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風雷坊!  作者: カタルキ
幕開け
10/17

十、  化け物退治 丑 後

「……完全に食べられたなぁ……」

 風太は独り語散る。


 妖魔は、ギロリと風太へ眼を向けた。

「次ハ己ダ。積年ノ恨ミ……罪ヲ思イ知ルガイイ……」

 再び口が開く、歯の間からうごめく舌が垣間見えた。

 

 風太は肩をすくめる。

「――恨み、ね。勝手な妄想で、人を罪人扱いしないでくれるかな……」


 その瞬間、妖魔は怒気を露わにする。


「黙レ! 言イ逃レハ出来ヌッ! 己ノ姿、其ノ忌々シイ風、我ガ忘レルト思ッタカ!」

 どうやら、誰かと間違われているようである。それも、この妖魔が深い恨みを持つ誰かと……道理で先ほどから狙われているわけだ。


 風太は深々と溜息をつく。

「……いや、知らないし。それ僕ではな……」


 風太は口をつぐんだ。

 懸念事項が、脳裏をよぎる。

――『風』…?


「……もしかして、十年前のことを言ってる? 」


 妖魔は再び吠えた。先ほどよりも強い、憎しみが込められた叫び。

 案の定、肯定だろう。

 あちゃ~と。風太は額を押さえる。

 心当たりがあった。


 下手をすればここに妖魔がいることも、瘴気が満ち溢れている現状も、

 元凶は……。


「地ニ落チロ!」

 妖魔の全身に生えた突起が、黒と緑色が混じった不穏な色を帯び始めた。全身から濃い霧が立ち上り、周囲には深い瘴気が満ちる。

 開かれた口には、多大な力が集まっていく。

 

 

 風を全身にまとわりつかせ、妖魔の瘴気を防ぐ。


「もしかしたら、僕のせいかもしれないからさ…言っておくけど……」

 過ぎたことは忘れたほうがいいと思うよ?


 風に命じて、後ろへ上昇。なるべく妖魔から距離を置く。


「無駄ダ。逃ガサヌ」妖魔は吐き出した濃厚な瘴気を使い、風太の行く先を遮った。


 ある程度であれば、やすやすと浄化できる瘴気。しかし、それほど濃いものであれば、風をもってしても浄化には時間がかかる。


 おそらく、身動きのできない間に仕留めという魂胆だろうが……。

 びくん、と。妖魔が震えた。吹き上げていた瘴気が途絶え、心なしか苦しそうに吠える。


「――逃げるなんてとんでもない。ここには相棒がいるし……」

――グオオオォォッ!!

 妖魔は大きく体を揺さぶると、叫ぶ。

 その口から、何かが地面へ吐き出された。


 すかさず風太は、風を送った。ふわりと、『それ』は地面にぶつかるまえに風が支えられる。


「――きったねっ! ぺっぺ。風坊よくもやってくれたな、ほんとに死ぬかとっ」

 ばちりと、その身から稲妻が走った。


 妖魔の体内でもありったけの電撃を放出していたのか、雷太は呼吸を整える。


「しかも俺のこと忘れてただろ! 風坊アンドそこの妖魔!! 」

「………………………そんなことないけど」

「なんだその沈黙は!! 」


 そんなに怖かった(それとも汚かった?)のか、雷太の文句は次々に風太へ押し寄せた。

 風太は感電の恐れのない空中から、どうどうと雷太をなだめる。

 仲つむまじい様子を見せる二人。


 そこへ黒い影が迫る。


「おわっと、あぶねっ」

 雷太がひらりと跳んで、しなる妖魔の尾を避けた。

「もう復活したのかよ!! 」


 身の内から雷撃を食らった妖魔は、多少ぐらつく程度の影響しか受けていなかったのか、唸りを上げながら首をもたげる。


「へん、上等だぁ! 腹の中に入れられた分、きっかり返すからな!! 」

「雷太…楽しんでない?」

「勝負は楽しむ、これが俺の信条だ! 」


 その身を駆ける稲妻は、より強く、強く、周囲へ飛び散る。


「そういや、ちゃんと挨拶してなかったよな。聞いて驚けそこな妖魔! 」

 雷太は嬉々として、自らに課せられた号を名乗る。


「俺の名前は『雷太子』。二つ名は天駆ける稲妻を抱く者だ! よーく覚えておけっ!! 」

 バチリと、ひときわ響く音と共に、雷太は白の雷を纏った。


「許さぬ……」 

 妖魔は牙をむき出し、ぎらつく眼差しで二人を射抜いた。




 結・結・結・結・結




 地上の雷太が動いた。

 稲妻を掌に集め、妖魔へ駆ける。

 妖魔は蛇腹をくねらせ、四方を囲んで雷太の周りからその動きを封じにかかる。


――グオオォォ。


 頭を大地へ振り下ろす。雷太は隙間を見出し、跳んだ。

 妖魔の頭は地面にめり込み、ズドンと重々しい音と、砂塵が舞い上がった。

 雷太は空中で瞬時に体制を整え、腕に宿した力を限界までため込む。

 周囲の空気が熱せられ、電気を帯びた。そこらかしこで火花が散る。

 妖魔の身体にも無数の稲妻が這った。

 牛頭がその身を起こした、その時。


「いっくぜ~」

 合わせた手の間で収縮する力、それを前へ突き出す。

「――稲妻よ、雷撃っ!―― 」

 一気に解き放った。


 雷太から離れた力は、一瞬にして空中へ浮かびあがり、光り輝く球となる。

 その表面にさざ波が立ち。

 内部から無数の雷が地へ降り注いだ。

 狙いは妖魔。


「効カンッ!」

 すべての雷が妖魔へ殺到する。

 しかし、牛頭は身に受ける雷など全く意に介さない様子で、せせら笑った。


「人間ガ高貴ナル我ニ害ヲ与フナド……」

「げ~、全然効いてねえ」


 雷太は跳躍から降下。地面に降り立ち、妖魔と対峙する。


「どうしよかな~……」

 考え込む雷太に、蛇腹が打ちつけられる。

 再び跳躍してかわし、距離を稼いだ。


「なぁ風坊! あいつに弱点とかねえのか!? それと、まだ―――」

 迫る妖魔の頭を避け、上空に浮かぶ風太へ問いかける。


『―――今探してる…どうせ攻撃が効かないなら逃げててよ…』


「言われないでも逃げるって、よっ」

 風に乗ってきた声に応え、背後より現れた蛇腹に片手をつけ、勢いのまま空中で一回転。

 後方へ逃れる。


 ためしに、手で触れたところから電気を流してみるのだが、まったく効かず。


「やっぱ、直接でもダメか……一体どんな構造してるんだ? 」


 自身が持っている『力』の強さを自覚しているだけに、雷太は首をひねる。

 ともすれば、はるか遠くにいる獅子だって即倒させる、雷。人間には力を押さえて使用するのだが、この妖魔に対しては最初から全力で挑んでいる。

 妖魔の攻撃事態は単調、それほど速いとも言い難い。

 それでも雷が効かないとすれば、先に倒れるのはこちらのほう。


「お~い、風ぼ~う。まだかぁ~? なんなら攻撃交代してくれ~」


『うるさい。無能は黙る』


 わずかに苛立ちをみせる声が降る。

 しかしそれは相手ようまの方も同様だったようで……。


「虫ケラガ、チョコマカト」

 妖魔の身体から、再び黒と緑の霧が噴き出した。

 雷太の身は、風太が瘴気を寄せ付けないようにしている。

 瘴気の毒に充てられる心配はないが…いくつもの作業を並行して行って風太の負担が大きい。


(仕掛けるしかない、か…)


「風坊! 今から特攻するけど、とりあえず気にしないでくれ!! 」


『…了解、さすがに疲れた……』


「いよ~し、突っ! 」


 周囲をめぐる風に押されて、雷太は駆ける。

 あちこちに横たえられた蛇腹へ、跳んだ。

 すとんと、鱗の整列した丸太のような背に足をつけ、上部―――牛の頭へ向かって走る。


「何ヲ…小癪ナ…」

 妖魔は胴体をうねらせ、振り落とそうとする。


 雷太は持前の勘で胴から胴へ飛び移っていく。


「待ってましたぁ!!」 

 ひときわ大きいうねりに合わせ、勢いよく跳躍。妖魔の首元に生える毛にまとわりついた。


「どうだっ」

「虫ケラガァァッ」


 牛頭はしきりに頭を揺さぶり、振り払おうとする。

 雷太は、硬質で滑る毛を必死につかみ、ついでのように稲妻を流す。


「―――グッ」

(―――!! 今っ!)

 反応が、あったような……。


『―――見つけた!』


 風が相棒の声を伝えてくれた。

―――妖魔の弱点、それは……。


「いっくぜぇ~。せぇのっ! 」

 腕を軸にして、牛頭の平たくなった鼻の上へ立つ。

 瞬時に稲妻を掌に宿し。


「必殺! 眼つぶしっ!!」

 強烈な光を放つ球体を、放った。


―――オオオォォォオオオオッ! グオオオオォォ!!


 耳をつんざくような悲鳴が挙がり、妖魔は所かまわず頭をぶつけ始める。


『―――雷太!!』

「ああ! 上げてくれ風坊!! 」


 宙に放り出された雷太を風が包み込む。風は勢いよく上へ吹きあがり、宙に浮かぶ風太と同じ高度まで持ち上げた。


「準備は――っ」

「出来てるよ、あとは雷太がへたれてなければ完璧だけど……」

「だぁ~れが、へたれだ! 俺はもち、大丈夫だ!! 」


「貴様ラァァッ、ヨクモ、ヨグモォォッ」

 下から身を伸ばして迫る妖魔。目が見えていないにも関わらず、怒りで歪んだ顔を筆頭として一直線に向かってくる。(匂いだろうか?)


「それじゃあ―――」

「ああ! 妖魔殿はご退場だ!!」




「―――稲妻よ、応えよ―――」

 雷太の呼びかけに応じて、周囲は熱を帯びる。

 仙術、というのだそうだ。


 特定の自然物、動物などに呼びかけ、力を得る。常人には手にできない、自然と『対話』をする神より与えられた奇跡の力。


 バチリバチリと宙をすべり、稲妻が雷太に宿っていく。

 ひとしきり雷の収集が終わり、ぼんやりと白いオーラが立ちこめ始めたところで、風太も言葉を発す。


「―――風よ、誘え―――」

 彼らの周囲を風が渦巻く。ぐるぐるとぐるぐると、終わらない螺旋が続く。


「無駄ダ、我ノ怒リヲ防ゲルト思ウタカア!! 」

 牛頭は長い胴を駆使し、風太たちの前に頭を持ち上げる。

「噛み砕イテクレル!! 」


 牛頭の口が蛇のように首元まで裂け、渦巻く風ごと飲み込もうとする。


「―――雷雲を、いざなえ―――」


 閉じようとした口はしかし、飛び散った火花によって退けられた。


「ナニ!? 」

 妖魔は見る。渦巻く風が次第に、霧とは違う黒色へ染まっていき、雷を帯びるその様を。


「……之ハ、雷雲カ。シカシ其ノ程度デ」


「へえ……よ~く見てみろよ。お前が相手にしているのは『その程度』で済むモノか? 」

 黒い風の中から雷太の声が響く。

 それに合わせて。妖魔の頭上、さらに上空で低くこだまする音。


 妖魔は、天を仰いだ。

 浮かんでたのは黒々と、ひしめく雲。時折稲妻が顔をのぞかせ、唸りを上げる。地平線の向こうにまで及ぶ、黒い雲軍。


「さっき、ここの主だとか言ってたよな? ――その割にはずいぶん自然物に嫌われているみたいだが…? 」

「グッ、マサカ……」

 ここへきて、初めて妖魔に焦りが浮かんだ。


 自身が侮ってきた、人間。せいぜい操る価値しかないと思っていた虫けら。

 妖魔は十年前と似たような感覚を覚える。


「又シテモ、己ニ……」

 二度目の敗北が、つきつけられようとしていた。




「―――集まったみたいだ」

「よっしゃ、がんばりますか!! 」

「くれぐれも僕まで感電させないように…」

「……あ~。努力します」




「―――稲妻よ、集まれ―――」


 響く声に呼応し、上空の雲を稲妻が駆ける。

 妖魔の頭上に、多大な力が集まり、空気を熱す。

 やがてそれは一つの、巨大な輪郭を作り上げていった。

 天に浮かんだ、光輝く剣。


 妖魔は本能に近い部分で危険を感じ取り、身をひるがえした。

 蛇行しながら、住み家である洞窟へ。

 大方、結界でも張るつもりであろうが。


「―――貫けっ!!―――」


 稲妻は、怒涛のごとく宙を駆け。


 地を這う牛の頭を、貫いた。


―――グオオオォォォ。

 

 妖魔の悲鳴は大地にこだまし、やがて消えた。




 ゆっくりと高度を下げ、地へ足がついたところで、取り巻く風を霧散さる。


「いよっしゃ! 討伐成功っ!! 」


 地上へ戻ったとたん、雷太は、いつものごとくガッツポーズを決める。


「成功っ、じゃなくてさ……。雷太、とどめを刺さなかったわけ? 」


 舌を出し、完全に伸びている妖魔は、かすかに体を痙攣させている。


「いつか、また害になると思うけど…?」

「う~ん。いやそうなんだけどさぁ……」

―――殺したらそれまでじゃん?

「元には戻らない、しな……」

「……まあ、別に困るのは僕たちじゃないし。とやかく言う気はないけど……」


(老師が聞いたら、一喝されるんだろうな……)


「―――呼んだかの? 」


 二人はびくりと、背を震わせた。

 声は背後から。


(ふ、風太……)

(うん。気のせい、気のせい……)


「何をしておるかお主ら! 師に尻を向けるとは無礼もはなはだしいぞ!!」 


(ふ、風太。こらえてくれ!!)

(ごめん、ムリ。…老師は苦手なんだ……)

(しょうがねえ。 せえのっ、で行くぞ! せ~え~のぉ~) 


 二人同時にぎこちない様子で、恐る恐る振り返る。

 

 そこには、巨大な老師の生首が浮いていた。



 プロローグを終わらせようとしたら長くなった……。

 二つに分けます。

 

 そして、前話より思ふ。

 牛の憎々しげな顔って…どんな顔なんだろう?

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