感謝の言葉 其の一
この話は今は昔天災戦争から十二年後に現れたとされる世界を震撼させた【狂王】が誕生するまでの物語―――――――
魔剣という純粋な鉄から造り出された剣とは違い主に魔石と分類される鉱石や魔物から採取された物を加工して腕利きの良い鍛冶師によって生命を、魂を吹き込まれて誕生すると言われている。中でも当時の時代だと特段異質とも言われている魔剣が顕現した。手にすれば間違いなくこの世を統べると称されるほどの魔剣は天変地異やこの世の終わりを謳う戦争…天災戦争と言われた戦争直後から大量繁殖した魔物から一人の男の手から生み出されたと言われている。
「名は…『滅離剣ジェノバ』ねぇ…」
「ね、凄いでしょ!?こんなものが今はこの世に彷徨っているって言われているんだよ?」
「あのなぁ…坊主。俺はそんな戦争を目の当たりにしてる人間なんだ。そんな噂本当だったとしても俺らみたいな存在には程遠い物なんだよ」
「だって、イントースさん。周りの人に慕われるほどその戦争でここにいる皆を救ったってお父さんが…」
「【勇者】の助力無しじゃ俺も死んでいた話だ。全く俺なんかあの場では役立たずだったんだよ」
机の上には大量の酒が積まれ生きる事に頓着が無く目にさえも光は消え堕落した生活を暮らしている中、再びもう一杯酒を飲もうと手を伸ばすが目を輝かせて今となっては忌々しい話を聞こうとするあの惨状を知らない子供から、温かいこの場から逃げるようにして行き先なんてない狭苦しい世界に戻る。
「こんにちは、イントースさん。今日は天気がいいですねー」
「あ、イントースさん。うちの野菜食べますか?最近収穫時期が来ましてこんな大量に実ったんですよ、一つだけでも如何ですか?」
周りの人…俺が身を粉にして助けた町の人たちはこれでもかと返してくれるが俺の良心を酷く痛めつける原因の一つだ。通り過ぎた人皆々に感謝の言葉と一緒にお礼と誰もがお礼と口を揃えて渡される野菜や数々の品物…今日は受け取るまで動かなかったから仕方なしにトルトを貰い人気のない山へと重い足を動かす。
確かに自分はあの時この町を必死に命を賭けて守った、森を侵食し暴れ狂う竜は考え切れない程大量に眷属を召喚しまるで一方的な戦争でただ陣地を広げる作業のような素振りで侵略してきていた。真っ赤に燃えた森はいつもの日常を限りなく否定しておりあの時の俺も見た事のない景色を見れば非常事態だったのは容易に分かっていた、だって面として戦った竜の眷属とか自らを名乗った存在と戦った身だったから尚更だろう。
どんなに恐ろしくて仕方なかったし、絶対に勝てないと心からポッキリと折られたあの日を忘れたくても脳裏にベッタリと塗りたくられたあの悪夢は今でも影のように俺の背後で纏わりつく。そんなボロボロの心でも生きたいと純粋な欲が圧倒的な存在を目にしても愚かにも向けてしまった刃が今の現状を作り出してしまった種でもあった。
今だったら、あの時刃を向けず抵抗などしないで死んでれば…なんてことを考える事自体生きるのに意味が無くなってしまったのに変わりはなかった。だけどあの地獄の時の中、一瞬にて脅威を打ち払って目の前に現れた存在は大陸を駆け回り慈善活動を続けていつしか【勇者】と呼ばれたレルト・バチキルトだった。まだ成人すらしていない位の姿はボロボロだった大人だった自分よりも逞しい姿でもあった。
「もう大丈夫です、本当だったらもっと早く助けられたのに申し訳ありません。まだ未熟な者でして…貴方が町の皆を決死の覚悟で守ってくれたお陰で無事でしたよ」
「あ、あぁ…」
自分は何もしていない、ただ目の前に現れたあの脅威に屈した愚か者なんだ。心の底から溢れた弱々しい言葉は既に恐怖に染まった自分の口はただ震えるだけでまともな言葉さえ喋る事さえできなかった。それでも「大丈夫です。ゆっくりと心を落ち着かせて深呼吸をしてください」と余りにも優しい言葉がズサズサと悪気なんてない真っ白な言葉が自分の事を優先して逃げようと試みた不甲斐ない自分に容赦なく突き刺す。
【勇者】は結界魔法を張った後他の人を助けに行くと言葉を残して去って数時間後ボロボロになりながらも根源を絶ったと満面の笑みで語った【勇者】は守れるはずの無かった町の方に肩書きだけの英雄がここを命を賭けてでも守ってくれたと話していたが俺からしたら心地のしない地獄の始まりだった。
集まる何も知らない町に住む顔見知りの人たち、同じ生業を持つ仲間、色んな奴に称賛された。涙を流して力強く手を握ってただ「ありがとう」と絞り出すように言葉を出していた奴だっていた。でも素直に喜べない俺を見て彼らはゆっくり休んで欲しいからと移転した先の中で美しい風景が眺められる場所に家すらも建ててくれた。
善意がここまで牙を剥くとは考えられなかった、昔はあれだけ何もかも忘れられていた夢の中はいつまでも自分の行いを善意が指差しをして心に訴えかけながらも狂ったように拍手をする、褒め称える悪夢だった。そこから堕落した…せざる終えなかった人生が始まった。眠らない為に貯めもしなかった貯金を使って強制的に眠らない魔法道具を買って人に見られない所に着けて、有り余った金は全て何もかも忘れされる酒に費やした
そんな日々を暮らしとしても、資金は底を着く所か信じられない程、腐るほどあるし全て使い果たしたとしても俺の背後に隠れる俺からしたら善意が、悪意として俺を生かし続ける。今まで途方もない時の中何もしていなかったしもういなくなりたかった、死に場所を欲しかったんだ。
「手にすれば間違いなくこの世を統べると称されるほどの魔剣…これじゃなくても俺の苦しいこの現実を少なくとも和らいでくれるか…」
気づけばもう日が傾いて夜が訪れようとしていた。手の中には山に向かうまでに手渡しで貰ったトルトがよく熟れていて美味しそうだった。一口大口で齧り付きはみ出る汁など関係なく齧り付いて食すが感じられなかった。ただ喉が潤い胃に溜まっていく一方の酒の海にボトンと沈んでいく塊が腹の底に落ちていくのだけ気持ち悪く感じ取れた。一口だけ齧り付いたトルトを見て食べても味は感じないだろうが取り敢えず腹の中に収め家に戻る。
たった一人が住むには十分すぎる家は何日も放置していても綺麗になっている。興味が無いというよりそこまで思考を回せていないからなのか知らないがこの家は善意が動かした結果がありありと現れている。綺麗に整頓されている棚の中を漁り取り出した全身を覆う黒色の外套とあの時から一切触ったことのない直剣を恐る恐る手のを伸ばし纏い携える。
「あれ、イントースさんどこかお散歩にでも向かうの?」
昼酒場で話は聞いてたつもりはなかったが娯楽なんて無いこの町にやって来る行商人から聞いた噂話を話してくる坊主…こいつはあの地獄を知らないから親に、町の人から俺の事を真に受けて毎日来るあの坊主。こんな日の落ちた夜に俺の所に来て何をしに来た?お前も周りと似た存在になってしまったのか?
「僕、お昼にイントースさんに迷惑かけたかなって…思って…その謝ろうと」
「別に迷惑は掛かっていない、親が心配するだろ。途中まで送ってやるよ」
坊主が夜道を先に歩く後ろ姿を目にして自分はもうここから逃げ出そうとしているのに、ここから坊主を置いて姿を消す事くらい造作もないと分かっているはずなのに何故か心を酷く締め付けられているような気が消え失せなかった。森を抜けて町の灯りが見える位の場所まで来た途端足が動かなくなった。
「イントースさんどうしたの?」
「…もう町の灯りは見えるだろ?俺はここまで坊主を送れたから後は一人で行け」
「お父さんが一緒にご飯食べようって…」
「すまねぇな、今日は…一人でゆっくりしたいんだ」
言葉は塩らしく情けなく自分でも子供に掛けるような言葉ではないのは分かっている。でも、今あそこに足を進めたら今度こそ死んだ人生を送りそうなんだよ。だったら半分生きて半分死んでいる人生を丸く締めくくれそうな世界に飛び込んだ方がいい気がするんだ、言葉にしようとしても上手く表現できないもどかしさが溢れ出る。
坊主は悲しそうにしたが輝かしい笑顔をしてまた今度一緒に食べようね、と元気な声が真っ暗な森に響きながら後ろを振り返って力一杯に手を振ってここから離れる坊主の姿を見てすぐに踵を返して重い足取りで俺の人生を現すかのような淀んで湿っていて月日が出ているのにも関わらず周りの木々が邪魔しているのか、俺がそうさせてしまったのか…
「まずは情報収集から始めるとするか…」
「初めに一番近い神聖国家ダベリギオにでも足を運ぶか…」
今は当てつけだが生きる理由のようなものは見つけた、ただこれに縋りついて身を任せて生きていくしか俺には出来ないが死んだような世界でも心が惹かれるに身を投じるだけだ。闇に染まった森の中、踏み締める葉の音や木々の間を通り抜ける夜風が執拗に当たりながら望みの薄いたった一本の魔剣を求めて世を渡り歩く。