまま、この奇妙な場所で再び相まみえた二人。
偶然なのか、それとも何者かの意図なのか――いずれにせよ、今は知る由もなかった。
沈黙を破ったのはラナスオルだった。
「ここがどこであろうと関係ない。君が生きているのならば……私は君を討たねばならない。私は女神として、何があっても使命を全うする……!」
鋭い言葉とともに、彼女の右拳が光を放つ。
「……相変わらずですね、ラナスオル」
シードはため息混じりに応じた。その声は冷静で感情の色が一切感じられない。
「あなたは何度も『使命』という言葉に縛られ、それを盾に自らの選択を正当化しようとする」
彼は右手を静かに挙げ、その指先に銀色の冷たい光を宿らせた。
「僕はあなたに二度と同じ手を使わせるつもりはない。セヴァスト――破壊の権能、その力を振るう理由を、あなた自身理解しているのですか?」
その問いに、ラナスオルは答えなかった。
否、答えられなかったのだ。
あの日、彼を倒すために振るった破壊と創造の力、そして「無」。
それは、彼女自身の使命を守るためであり、ラナスの世界のすべての命のためだったはずだ。
しかし――。
(私は……結局何も守れなかった……)
シードを葬った代償として、ラナスの世界は崩壊した。
そして今もなお、再び戦おうとしている。
「ここで決着をつけるというのならば、望み通り応じましょう。ただし、あなたが負けることを前提にしておいた方がいい」
彼はそう言い切ると、徐に手を掲げる。
「今の僕にとって、『破壊』も『創造』も、そして『無』ですら障害にはならないのですから」
「くっ……」
ラナスオルはこの異世界で同じ過ちを繰り返そうとしている。
それでも、彼女は戦いを放棄するわけにはいかなかった。
「ここがどこであろうと、守ることが私の……『使命』……!」
ラナスで失われた精霊たち、命の声なき叫びが、紫の瞳に映るシードの姿と重なる。
己の存在意義をもう一度強く胸に刻み込むように、ラナスオルは静かに拳を握り直した。