四、 動乱へ
世には百年ごとに循環している。
百年前に豊作となればその年は不作となり。百年前に健立された大王朝は、新王朝にとって代わられる。
そして、妖魔の類も減少、増殖をこの周期で繰り返しているのだ。
何故か――そのように天が定めたためである。
百年、その折には悪しき者が増えるように。そうして人々が信仰の心を忘れないように。
しかし、魔に対して人とはあまりに脆弱。
妖魔の蹂躙に為す術もなく、天へと訴えかけた。「これでは、まるで食われるための獣と変わらないではないか」と。
人々の憂いを聞いた天はその年に合わせて、仙人見習いが善行を積み、見習いの内最も世のため人のためにつくした人物を仙人として天へ召されるように定めた。
つまり、仙人見習いに悪しきものを退治させようという魂胆なのである。
ただ登用するのではなく、世の憂いをも取り払ってしまおうというまさに一石二鳥の制度――それがこの『破魔の祭』。
――じゃからこの祭りは神聖であり……
お主らのような者が軽んじて良いものでは断じてないわぁッ!!! 」
老師が相対しているのは雷太と風太。祭りを軽々しく思う二人に、老師は説教をしていたのだが、案の定聞く耳持たず。
「 ろうしー、俺ら反省したから、でも地上へ降りる気ないから。だから昼飯食わせてくれー 」
足をばったばた動かす雷太に、本人が言うような反省の色は全く見られない。
風太は風太で、反省文を書かせていた紙に落書きをしている。落書きといえどもその精度は見事なものであり、墨で描かれた花はどこまでも生き生きとしていた。
いっそのこと画家にでもなってしまえと言いたくなるような出来である。
両者とも、話の半分も聞いてはいまい。
老師は、熱心に講義していた反動からか、がっくりと肩を落とすのであった。
このとき、頂に住まう三人の誰が知りえただろうか。
遠く、雲の下――地上を取り巻く怨嗟の霧を。
地上へ降りたった五人へ降りかかっていた災厄を。
―――世界は、神の手に動かされる。
起・起・起・起・起
「何ということだ」
老師は忌々しげにつぶやく。
彼が前にするのはとある泉。きらびやかな湖水はいくつもの風景、水底とは別の地上の風景を映し出している。
彼が地上を見るための唯一の手段―――水鏡盤。千里をも見渡すそれは、地上であればたとえ深き海のそこであろうと映し出すことができる。
弟子たちの様子を見るために老師自身が作り出したものであり、千年の時にわたって愛用してきたのだ。当然、彼自身がその機能に自信をもっている。
しかし、そこには……。
( 地上、すべてが瘴気に覆われているなど! どうなっておる! )
緑の毒々しい色に染められた大気。ひどいところでは生き物が死に絶え、そうでなくとも瘴気にあてられた者たちが破壊と殺りくを繰り返している。
地上はいまや、地獄。
彼自身が育て上げた弟子たち五人の姿も、盤でいくら探しても見出すことができなかった。
消え失せている。地上の、どこにもいない。
そんな馬鹿なことがあるだろうか。
老師は内心動揺しながらも、表面の冷静な部分でこれからの算段をする。
( やれやれ、面倒なことになったわい。わしがこの山を動くわけにもいかん、となれば……あやつらを行かせねばならんのぅ )
いくら反抗的だとしてもやはり弟子は弟子、わが子も同然の存在なのである。わずかながらの親ばか心が首をもたげた。
先に旅立った五人の安否がわからない以上、生き残っている愛弟子を明らかに危険な地上へ放り投げるのは少々気が引けるが……。
「 ふん、これを機に、あれらも心を入れ替えるがいい! 」
結局、もともと送り出すべき人物らであったことを思い出し、さっさと送り出す準備に取り掛かったのである。
『よいか、雷太、風太よ』
『ん~、どうしたんだ老師。改まって……』
『何か、ご用でも……?』
例の如く、菓子、筆を持った二人へ。
老師は晴々と、しかしどこか浮かない表情で言った。
『地上は非常に危ない場所だ。気を抜いてはいかんぞ……』
『ちょっとまて。おいっ、ジジィ! なんで俺らが地上行くっぽい雰囲気なんだよ!! 』
『もしかしたら、命を落とすかも知れん。そうしたら神より新たな生を授かり、仙道に励むが良い……そしたら次はもっと素直な弟子になりなさい……』
『って、なに今生の別れ的なものを言ってんの! 行かないからな、なんと言われようと俺は行かんっ!』
『…あの、話がよく……』
『では、気をつけてな……(遠い目)』
『待ておい! ジジィィイイイイイイイイッーーーーーーーーー』
最後に雷太、風太が見たのは、老人が杖で床をポンっと叩いたのと。
自分たちの周りに空いた、特大の黒い穴だった。