十一、 始まりは此処に
「で。出たぁ~っ! クソジジィが化けて出やがったぁ!!」
「おひさし、ぶり、です……老師サマ……」
(なんでそんなに弱々しくなるんだよっ! )
(雷坊こそ挑発してどうするのさ!! )
「お主らァ!! たるんどるっ、そこに直れぃ!!」
『はいっ!!』
これまた二人同時に正座した。
傍目から見れば、巨大な生首と、正座しながら説教される二人の少年。
「そもそも仙人というのは人に軽々しく身を明かすものでは決してない! 断じてないのだ!! それをああ易々とひけらかすなど言語道断あってはならない!! それもこれも日頃から勉学に励まないがゆえの…………」
(風太~。助け船を要請する……)
(……無理、座ってるだけで限界……)
「気いとるのかァっ!! 」
『ハイッ!!』
またしてもの一喝に二人は姿勢を正す。
(おかしい……普段の俺だったら逃げてるってのに……巨大生首だからか? )
(さっきの仙術で、疲れてるだけじゃ……)
「――というわけで ~云々~ 二人とも……」
老師は言葉を区切り、じっと二人を見た。
「な、なんでスカ……」
「―――よく、やってくれたな……」
ひときわ大きな雷が落ちるのかと思った矢先、二人へ労いの言葉がかけられる。
「わしもようやく地上の異変について知ることができた…何より、瘴気がないところであれば、こうして言葉も届けることも可能じゃ。よい働きであった」
「ジ、ジジィが。怒りダッシュでため息のジジィが、感謝の言葉を……」
雷太はよほどの衝撃を受けたのか、ぽかんと老師を見る。
つぶやきを聞き咎めた老師は、じと目になる。
「それは、お主が原因であろう……まあ、なんじゃ。今更、破魔の祭りに参加しろとは言わん。そのかわり、お主らにはやってもらいたいことがあるのでな……」
「やって、もらいたいこと…? 」
「うむ、お主らにしかできぬことだ……心して聞くように……」
雷太と風太は顔を見合わせ、うなずいた。
老師はそれを確認し、続ける。
「……実はなぁ、ひと月ほど前に旅立った五人…その行方が分からなくなった」
「老師様は、千里を見渡す水盤をもっていると……」
「うむ。今現在も使っておるぞ。だが、それでも見えぬのじゃ……五人とも行方をくらますとあっては、瘴気以外の何かが関わっているとしか思えん。祭であってはわしもむやみに地上へ降りられんしの。そこで……」
老師は二人へ、偉大な師として命を下す。
「五人の存命を確認してくれ。命があるかないか、それだけで良い。あとはお主らの好きに暴れまわっておれ」
「ということは僕たち……追い出されたわけではなかったんですね……」
「え、違ったのか!!」
老師は、呆れた風な表情をした。
「やる気もない弟子を祭に参加させてどうするというんじゃ。わしゃそこまで偏屈ではない」
雷太は、その言葉に眼を見開き。ニタリと笑う。
「ということは…あいつらさえ見つけられれば、地上で遊びまわろうと何しようと、頂には戻してくれるってことだよな……。
いいのかぁ、ジジィ? 俺はやるとなったらとことん遊びまくるぞ」
「ふん、分かっておるわ…。安心せい、悪行さえ積まなければ迎えを出してやる」
雷太は嬉しそうに立ち上がったが、風太はどこか釈然としない様子で、老師に問う。
「老師様……ついでに五人の居場所というのは……」
「――無論、知らぬ」
「……はぁ? 」
「では……大陸のどこ辺りにいるとかは……」
「いや、分からんなぁ」
老師はひょうひょうと呟く。
「だから『水盤』でも見えんかったんじゃ。気配も何も消え去っておるし、安否も不明…だからお主らに探させるんじゃろうが……まあ安心せい。海を渡ったりはしとらんじゃろう……おそらく……」
「なんでそんなに歯切れが悪いんだよ!! 大体、この大陸だけでどんぐらい広さあると思ってんだよ!」
「わしも検討がつかんのう、大地の端まで行ったこともないしな……まあ、二十年もあれば探し出せるであろう…」
「にっ、二十……」
予想外の年月に、雷太はふらりと体を揺らがせる。
(半分追い出した感じじゃねえかよ!! )
「お主らが見つけ出す前に、祭が終わる気もするがの……」
「ちょっと待て、俺らが捜しに行く意味ないじゃん! 反対だ! 俺は断固として師の暴力に立ち向かう!!」
「雷太……立ち向かったところで、混沌山には戻れないと思うんだ……」
「言うな風坊! 俺は屈服しない!! 」
「でもさ…雷太が瘴気で苦しんでいる人達を見て、混沌山で安穏としていられるわけ? 」
「うっ、……それは……」
「たしか、とある村には、弟子入りする前に世話になった人がいるって話していたような……」
「…………」
「どうやら、二人とも同意したようじゃの……では、そろそろこの幻影も限界じゃ…頼んだぞ…」
言うと、老師のぐりゃりと歪み、何事もなかったかのように消えた。
「って、幻覚かよっ! 本当に生首が浮いてんのかとっ……」
「幻術って相手に意思を伝えたりもできるんだね…よし……」
「風坊、言っておくが……俺を幻術の練習台にするなよ!! 」
「……ちっ、なんだばれたのか……」
「毎回毎回…新しい術を覚えるために…なんど俺が巻き込まれてきたと思ってんだよ!! 」
風太は小首を傾げた。
「……たしかこの前ので五百三十七回……その内、疑いながらまんまと引っかかってたのが三百二十回だったっけ? 」
「―――ぐはっ」
後・日・談
「ほんとに行っちまうのか? 」
「う~ん、いつまでも、村の人たちにも色々迷惑かけてるわけにはいかないしなぁ……」
「そりゃあ、こっちは大助かりだったからな。むしろこっちは、おめえらに感謝しきれていねえ…しばらく居てくれたほうが、俺らとしてもうれしいんだがな……」
村に滞在している間。雷太たちは、手厚いもてなしを受け、そして、
―――便利屋となっていた。
西に屋根が壊れたと聞けば走り(おもに雷太が)。東に邪魔な岩があると聞けば取り除き(これも雷太が)。一つこなせばまた一つといった具合に、仕事の波が押し寄せた。
その結果として旅に必要なモノを揃えることができたので、まあ良かったのだろう。
ついでに、風太は子供や女性相手に似顔絵を作成していた。
それはそれは好評だったらしく、今では村中の家という家に似顔絵が飾られているらしい。
「そうしたいのは山々だけど…俺達やることができたんだ。用事が済まねえと家に帰れないし……」
「それは……引き留めちゃ悪いってもんだな……」
「……おやじ……」
「おう、達者でなぁ……」
ひしっと、今度はむさくるしい抱擁を交わす二人。
「………だから、まだ……? 」
完全に蚊帳の外となった風太は、することもなく澄み渡った大空を見上げた。
「じゃあな~。頑張れよ~~」
「おぉー。ありがとなぁ~」
雷太は村が見えなくなるまで、後ろ向きに歩いていた。
くるりと振り返り、突如叫び声をあげる。
「よっしゃ! 俺はやるっ!! なにがなんでも見つけ出してやる!! 」
「……雷太、何を拾い食いしたの? 」
「拾い食いって俺は犬かよっ、違うって。現在の意志ひょーじしたんだっ! 」
「もしかして…村の門のところに落ちてた饅頭? あれは危険だよ、魔除け用だから色々変な物体がいれられてるから」
「え、まじでっ! しまった~、もうちょい注意してニオイ嗅いどくんだった―――」
「………食べたんだ………」
「…あ…」
風太は妙に白けた目を向けた。
ニ、三歩ほど雷太から距離を置く。
「………」
「―――め、目指せ! 次の町っ!! 」
「あ、……逃げた……」
脱兎のごとく走りだした雷太。
「俺は成し遂げる。アイキャンドゥーイット!!!―――て、うわぁ! わ、罠か。妖魔の攻撃か!? 」
「…そして、落ちた……」
―――風坊! お助けぇぇぇ!!
「…はぁ、しょうがないなぁ……」
風太は風を集め、そしてともに飛ぶ。
「―――風よ、我が身を誘え―――」
ふわりと地面から押し上げられ、空へ舞い上がる。
こうして雷太子と風太子の旅は、始まった。
ようやくプロローグ終わりました!!
それでは、ここまで読んでくださった皆さん。
心から感謝します! 謝謝!!