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風雷坊!  作者: カタルキ
幕開け
9/17

九、  化け物退治 丑 前

「――俺が雷太。んで、そこでメンドクサそーな顔してるのが風坊」

「風太、だってば……」

「とりえず、あんたらの事を教えてくれ」

 

 雷太の言葉に、神妙にうなずく一人の兵士。

 先ほどまでひどく動揺を浮かべていたが、ようやく落ち着きを取り戻していた。


「……われらは、王都の近衛第十九隊だ。……訳あり、東方の異民族のもとへ赴くところだった……」

「王都… 」


 雷太が考え込むように表情を変えたのを見て、兵士は頷いた。


「……そうだ。なぜ近衛である我々が動いたのかは言えないが、深刻な事態が起こっていることは分かるだろう? 」


 雷太は無言であった。兵士はそれを肯定と受け取り、話を続ける。


「王都を出て、ひと月もたったころだったか…奇妙な霧が出始めてな。最初のころこそ特に害をなさなかったのだが……」

 しだいに隊の中から変調を訴える者が出てきたらしい。

 一人、二人と日増しにその人数は増していき……。


「ついには隊の全員が、かくいう私も奇妙な病に冒されていた」

 当然、隊の足取りは鈍り、当初見込んでいた食料も底をつき始める。

 隊の頭は、予定していた道を大幅にそらしての、食糧の確保を決断したらしい。

 近衛たちは辺境の村へと、足先を向けた。


「そうしたら、アレがいたのだ……」

 そこは洞窟どうくつだったという。

 黒い口を開き、禍々(まがまが)しい闇を抱え込んだ。地底へ延びる道が永遠と続く、魔の穴。

 彼らは気づいてしまった。緑の霧がこの洞窟から吐き出されている事実に。

 そして―――、


「洞窟に踏み込んだ先からは、全く覚えていない……気づくと、この地にいた……」


 兵士はつらそうに顔を伏せた。

 彼らが操られていたという事実は、すでに風太が話している。

 近衛ともなれば、彼らには誇りがあるのだろう。先ほどからか細い声で、王への謝罪を口にしている。


「……なあ、風坊」

 そんな中、雷太は心底困ったように、風太を振り返る。


「――王都って、どこだ? 」

「さあ……」


 その発言に、兵士はおろか、村人たちも驚愕の表情を張り付けた。

 その反応をうかがうに、有名な国? らしい。


「お、おまえら…、王都を知らないだと!? この地に住むなら、当然王のほどこしを受けたはず、なのにどうしてその様な口がきけるっ」

「いや、だってなー。知らないものは知らないし……。だいたい、俺たちはそんなものもらった覚えもないしな~」


 別にこの村に住んでいるわけではないし。なにより、浮世離れしていた二人である。地上のできごとにはうとい。


 なおも咬みつくように言い募る兵士に、見かねた店主たちが前に出る。


「おい、てめえ。黙ってりゃなんだぁ、王、王とうるせえ。どこの王が辺境の俺たちに施しをしてくださった、てぇ?」

「お前ら王都の人間は税だけ絞りとって、何もしていないじゃあないか! 」

「仕方なく稼ぎの分を何割か納めてやってるのに。しまいには、税が滞納しているだなんだ言いに来やがって。こちとらあの霧で作物も十分にとれねえんだよ、ふざけんじゃねえ! 」


「――そ、それは、私に言われても困る! だいたい自らの食事をも削って王に献身けんしんするのが、この地に生きる者の正しい姿ではないのか! 」


「言いやがったな兵士風情が! 」


 場は、ともすれば暴力沙汰にでもなると思われるほど、騒がしくなった。

(――また……)

 風太はその不穏な空気の中に、かすかな瘴気しょうきの存在を感じ取る。

 先ほど、この辺りの瘴気はすべて消滅した。にもかかわらず、しだいに濃く、場を染めていく瘴気。


 おそらく、先ほど兵士が言っていた洞窟。


 そこに『アレ』が潜み、瘴気を振りまいている。

 目で見えるほど濃くなる緑の霧。だが、村人のだれもその異変に気づかない。

 むしろ、瘴気がその存在を浮き彫りにしていくのにつれ、兵と村人の論争も、激しさを増していく。

 

 瘴気の毒に充てられているのだ。


(雷太……)

 風太は目で、さっさとここから立ち去ろうと訴えかける。

(おう、分かってる……)

 頷く雷太を確認して、風太はそっと後ずさりを……、


「つまりだ! この霧をなんとかすればいいわけだろ! 」


 勢い余って、転びそうになった。


「それなら、俺たちがなんとかしてやる! 」

「にーちゃん達、気持はありがてえが……これは俺らの問題だ……」

「そういっても、兵士を倒したのは俺らだぜ~。巻き込むもなにも、今更関係ないって」


 確かな正論に、店主を含んだ村人たちは沈黙する。

 雷太が起こした雷を目撃しているだけあり、危険だからと止める者はいない。


「だ、だが。この霧はあの洞窟から出ているのだぞ! おそらくあそこにいるのは信じられないような化け物だ!

 いまだに信じられないが…お前たちが操られていた我々を止めてくれたのだとしても、化け物相手では……」


 乗っ取られ、記憶のない兵士だけが、自らの恐怖を伝えようと必死になっていた。


「まあまあ、確かにあんたの疑問はもっともだけど、化け物相手に俺達が負けるわけないって」


 なんてったって、俺たちは……。


(――まさか……あほ雷太めっ)

 風太の内心の叫びにも気付かず。


 雷太は、決定打になる一言を、ためらいもなく、惜しみもなく周囲へ暴露する。


「仙人|(見習い)だからなっ! 」




――とりあえず、後で一発なぐろうと心に決めた。




  転・転・転・転・転・転




「なあ、風坊……」

「………」

「いや、ほんの出来心だったわけですよ…」

「………」


 現在彼らは『風』に乗り、上空を移動中であった。雷太の耳元には冷たい風がびしびしと打ちつけられ、足元は常に宙に浮き、遠くまで広がる砂漠がよく見える。

 この先のことを考えると、冷や汗が流れた。


 彼らの目的地はもちろん噂の洞窟である。


「あ~、この分だともうすぐ着くな…」

 ちらりと風太のほうをうかがう。

 返事は返らない。


 

 

 雷太の仙人宣言に、村人たちはどよめき。

 次の瞬間、店主を除いた全員が、一斉にひれ伏した。


『どうか、どうかこの村をお救いください! 仙人様! 』

『あなた様の手で、奇跡を。再び奇跡を! 』

『人間をあなどる馬鹿な化け物など、蹴散らしてやってください! 』


 その勢いは留まることを知らず。名乗り上げた雷太はもちろん、離れていた風太も囲まれてしまう。


『ど、どうしたんだよ。いきなり……』


 村人のあまりの変貌へんぼうぶりに、たじろぐ雷太。

 その肩にポンと、手が置かれた。


『……頼んだ! お前らなら出来るっ! ようし、餞別せんべつを持ってこい! 』


 店主だった。

 あっという間に村の中から、薬草やら、調味料やらが運びだされてくる。


『お~い。いったいどういう……』


 雷太は知らなかった。

 地上において仙人という存在が絶対であることに。

 知らなかった。仙人カモは出来るだけ利用すべし、なんて暗黙の了解があることを。

 確かに仙人が地上へ降りてくるのは、大半が善行を積むためである。

 仙人へ尊敬の念を抱いてはいる地上の人間が、こう考えても不思議はない。


――色々押しつけられる、便利屋。(ついでに風太は知っていた) 


 拝み倒されて、化け物討伐を承った雷太は、釈然しゃくぜんとしない気分で旅路に就くこととなった。

 ともすれば、爆発しそうな風太とともに……。




(怖いな~。着いたらいきなり放り出されましたとかなったら、どうしよ……)


 内心ひやりとする雷太をよそに、前方、山の中腹にポカリと口をあける洞窟が見えてきた。

 風太は風に命令を送り、ゆっくりと彼らを運ばせる。

 思ったよりも大きいほどの穴。覗き見えるほど近づいてもその底は測れない。

 確かなのは、瘴気がその穴から噴き出していること。煙が湧き上がるように、次々と。緑の霧は空へ放たれていく。


「…ひどいな……」

 ここへきて初めて風太が口を開く。


「…こんなに強い気配なのに、なんで気付かなかったんだろう…」

 瘴気とともに湧き上がる、アレの気配。洞窟の奥深くから、肌で感じられるほどの威圧感が、二人へ吹き付けている。


「……え~と。風太さん、風太さん。…今さらですが、怒っていたりしませんかい…? 」

「なに言ってるのさ、雷太……」


 さわやかな笑みを浮かべた風太が振り返る。


「かつてないほど怒り心頭だよ…」


 あちゃ~と。雷太は頭を抱えた。脳内では反省文を絶賛作成中である。

(このままじゃ落とされるよな、確実に…)

 ちらりと足元をみた。地上までははるかに遠く、落下したら無事では済まないだろう。


「雷太…覚悟はできた……?」

 ゴゴゴ――と、風太の背に黒いオーラが見えた気がした。笑顔も相混じり、その迫力は一押しである。


(どうする、どうするよ。やっぱ本気だ。ほらだんだん黒いオーラが濃く……)


「って、まて! 後ろっ!!」

「――っ、ちっ」

(し、舌打ちっ!?)


 瞬時に風を操り、雷太たちは後方へ飛ぶ。

 そこへ、肌をかすめる鋭い牙。風太がさらに後方へ退き、風に身を任せるだけの雷太がそれを見た。

 

 ともすれば龍を想起させるような、長く、鱗におおわれた体躯たいく。黒光りする身体からは、いくつもの鋭い骨のようなものが突き出ている。


 グワリと、あぎとが迫った。

 さらに五十歩の間隔だけ、後方へ空を滑る。

 ここにきて、ようやく敵は止まった。

 雷太たちはまじまじと敵の姿をみる。


 目の前に牛の頭が浮かんでいた。といっても、ただ一般の牛であるはずもなく……。

 開かれた口には、ずらりと並んだ鋭い歯。開かれた口だけで、雷太の伸長を軽くしのぐ。

 巨大な頭より後ろからは、硬質そうな毛で覆われている。毛が途切れたあたりから鱗が広がり、長い胴体へとつながっていた。

 その胴体はといえば、途中から洞窟の中に入り込んでいた。洞窟の奥にはうごめく影がのぞき見える。


「でかっ。こんなでかい妖魔、初めて見る……」

「そうなんだ……。妖魔全般こんなに大きいのかと思った」

「――いや、それないから。小さけりゃあ虫ぐらいの奴もいるぞ」


 雷太、風太が、それぞれの感想を述べる中。

 牛頭は、閉ざしていた眼を、ぎょろりと開く。


『忌々シイ人間ドモメ。我ヲココノ主ト心得テノ狼藉ろうぜきカ』


「雷太…。牛ってしゃべるんだね……」

「妖魔だからなぁ…」


『人間。余程ノ命知ラズト見エル…レニコノ気配……』

 妖魔は、うっすらと目を細めた。

 そこに浮かんだのは――憎悪。

『ソウカ。恥知ラズナ神ノ遣いメ…。』


 雷太と風太は顔を見合わせる。

「仙人だとばれたみたいだね」

「…なんかなぁ。いや~な予感がするんだよな…」


 妖魔は、そのあぎとを耳元まで開き。

――咆哮ほうこう

 空が震え、周囲が揺らぐ。

 風太がとっさに風で防がなかったら、鼓膜が破れたであろう叫び。


『其ノ汚ラワシイ姿…我ガ喰ロウテヤルワァッ! 』


 妖魔はその頭を前に突き出す。乱れた風が周囲をうねった。


「――っ」

 後方へよけても、牛頭の妖魔は前に繰り出す。

 ならばと横に避け、雷太を反対方向に飛ばした風太へ、蛇腹が襲いかかった。

「なあ風坊! なんかあいつ、お前のことばっかり狙ってないか!! 」

 妖魔の攻撃のさなか、雷太が叫ぶ。

 先ほどから振るわれる妖魔の頭は、たしかに風太の方へ向かっているように思われる。


「なんかしたのかよっ! 」

「知らないって! 」

 

 言いつつ雷太と合流する風太。

 すかさずその腕をつかんだ。


「……風坊、まさかと思うが…」

「援護はするから、よろしく……」

「いやいやいや! あれは無理! というかさっきのまだ根に持ってるんじゃ……」

「――誰も許すとは言ってないけど? 」


 腕に力が加わった。


「――風よ、誘え――」

「ちょ、風坊っ」


 ドウっと風が駆け抜け、雷太は吹き飛ばされる。

 そのまま、風に乗せられ、あっというまに妖魔の目の前へ。

 毒々しい紅のまなこと、視線が合う。


「……あ、はは。冗談にならんつうのっ!」


 妖魔は自身に近づく雷太の存在を認め、グワリと口を開いた。


「たんまたんまっ、ストップ~~~!! 」

――バクン。


「……あ、喰われた」



――あれ? バトルは……?

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