バレンタイン様々
口紅をつけ終わったとき部屋のドアがノックされてママが中に入って来た。
「準備できた?」
「出来たよ」
「じゃ、行きましょう」
「ウン!」
ママの運転する車の後部座席に座りママに声をかける。
「今年は何人?」
「全部で50人、大変だけど頑張ってね」
「大丈夫だよ、ママ」
車は繁華街の一角にある駐車場に止まった。
チョコレートが入ったショルダーバッグを肩から下げてお客さんのところに向かう。
振り返って今刑務所に入っているパパの部下の人たちがついて来てくれている事を確認。
最初はあの人か。
「お兄ちゃん!」
「え! 椿ちゃん?」
「ウン! 分かんなかった?」
「あ、ああ……」
「はい、此れ、チョコレート。
じゃあまたね」
「チョコレートありがとう」
今の人は3ランクあるうちの一番下のランクのお客さん。
上中下の3ランク。
下は声をかけてチョコレートが入った箱を渡すだけ。
中は腕に抱きつきながら声をかけて抱き合ってから別れる。
最後の上は別れるとき男の人の頬っぺたにチュってしてあげるの。
上中下と次々とお兄ちゃん、小父さんやお爺ちゃんって年齢の人もいるけど商売だから皆んなお兄ちゃんって声をかけてるのよ。
「じゃあまたね、って、手を離してよ!」
下のお客さんにチョコレートを渡したら手を握られた。
「5万も払っているんだ、手を握るくらい良いだろう」
「手を握りたかったら中を選べば良かったんじゃない。
5万しか払えない貧乏人のクセに!」
「何だとー! このガキ!」
「ハイハイ、そこまで、そこまで」
揉み合っていたら、パパの部下の人たちが駆けつけてくれる。
子供だと思って甘く見る馬鹿には本職の人たちに対応してもらうのが一番。
「な、何だ、お、お、お前ら……」
「その子の保護者代理。
汚ねえ手をその子からサッサッと離せ!」
「ヒィ……」
「契約違反として違約金払ってもらうからな。
分かってんだろうな!」
「次のお客さん待たせているからあとお願いね」
「はい、姉御のところには後ほど伺います」
「じゃあね」
馬鹿な奴、手を握りたかったら10万払って中にするか20万払って上を選べば良かったのに。
因みに違約金は300万。
警察に訴えてやるって言う奴も偶にいるけど此方だって馬鹿じゃないんだ、ちゃんとチョコレートを受け渡すところを撮影している。
あいつが警察に行けばネットに流すだけ。
お金を払ってまで小さな女の子にチョコレートを貰いたいのかと嘲笑され、その上その子に乱暴しようとしているところを暴露されて社会的に抹殺されるよりは、お金を払った方がまだマシってものよ。
ま、チョコレートって言っても、箱の中に入っているのはチロルチョコ1個だけなんだけどね。
普通にチョコレートが欲しいって言うお客さんの場合は、プラス5万円で有名洋菓子店の高級チョコレートを渡してる。
洋菓子店の5千円くらいのチョコレートだけど、ママに聞いたら期限切迫品を安く仕入れていて1箱500円もしないんだって。
フー、やっと終わった。
ママが待っている車のところに戻る。
「お疲れさま、はい、タオル」
「ありがとう。
帰り学校に寄ってくれる?」
「いいわよ、じゃあ着替えちゃいなさい」
「ウン」
「龍一、ママは学校の前で待っていた方が良いのかな?」
「そうだね、クラスの女の子たちが纏めてくれている筈だから、そのまま車に載せてもらおう」
龍一って言うのは僕の名前。
此れでも小学5年生の男の子。
椿って言うのは契約したお客さんを間違えないようにする符丁。
女の子の格好をするのは僕の趣味。
僕が男の娘だって知っているのは、ママとパパにパパの部下の人たちだけなんだけどね。
あ、小学校の校門の前にクラスの女の子たちが群がっている。
スライドドアが外から開けられクラスの女の子たちが、中身がギッシリと詰まった大きな紙袋を5つ後部座席に運び込んでくれた。
「ありがとう」
「それ全部、龍ちゃんの好きな明〇のブラックチョコレートだから」
「それ以外のチョコレートは捨てといたからね」
クラスの女の子たちが口々に言ってくる。
「悪いね」
「「「「「「「「「「愛しい龍ちゃんの為だもの」」」」」」」」」」
「じゃあまた明日」
「「「「「「「「「「さようなら」」」」」」」」」」
何故明〇のブラックチョコレートかって言うと、僕やパパが好きだってのもあるけど同じ銘柄なら、出所を詮索しない小売店に売れるからなんだ。
笑いが止まらないね、本当にバレンタイン様々だよ。