十五、 食堂事件 其ノ壱
「着いたぁ!!」
叫びつつ雷太はその場に倒れこむ。
「み、水~」
呟き、何かを求めるようにフラフラと宙を漂わせていた腕は力を失い地面におちた。
「ハイハイ、さっさと行くよ」
その横を風太が通り過ぎる。
「風坊~、最近つめたくないか~」
「いつもだよ」
「うう~、冷たい。氷のごとく冷たい。ああ寒む……いや暑い」
「……ただでさえ暑くて気が変になりそうなのに、苛立つような訳が分からないこと言わないでほしいんだけど?」
「悪かった! 悪かったからその狂暴そうな握りこぶしを下げてほしいかな!」
「……っち」
舌打ちをかまして風太はさっさと町へ歩んでいく。
なぜだかとても痛む心で、去っていく背中を見送る雷太だった。
「……雷太」
「分かってるさ、風坊」
二人の前にあるのは目的地であるはずの街。
広い道にそって建物が並んでいた。そこそこ大きな町なのか、家々の連なりは道をはさんで遠くまで続いており、一本道の突き当りには広場のような場所がある。
これだけの広さがあれば、人も多く住んでいると思われるのだが……。
「なーんで人がいないんだ?」
「さあ?」
日も暮れかけ、人々が家に帰る時間帯だったとしても、街の静けさは異常であった。
時折、風だけが通る道は、砂が舞うばかりである。
「まさか、みんな妖魔に食われちまったとか……」
「……それにしては瘴気が感じられない……しかも、あそこ」
と、風太は街並みの一軒を指さす。
雷太が見ると、ちょうどバタンと音をたてて窓が閉ざされた。
「街に着いたあたりから、僕たちのことを見てた」
「って、思いっきり避けられてるし。……あ~、人はいるみたいだな。んじゃなんで外にはでないんだよ」
「さあ? 暑さにやられて引きこもりとか?」
「ひっきーか。ちえ、なんだよ。遠方からはるばる旅人がやってきたというのに、この冷たい態度は」
「……それなりの理由があるからだと思うけど?」
―――理由ってどんな?
―――しらない。
「くっそ~、せっかく喰い物が食べられると期待してたのに。骨折り損かよっ! くう、腹減ったぁ、のど乾いたぁ! もう動けね~」
「……まあ、食べ物ぐらいなら……」
と、風太は先ほど示した家の向かい側に指先をむける。
「営業中じゃないかな?」
それは、店先に、椀の描かれた看板が置かれた―――食堂。
「いくぞっ、風太!」
にわかに元気を取り戻した雷太を見送り、やれやれと風太は歩き出した。
「たっのもーう!!」
掛け声と同時に店の戸をくぐりぬける。
瞬間、どこからともなく長机が飛来した。
「どわっ、な、なんだよいきなりっ!」
反射的に前かがみになる。頭上を重々しいものがかすめて飛んでいき、長机は店を出て通りに転がった。
冷や汗を垂らしながら、雷太は長机が飛んできたと思われるほうを見やる。
「砂族がっ! のこのこ入ってきやがってっ! てめえらに食わせる飯はねえんだよ!!」
どなり声をあげるのは店の奥にいる巨漢だった。
砂漠にすむもの独特の、前側があいた衣服からのぞくのはがっちりと鍛え上げられた筋肉。四肢はまるで丸太のようだ。やけに四角い顔は、一度みたら忘れられないような濃さがある。
周囲から浮き彫りになったような男を前に、雷太は阿呆のように突っ立ってしまう。
「これでも喰らいやがれぇ!!」
「って、ちょっとまった、まった! オレはあんたに攻撃されるようなことしてないっつうの!」
「問答無用!」
「問答必用にしろってっ!! のわっ!」
大男は聞く耳を持たず、再び店の中に並んでいた長机をがっちりとつかむと、おもむろに雷太へ振りかぶった。
直線で飛んできたそれを、雷太は紙一重のところでかわす。
かわしたのはいいのだが、すぐに大男は別の机に手をのばしていて、第ニ、第三の机が宙を舞った。
当然、雷太は必死によける。
「ええい、ちょこまかとっ!」
その時、長机を頭に掲げる男の背後から、大男に話しかける存在があった。
「あ、あのう。それくらいにしていてもらえますか……」
「ああん? なんでぇ、ビビったのかよ店主」
言って、大男は後ろを振り向いた。そこにいるのは小柄で、いかにも気が弱そうな男で、どうやら彼がこの店の店主であるらしい。
「いえ、ビビるとかそういうわけでは……」
「じゃあ、邪魔しないですっこんどれっ!!」
大男の怒号に店主は「ひい」と短く悲鳴を上げたが、それでもなんとか言い募ろうといている。
「で、で、でも。これ以上机がなくなったらうちもやっていけませんよぅ」
「砂族を倒すためだっ、これしきの犠牲など軽いだろうがっ!!」
と言って、巨漢は長机をぎりぎりまで後ろに引いた。
そのまま投げようとした大男を、店主が必死にくいとめる。
小柄な体(といっても雷太のほうが背は小さかったりするのだが)にもかかわらず、大男に取りつき命がけで止めようとする姿はなかなかアッパレで、雷太は思わず賞賛を送りたくなった。
「放せぇ! このっ!」
「投げないでくださいって! それにわたしにはどうも、あの少年が砂族には見えないんですけれどもっ!」
「なーに、言ってやがる! どこからどう見たって……」
ようやく、巨漢はぴたりと動きを止め、まじまじと雷太をみる。
雷太はその獅子のような視線に、顔をひきつらせた。
「……砂族じゃ、ねえな……」
「……ども」
よくわからない誤解を解き、ゆっくりと長机を下ろした巨漢に、店主はへなへなと崩れ落ち。
雷太は疲れのあまり長々と息をはく。
沈黙が店内に満ちた。
「あー、いや、そのー……」
巨漢がぼりぼりと頭を掻きながら、雷太へ手を合わせる。
「悪かった!!」
「……勘違いならしょうがないっしょー。それよか、腹減った……」
思い出したかのように腹の虫が鳴いた。空腹のあまりに雷太はすっかり脱力してしまう。
(そういえば、風坊どこ行った……?)
なんて考えながら、店の戸に視線を向けると、
「終わった?」
ひょこっりと戸口に現れた。どうやら外で店内の騒ぎが収まるのを待っていたらしい。
とりあえず雷太は、風太へじと目を向けた。
ちょっとした変換ミスをご紹介。
正しい→雷太
ミス →雷たん
………………………ぷ、