都会の人魚は新月の夜プールで謡う
まことの家、鳴海家の女には代々受け継がれている儀式みたいなものがある。
年が明けて最初の新月の夜、プールで謳いながら泳ぐ、というのがそれだ。
しかも、冬の冷気に冷え切った外のプールで。
それだけでも最上級に拒否したいのに
新月を空に仰ぎながら闇夜を泳ぐのは、なかなかに精神を削る。
その上、泳ぎながら謳うのは意味不明の音を羅列した謎の歌。
何で私が…と文句の一つも出ようというものだ。
脚の指先からプールの水面に同心円の波紋が広がる。
と同時にまことの足先から頭のてっぺんまで痛いくらいの冷たさが駆け上がった。
歯を食いしばって、ゆっくりながらも全身をプールに沈めていく。
その間、口から出ない悲鳴が身体の中でこだまする。
漸く頭一つだけ出ている状なると、まことはゆっくりと水を掻いた。
身体がすぅっとプールの中央まで運ばれる。
そこまでいくと、そんな気温・水温も何となく耐えられてしまうのが不思議だった。
「♪ ※○〃↓▲◇☆■#*§:ゞ~ ・・・・・・ ♪」
本来、ゆっくり謳われる筈の歌はでも、水の冷たさに負けたまことによって
およそ二倍速で謳われた。
異変はインスタントに謳われた謎歌が終わった直後に起きた。
地鳴りがし始め近くのマンホールのふたが吹っ飛び水柱が立った。
プールも嫌な音がしたかと思うと崩壊し始め、水は渦を巻きだした。
まことは渦に絡め取られていく。(溺れる!)まことは恐怖におののいた。
ところがまことは溺れなかった。水中で易々と呼吸が出来たのだ。
「まこと!何やってるの!」
異変に気付いて母親がすっ飛んできたのだろう。水際から叱責が飛んだ。
(いやまず、無事か訊いてよ。)渦に翻弄されながらまことは口を尖らせた。
「まこと、ちゃんと祝詞を上げなさい。」
(祝詞!?あの歌って祝詞だったの?ってか何で祝詞?)
頭の中が疑問符でいっぱいになりそうなのを押さえつけ
今度こそ本来の速度、本来の節回しでまことが謳う。
水柱は収まり、プールの崩壊も止まった。まことは咳き込みながら陸へと上がった。
「いつも文句ばかり言ってたから説明し損ねてたけど
鳴海家は海神の御霊をお慰めし鎮める役目を担っているの。
私たちはそれが出来る最後の人魚一族なのよ。」
まことは納得いかないような気持ちとどこか腑に落ちた気持ちが交差する。
そして、もし自分たちの血筋が絶えてしまったらどうなってしまうのだろうと
プールの水ではない冷たいものがまことの背中を流れ落ちていった。