八、 稲妻駆ける
雷太が大々的な名乗りをあげた瞬間、風が『ひゅうる~』と通り過ぎて行った。
悲しき沈黙が場に降りる。
「……あ、あれ? なあ風坊、俺なんかミスったか…? 」
「最初から最後まで、全部だめだと思う…」
だから普通に登場すれば良かったのに…などと呟きながら、風太は大きく溜息をはいた。
「おっかしいなぁ~、ここで敵が恐れおののくハズだったのに…」
対する雷太は首を横にひねり、眼下の敵達を見下ろした。
兵士たちは何事もなかったように立ち上がり、依然としておぼつかない足取りで、村へと進もうとしている。
「しゃあない、ちょっくら行ってくるわ~」
崖から地面まで、骨ぐらいは簡単に折れそうな距離がある。
しかし雷太はためらいもなく、その身を傾けた。
トンっと、地面を蹴る。空中で一つ回転をすると、崖の腹を蹴った。到底、常人にはできないであろう芸当を、雷太はやすやすとこなし、見事に濁り目の兵士たちの前にたどり着く。
「よ、っと。 さぁて、どう料理してやろうかな~……そういえば、おやっさん達…」
雷太は後方を振り返る。村からは百ほどの距離が離れていた。
「お~いっ! あんたら無事かぁーっ! けが人とかはぁ――? 」
雷太の声にざわりと村男たちがどよめいた。
何だって、あんなに驚いているのだろうか?
それが先ほどの大ジャンプによるものだとは露にも思わず、雷太は疑問符を挙げた。
そんな中、見覚えのある人物が人垣の中から現れた。
「おっ! おやじぃ~、無事で何よりだぁ! 」
「にーちゃん達のおかげでなっ! 無傷とは言えねえが誰も死なずに済んだ!! にしてもあんたら……」
店主が疑問の声を挙げようとするのを、雷太は笑って制する。
「それは後から説明するっ! 今は話を聞いてくれないか! 」
店主はいぶかしみながらも、うなずいた。
「よっし、んじゃちょっと頼みがあるんだけどーー」
「…おれ達にできることなら、何でも言ってくれ!」
「んじゃ、遠慮なく言うぞ! 絶対聞いててくれなぁ! 」
村の者達は、いったい頼みとは何だろかと、固唾をのんで耳を澄ましている。
「絶対に、村のから出ないでくれっ! 」
「……はぁ、何言ってんだにーちゃん! おまえさん一人で立ち向かう気なのか! 」
雷太は店主の憤りを隠せない反応に苦笑する。
「一人じゃなくて、風坊も一緒だ! それに……」
雷太は気まずそうに言う。
「せっかく死人が出なかったのに、感電させたらまずいだろ? 」
店主は、ますます訳が分からないというように、首をひねっていた。
「そりゃ、一体……? 」
「じゃあ、よろしくなぁ!」
この後、村人たちは、最初の目撃者となるのであった。
「これで安心っと。よーし、おまえら覚悟はいいかっ! 」
会話をしている間に兵士たちはまさに目と鼻の先へ迫っていた。
目の前に広がる人だかりにも、雷太は動ぜず、むしろ嬉々として敵へ語りかける。
「手加減はしないからなぁ~。倒れても自己責任でよろしく! 」
兵士たちは、返事をする代わりに、手に持った剣をゆっくりと構えなおす。
「風坊~、援護求む~」
「…いや、前見よう! 前っ! 分かったから…… 」
敵はそんな雷太の隙を見逃すはずもなく。
先ほどとはうって変って、素早い動作で雷太へ迫った。
雷太が敵の接近に気付くのと、刃が振り下ろされるのは同時。
剣は空気をも切り裂きながら雷太を狙う。
「……危ねぇ、さっきまでの鈍さはフェイクかよ」
刃は、雷太の頭上ぎりぎりで受け止められていた。
――素手で。
「俺は獲物を使うほど、器用者じゃないからな~……」
バチリ、と。何かが凄まじい音を立てる。
瞬間、びくりと敵の体が跳ねた。
剣を取り落とし、全身を細かく痙攣させて、意識を失う。
それまで、不気味な沈黙を保ってきた敵兵たちは、わずかに動揺の色を浮かべたようだった。
「ついでに、まあ、電力の調整も出来ないけどな! 」
ポリポリと頬を掻く雷太。
その身を上へ下へと這い上がる、小さき稲妻が覆っていた。
はた目からは全身から白いオーラが噴き出すように見える、雷太の『力』。
バチリ、バチリとスパークを起こしながら、その圧倒的姿を見せつけている。
「成敗っ!」
かくして、一方的な戦いの粛清が始まった。
雷太は敵へ向かって駆ける。
両方面の敵が剣を振り下ろすよりも速く、その懐へ飛び込み、すれ違いざまに二、三度と拳を叩きこんだ。
たったそれだけで、数人の兵士が地面に伏す。
しかし、兵士たちもただ黙ってやられているわけではない。
雷太の前方、もしくは背後に回り込み、動きを封じにかかる。
集団という強みを最大限に発揮しようとした、兵士たちであったが。
「残念でした~」
雷太は瞬時に上空へ、跳んだ。
これもまた、普通では考えられない跳躍力である。
雷太は空中へ登り切る直前、兵士たちへさも楽しげな声を向ける。
「さ~て、お前らに受けきれるかぁ? 」
雷太に合わせて、身を包む稲妻が一段と強い輝きを放つ。
ゆらゆらと、陽炎のように光は空へ広がり……。
地上へ雷が放たれた。
周囲一帯を覆う力の本流。
瞬間的に、辺りは限りなく白に染まり、一切の色が失われる。
治まった時、地には大半の兵士が倒れふし、数名の兵が立つばかりであった。
雷太は一人をめがけ――落下した。
まるで雷そのものが落ちたような衝撃が響く。
雷太はここぞとばかりに力をためた拳を、敵兵へ叩きこんでいく。
「てりゃっ! 」
最後の一人は華麗に飛ばす。
兵士は遠くまで飛ばされ、ぐったりと地面に崩れ落ちた。
相ほんのひと時、たったそれだけで一連の動作を成し遂げた雷太は、荒野に立つのは自分ひとりであることを認め、
「さすがは俺! 記録更新達成! 」
ガッツポーズを決めた。
『――雷太、まだ終わってないだろ……そろそろ動くはずだよ ……』
穏やかに吹きつける風に混じり、呆れた様子の相棒の声が届く。
「しょうがないだろ~、実践なんてほんと久々だし……そういや風坊、今どこにいるんだ……?」
雷太はキョロキョロと辺りを眺めたのち、視線を自身の上空に向ける。
いまだに瘴気が漂う空に、ぽつんと黒い影が浮かんでいた。
「って、風坊。なんでそんな上にいるんだ?」
『雷太があんな広範囲に雷を落とすからだろ! 地上にいたら巻き込まれて……来るっ!! 』
瞬間、倒れた兵士たちの体がガクンと揺れた。
やがて、その身から、闇よりも黒い、生きもののように揺らめく霧が噴きだす。
「げぇ、こんなに出やがった……」
大げさなぐらいに身を引いていると、風太の叱咤が飛んだ。
『いいから、早く、働く! 』
「分かってるって! 」
体中めぐる稲妻を、片方の腕に収束させる。
バチリ、バチリと唸りを上げる稲妻を、
「――雷撃――」
一気に地面へ叩きこんだ。
稲妻は地面を駆け巡り、所々に倒れている兵士たちにも流れる。
兵士たちへ届くころには威力こそ大したことはない。
だが、本来雷太たちの『力』は邪悪に対して威力を発揮する。
兵たちの体を取り巻いていた黒い霧は、堪らないとばかりに離れ、上空へとのがれようとした。
「風坊!」
『――風よ――』
風太の呼びかけに応じて、風が渦巻いた。
黒ぐろしい霧は、吹き荒れる風に刈り取られ、なす術もなく渦に囚われていく。
周囲に充満していた瘴気も渦の中に溶け込んでいった。
渦は黒と緑を内包しながら、次第にその形を変化させていく。
黒い、球体。風によって形作られたそれが宙に浮かんだ。
『――邪気払い――』
言葉が場に流れ、風は一瞬にしてより強く、より速く動き……。
黒い霧は――風が止まるとともに消えた。
承・承・承・承・承
「うっし、一丁あがりぃっ! 」
「……まあ、こんなものなのかなぁ」
上空より、ゆっくりと下降してきた風太は、トンッと地に足をつけた。
「みたところ、瘴気も浄化した気がするし……」
周囲は霧が消え、清浄な空気で満たされている。
とりあえず、ここ一帯の瘴気は消し去れたのではないだろうか。
「うん、やれることはやったよ……じゃあ、さっさと……」
「お~い、おやじ達ぃ~。もう村を出ても大丈夫だぞ!! 」
雷太は村へ向かって大きく腕を振る。
「ついでに、手伝ってくれないか~? 」
言い置いて自身はさっさと倒れた兵士たちの元へ駆け寄る。
村人たちはしばらく唖然としていたが、雷太が点々に倒れた兵士たちを一か所にまとめようとしているのをみて、慌てて駆け寄ってきた。
(また、首を突っ込んで……)
やれやれと首を振りながらも、風太は近くに倒れる兵士の肩を抱える
――風がそっと寄り添い、傍目ではわからない程度に兵士の体を持ち上げた。
風太は淡々と、兵士を雷太のところまで運んで行く。
「――っ……」
かすかに、兵士がうめき声をあげた。
風太はいやな予感を抱き、足を止める。
「………あ、」
風太が見る前で、兵士はすすけた顔をわずかに歪める。
眉間にしわが寄せられ――瞼が開く。
「………こ、こは……」
兵士はしばらく焦点の合わない目で、周囲を眺めまわした。
風太は慌てて風を霧散させ、兵士を地に下ろす。
その瞬間、ガバリ、と。兵士は風太にすがりついた。
「お、教えてくれ! ここは、一体どこ……他の兵は、隊は、どうなったんだっ!」
勢いにたじろぎつつ、風太は視線で倒れ伏した兵士達を示す。
目を覚ました兵は、目を見開き、愕然とした様子で膝をついた。
その後、彼らはさらなる厄介事に巻き込まれることになる。
バトル、実は苦手です。
わかりにくいところ等ありましたら、気軽におっしゃってください……。
というわけでっ! ようやく、ようやくアレが登場しますっ!
(……うれしいが、くっ、またバトル……)