忌まわしい記憶
今日は2月の何日だっけ?
卓上カレンダーに目を向ける。
ウッ……14日かぁー、2月14日……あの忌まわしいバレンタインの記憶が頭の中に蘇って来る。
バレンタインが大嫌いになった若かりしあの日の記憶が。
寒波が上空に居座り雪が舞う夕刻、学校からの帰宅途中に前を見たら、道筋の家から同級生の三木が腹を押さえて出て来た。
それほど明るくない街路灯の灯りでも分かるほど真っ青な顔をしている。
声を掛けようとしたとき逆に脇から声が掛けられた。
「お兄ちゃん!」
え? 声を掛けられたのって俺? 声が聞こえた方へ目をやる。
先程三木が出て来た家の庭先から小学5~6年生くらいの可愛い女の子が俺を見ているのに気がつき、自分の顔を指差した。
「そうだよ、お兄ちゃん。
お兄ちゃん、あんこうの人でしょ?」
「え、ああ、そうだけど」
「お姉ちゃんにチョコレート貰えた?」
「お姉ちゃんって?」
「川合百合って知らない?」
「川合さん? 生徒会長の?
彼女とはクラスが違うし話をしたことも無いよ。
それに俺には高嶺の花だからチョコレートを貰えるはずが無い」
川合百合って言ったら同学年でまだ1年だけど生徒会長に立候補して当選した、文武両道で男女を問わず誰もが振り返って見るほどプロポーションが良く美人の女性。
そんな凄い女性に縁がある訳が無い。
「そうなんだ。
じゃあさ、私がお姉ちゃんの代わりにチョコレートをあげようか?」
「代わりって、君、誰?」
「私は百合お姉ちゃんの下の妹の向日葵」
「妹さんなんだ」
「そうだよ、それで、どうする? チョコレート欲しい?」
「そりゃあ欲しいよ」
「ただし条件があるんだけど聞いてくれる?」
「どういう条件?」
「此処で、私の目の前でチョコレートを食べる、っていうのが条件。
どうする?」
「食べます!
だからチョコレートをください」
「食べなかったらお姉ちゃんに言いつけるからね」
「約束は守る」
「じゃ、はい」
彼女は足下のクーラーボックスから500ccくらいのチョコレートアイスのカップを取りだし、スプーンと共に俺に差し出した。
「え、チョコレートアイス? こんなに食べたら腹を壊すよ」
「食べないの? 硬派で名高いあんこう生なのに約束を破るんだ。
お姉ちゃんに言いつけてやる」
「わ、分かった、た、食べるよ」
俺はアイスとスプーンを受け取り、雪が舞う中チョコレートアイスを口に運ぶ。
先程三木が真っ青な顔で腹を押さえながらこの家から出て来た理由が分かった。
気温が氷点下で雪が舞う中チョコレートアイスを大量に食べた結果、腹を壊し俺は数日の間学校を休む羽目になった。
腹を壊し学校を休んだのは俺や三木だけで無く、同学年だけでも5~6人いたらしい。
3日後登校したら河合さんから手紙を渡される。
「これ妹から。
確かに渡したわよ、じゃあね」
手紙にはバレンタインのお返しを宜しくと書かれていて、ブランド物のバッグの名称がこれをお返しにくれなかったらお姉ちゃんに言いつけるからね、って言う文言と共に書かれていた。