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SS.05  ハッピーバレンタイン


 母から貰った一日遅れのバレンタインチョコレートを父は嬉しそうにお酒のあてにしている。

 結婚して二十年以上が経つはずなのに、父の愛情は年々深まっているらしい。

 高校生のときに出会った二人、バレンタインは特別な日のようだ。


「でな、父さんと母さんにとってはバレンタインの日が特別なんだ。結婚記念日、お前の誕生日、そしてバレンタインだ」

「ふうん……」


 親の恋愛話なんて興味がない。

 バレンタインは今の時代、友チョコと自分用ご褒美チョコが定番だ。

 当然、私は父にチョコレートを用意していない。


「今まで詳しく話したことはなかったがな、父さんと母さんはバレンタインのその日まで普通の同級生だったんだ。しかし、バレンタインの日、突然母さんがチョコレートを差し出してくれたんだ」

「へぇー、そうなんだ」


 興味を示さない私を気にせず、父さんは話し続ける。

 お酒のせいか、チョコレートのせいか、上機嫌だ。


「部活帰りで疲れた俺に、母さんが突然チョコレートを手渡してきてな。潤んだ瞳に染めた頬、父さんはその瞬間、恋に落ちたんだ」

「へぇー、よかったね」


 私が適当な返事をしているのにも関わらず、父さんの話は続く。


「でな、家に帰って開けたチョコレートがまた丁寧に作られていてな。味もいいんだ。もう、父さんはすっかり恋に落ちてしまったんだ」

「ふぅーん。あ、私飲み物持ってこよっと」


 キッチンでは母さんが茶碗を洗ってた。

 冷蔵庫を開けて、麦茶を取り出した私は母さんに尋ねる。


「母さん、そんなに父さんのこと好きだったんだね」

「んー。あぁ、バレンタインの話を聞いたのね」


 父さんはまるで運命の出会いのように語っていたが、母さんの反応は普通だ。

 私は少し違和感を抱く。

 そんな私の視線に気付いたのだろう。

 母さんはおかしそうにくすくすと笑う。


「あのね、ここだけの話よ。お母さん、あの日、2年間好きだった先輩に告白したの」

「え! 父さんは?」

「しーっ! 聞こえちゃうわ」


 父さんは相変わらず上機嫌でテレビを見ながら、チョコレートを摘まんでいる。

 

「でもね、チョコを受け取ってすら貰えなかったの」

「なにそれ、ひどい」

「そうでしょう? でも、チョコレートを家に持って帰るのもしゃくじゃない? 泣きそうなのを堪えて、部活帰りの父さんに渡したのよ」

「なるほど、潤んだ瞳はそういうことなんだ」


 どうやら、失恋した母さんの涙や頬の赤みが父さんには自分への恋心に見えたらしい。

 

「で、それでおしまいって思ってたんだけど、父さんなんだか感激したみたいで……。ホワイトデーには立派なお返しをくれてね、なんだかんだで付き合うようになったわけ」

「はぁ……そういう事情か」


 恋というものはどう始まるのかわからないものだ。

 母さんの気紛れ、父さんの勘違い、おまけに先輩が母さんを振ったおかげで今の私がいるのだから。

 貰ったチョコを嬉しそうな父さんは、一日遅れの理由を知らない。

 少し割安だし、お得よね――そう言って母さんは買ってきたチョコレートなのだ。

 それでも嬉しそうな父さんの背中に、私は心の中で「ハッピーバレンタイン」と呟いた。


 


 



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