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風雷坊!  作者: カタルキ
幕開け
7/17

七、  虚兵の挙兵

――緑の霧がたちこめていた。


広がるのは荒涼とした大地。時折、駆け抜ける風が砂をさらい、霧を渦巻かせる。

霧は大地へ少しずつ、少しずつ。染み込み、病ませていく。

生きとし生けるもの、すべてに注ぐ汚れ。

岩肌をのぞかせる大地は、静まり返っていた。


そこへ、足音が立つ。

一つ、一つ。

一つは二つに、二つは三つへ増殖し、重なり合い、やがて一つの群れをつくりだす。


――甲冑をまとった、兵の一隊であった。


その足取りは、おぼつかなく、不規則。

本来は白の輝きを放っていただろう甲冑は、黒ずみ欠けている。

眼は濁り、腕はだらりと下げられ、それでも兵たちは歩き続ける。

ただ、主の命に従い。


(ユケ、ユケ、ユケ、ユケ)


彼らは気づかない、彼らに囁き続けるものがいることに。

彼らは疑問を感じない、こうして辺境の村へ向かっていることに。


(ユケ、ゆけ、行け)


呼びかけはさらに強く、彼らのわずかに残った思考すら奪ってゆく。

声は誘い、彼らはそれに従って赴く。



――その周りには、黒ぐろしい霧が、厚く取りまいていた。




「それじゃあな、おやじ! うまい酒だった! 」

 

日も高く空に輝く昼の事、雷太と風太は店の前にいた。

 

雷太の酔いがようやく冷め、今しがた旅立つ準備が整ったところである。


「また来いよ! 今度はもっといい酒でも用意しておいてやるからなぁ! 」

「本当か! くぅ~、おやじ。あんたってやっぱり最高だ! 」


 ひしっと、二人の間で熱い握手が交わされる。その瞬間二人には固き友情が芽生えたのだろう、雷太と店主の眼は今生の別れをするかのように潤んでいる。


「つらい旅路になるだろうが、がんばってくれ!

「ああ、おやじもな! 大丈夫さ、きっと客は来るようになるって! 」

「おお、ありがとうよ。 にーちゃん達の成功を祈ってるぜ! 」

 

 風太は目の前で行われている人間ドラマに、一つ溜息をつく。

「…いつ、出発するの? 」

 店主との別れはまだまだ終わらない。



「いや~、いい親父だった……」


 ようやく村を出て、瘴気が漂う道を歩くこと半刻。

 雷太は事あるごとに店主の話を持ち出していた。


「ここのところ、大人といったらジジィしか相手にしてなかったからな…あんな気前のいい人がいるなんて、しばらく忘れていたぜ~」


 上機嫌で歩みを進める雷太、その足取りは軽い。

対する風太は内心うんざりしながら、それに応じる。


「よかったね…」

「おうよ、ていうかなんだろうなぁ、あの酒。うますぎて俺、まったく歯止めが利かなくなったぞ…」


 味を思い出したのか、雷太はうっとりと呟く。

「あ、ヤベ。また飲みたくなってきた…」


 風太は、足を止めた。そのままくるりと後方の雷太を振り返る――無表情で。


「え、ナニ? あ、いや~、何でそんなに怖い顔をしているのかね風坊よ」

「………」

「もしかして怒りました? ――怒りましたね、はいすんません! 昨日何したか知らないけど、俺が悪かったですもう言いません! 」

 

雷太は無言の重圧に耐えかね、大げさなほどに平伏する。

 

風太は上からその姿を見下ろし……ついに口を開く。


「…雷太……店主にちゃんとお金払った? 」


「…へ…? 」

 内容を聞いた瞬間、どっと肩の力を抜く雷太。顔には冷や汗が伝っていた。


「なんだ、そんなこと心配してたのかよ! オレ、謝り損じゃん。風坊よそこまで俺が信頼できないのか! 」

「…そうか、ごめん。僕も思い込みが過ぎてたかもしれない」

 

 風太も安心して、ほっと息をつく。自分も考えすぎたなと反省の意を浮かべて。


「そうだぞー、疑いすぎだっつうのー………まああれだ――」

「……? 」


「(酒の代金を)払ってない……」

 

沈黙が深い溝となり、二人の間に横たわった。


「…………雷太……? 」

 にこやかに、破壊的な笑顔で風太は聞き直す。


「あ、ははは――ゴメンナサイ」

 

 とりあえず、その頭に正義の鉄槌が振り下ろされたのは……言うまでもない。


 店主は上機嫌に後片付けをしていた。

 思い出すのは、昼間に送り出した二人組のこと。

 

 どちらも少年と言って差し支えのない年齢であった。

 片や、見ていて気分が良なるほどの大酒のみ。もう一方は冷静沈着で、どこか大人びた少年であった。

 しばらく見ていれば、あの雷太と呼ばれていた少年が我が道を行くのを、風太という少年が必死に補っている構図ができあがる。

 

 なんにしても、面白い客だった。

 

 同時に、店主は表情を曇らせた。

 旅の最中らしいが難儀なことだと思う。


 

 世は乱世である。王都の方へ行くほど、村や、街の荒れ方は悲惨なものと聞く。

 それに加えて、湧きだした霧である。

 今年の作物はどこも致命的な痛手を受けただろう。

 不安は人の心を乱すものだ。それだけで王都などには悪しき輩が増える。


「…最近じゃ、妖魔まで姿を現すようになったってらしいなぁ」


 つくづく、彼らの行く末が案じられた。


 散らかされた十の酒つぼを拾い、一息入れようとした矢先である。


「――斗秀としゅうさん! 」

 店に若者が飛び込んできた。その慌てようからただならぬ事態を感じ取った、店主――斗秀は眉をひそめる。


「どうしたんだ? そんなに慌ててよ……」

「大変なんですっ! 西の方から、大勢の兵士がっ! 」

「なにっ、」


 驚いた拍子に、店主は一つ酒つぼを落としてしまう。

 重々しい、陶器の割れる音が、店内にこだました。

 

 


 多くの村男たちが家を飛び出し、西へ集っていた。女子供は固く閉ざされた部屋の中、恐る恐る様子をうかがう。


「驚いたなぁ、こりゃ……」

 斗秀のつぶやきがぽつりと、その場にいる者達の心情を代弁していた。


 蛇行しながら村へ伸びる道、途中から緑の霧で染められたそこを、フラリ、フラリと、まるで亡者のように突き進む兵士たち。

 異常な様子を見せる十数人ほどが、この村へ向かっている。


「おいっ、止まれぇ! おめえら、何用でこの村に来やがった!」

 斗秀は自らを鼓舞するように兵へ呼びかける。が、案の定返答はない。


「ど、どうしますかねぇ……」

 斗秀の隣にいた若者が震えながら問う。

 

 斗秀は一つ間をおき、店から持ってきた肉たたき用の棍棒を担ぎなおした。


「きまってんだろう、返事がねえなら容赦もいらねぇ……」

「ひぃ~、やっぱそうなります? でもあれ、王の兵士ですよ、それを攻撃したら……」

「知らねえな、村に手を出そうとする奴らが悪い。それにどうみたってありゃ正気じゃねえだろ?」

 

 斗秀は、腹からあらん限りの声を絞り出す。

「てめえらぁっ! 行くぜぇ! 」

――おおっ!!!

「お、おー……ムリですよ、やめましょうよぉ……」

 たじろぐ若者を除いた村人たちは、果敢にも村を飛び出し、霧の中へと入って行く。

 

 斗秀を除いた彼らには、武の心得などない。

 それでも、彼らがこうして敵へ挑めるのは斗秀の存在があったからこそ。

 

 兵士は、ついにその手に獲物を従え、ゆっくりと振りかぶる。

「ハッ、そんなものあたる訳がねえだろうがっ! 」

 斗秀はそんな兵の一人に向かって、棍棒を振り下ろした――

 

 兵はその身体へ、昏倒するであろう一撃をくらう。

 だが、それだけだった。

 

 表情が落とされた顔は、無表情のまま、痛みによって歪むことはなかった。

 むしろ、振りおろした棍棒を抱え込み、斗秀の動きを封じにかかる。

 そうこうしている内に、周辺の兵士たちが纏わりつき、斗秀は全く動けなくなってしまう。

 

 他の村人たちも同じ手法で、次々に動きが取り押さえられていく。

――なんだっていうんだ、こいつらっ! 

 斗秀は内心叫びだしたいのをこらえ、必死に兵たちをなぎ倒そうと試みた。

 

 本来であれば、兵の五人程度、斗秀であればやすやすと振り払ってしまうところ。

 しかし、この兵士たち。動きは遅いくせに、兵士たちの腕力は恐ろしいほどに強い。

「斗秀さん!! 」


 若者の声に視線を向けると、こちらに駆け寄ろうとしているのが目に入る。

「馬鹿野郎が! さっさと逃げろっ! 」

 どなり声をあげた斗秀の前で、兵士はのろりと剣を引き上げていく。


――やられるっ!!

 

 斗秀は覚悟を決めて、歯を食いしばった。




 世の中には天の采配という言葉が存在している。

 時には思わぬ人物と再開を果たすこともあるし、時に悲劇的な運命を、一変させることもある。

 この世界には神がいる。

それがもし運命を定めて、人へ与えている張本人だとしたら。

 神はよっぽど、偶然とやらを好むのだろう。




「ひとお~つ、この世に悪があーるかぁーぎりー」

 

 突如として、強風が巻き起こる。

 兵士たちは一人残らず地に倒され、村人は――宙を舞った。

 

 混沌山付近では風は非常に強い。

 だが、村人全員を吹き飛ばす風というのは、自然では起こりえないことだろう。

 斗秀や村の男集は、村の敷地内まで吹き飛ばされ、放られた。

 

 斗秀をふくめる全員は地面に叩きつけられ、何が起こったのか分からないままに気絶する者もいる始末。

 そうでない者も、状況を把握できずに、目の前の光景に目を見張るばかりであった。


「いよし、次! 風坊いけぇっ! 」

「…はぁ、…二つ、忘れるべからず正義の存在 」

 

 村への道を挟むようにして伸びる崖。その上に二つの、小柄な人影があった。


「みぃーつっ、ぶっちゃけ正義とかどうでもいいけど、飯屋を傷つける奴は許せねぇええ!」

 

 ついでにこの場合、飯屋というのは斗秀の事であろう。


「はいはい、四つ、滅してあげます悪の人」


「それが俺達! 風雷坊っ!! 」

  

  

  日が傾き始めた辺境の村にて、

            世をかきまわす二人が、名乗りをあげた。


 いよいよ盛り上がってまいりました。



 

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