送り狼に送られる
【夏のホラー2023用に作った、単発の短文です】
【この物語はフィクションです】
【登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません】
【現代の日本で暮らす女性視点での物語です】
助けてください。誰か、私を助けてください。
私が何をしたと言うのですか。
お友達に誘われて、お食事をして。ただ、それだけなのに。
「どうしたの?何を怖がっているんだい?」
「大丈夫だよ。痛いことはしないからさ」
い、いや、やめて、触らないで。
お願い、離して、降ろして、ここから出して。
「いやいや、こんな山奥で車から降りるなんて危ないよ?」
あなた達と居る方が危ないのですが!?
それよりもどうしてこんな山奥に!?こんな夜中に、私をどこへ連れて行く気ですか!?お願いですから家に帰してください!
「何言ってるの?だから家まで送ってあげてるだろ?」
方向が違うって何度も言ってますよね!?
「なあ、やっぱり目と耳と口を塞いだ方がいいんじゃないか?」
「そうだな。それじゃあ、こうしてやるか!」
むぐううううううううううううう!?
私は今、3人の男性と車に乗っている。
・・・いや。乗せられている。
汗が止まらない。今は夏とはいえ、車の中にはちゃんと冷房が行き届いている。だけど汗が止まらない。ついでに言うと体の震えも止まらない。
セダン車の後部座席の、中央に座らされて。両隣には男性が、それぞれ私の腕をがっちりと掴んで。さらにアイマスクと猿轡のようなものと、やかましい音楽を鳴らしたヘッドホンを付けられているから。見えない、喋れない、ヘッドホンのボリュームを下げてください耳が痛いです。
私は何度も抵抗しました。だけど中央のシートベルトをきつめに付けられて、そのせいで立ち上がれなくて。さらに両腕を、私よりも力の強い男性に掴まれているから。動けない、立ち上がれない、首を振ったり身をよじることはできる。だけど無意味です。
・・・振動で分かる。車はまだまだ走り続けている。
私が何をしたと言うのですか。通っている女子大の、仲の良い子に誘われて。合同コンパと呼ばれるお食事会で、見知らぬ男性の方とお喋りをして。
まだ18の私ですけど、その場の勢いというか、どうしても断れなくて。少しばかり、お酒を呑んでしまって。それが意外と美味しかったので、ついついお代わりをしてしまって。気が付いた時には、1人では歩けなく――。
ええ、冷静に振り返ってみれば自業自得です。今にして思えば、お酒の呑まされ方が誘導的でした。と言うか頼んでも無いのにお酒を用意されて・・・。ええと確か、アレキサンダーというお酒でした。チョコレート味でとても美味しかったです。
・・・うぅん。ここ、は?
どうやら私は眠っていたようです。ヘッドホンは付けられていますが、音はしません。一体この車はどこまで走・・・あれ?
体に意識を集中させる。車は揺れてはいない。つまりは停まっているのでしょうか?それに・・・もしかして、ですけど。
恐る恐る、両腕を伸ばす。・・・動かせる?
思わずアイマスクに手を伸ばします。うっ、眩しい・・・車に乗せられていた時には夜中のはずでしたが、外はとても明るいです。もうお昼ですね。
そして。男達がいません。私の両隣に陣取っていた2人も、運転していた人も。誰も居ない。車の中には、私1人だけです。
ええと、私のバッグは・・・ありました、ひとまずは携帯で連絡を、って。ひ、酷い、叩き壊されています。おそらくは助けを呼べないようにするためですね。なんて酷い男達なのでしょう・・・許せません。
シートベルト・・・も、外れている。ひとまずは車の外に出て、周囲を見渡します。しかしながら男達の姿は見当たりません。
と言うよりも、人っ子一人、誰も居ません。見たところは、山奥の片側1車線道路という雰囲気ですね。そしてここが何県の何市なのかは皆目見当もつきません。日本であることは間違い・・・寝ている間に船に乗って移動、という事までは無いですよね?
・・・どうしましょう。
いえ、やることは決まっています。さっさと帰ります。帰りたいです。ついでにあのクソ野郎共を警察に突き出したいです。あんな人達、もはや同じ人間だとは思っていません。アレはただのケダモノです。
そう言えば、男は狼だから注意しろ、という話をお母様から聞いたことがあります。その時に聞いた話では、月夜の晩に男が狼になって以下略という内容でした。なるほど、あのクソ野郎共は狼だったのですね。納得しました。
ならば警察ではなく、猛獣狩りの・・・猟友会のような方々にお任せすればよろしいのでしょうか?慈悲など不要です、ヤってください。
・・・しかし、狼共はどこに行ったのでしょう?彼らの目的は恐らく、人気の無いところに私を連れ去って・・・いや、想像するのはやめましょう。とにかく、そういう事をするのが目的。
もしくは身代金目的の誘拐でしょうか?自分で言うのもどうかしていますが、私のお家はそういう家柄ですからね。
・・・となると、ますます不可解です。目的である私を放っておいて、こんなところに置き去りにするだなんて。いったい狼共は何を企んで、
「よう、お嬢ちゃん。乗って行くかい?」
・・・誰です、あなた。
「こんなところに1人だなんて、寂しいだろう?・・・安心しろ。何もしねぇよ。ここで出会ったのも何かの縁だ、せっかくだからお嬢ちゃんのお家に送って」
さようなら。もうそういうのは懲り懲りです。
だから私は歩いて帰ります。ここが何処かは分かりませんが、道を辿っていけばいずれは帰れるでしょう。それではごきげんよう、狼さん。
・・・ついて来ないでください。
「おいおい、俺は親切で言ってやってるんだぞ?」
うるさいです狼さん。私から離れてください。
何ですかその服装は。今は平成ですよ?まるで昭和の、旧日本軍の軍人さんのような恰好をして。オマケになんて物騒な物を肩に担いでいるのですか。
「そりゃあ、俺は軍人だからよ。小銃くらいは背負うさ」
ええと、それを言うのなら自衛隊なのでは?それよりもそれ本物なのですか?銃刀法違反にも程がありますよ?意味が分かりません。
「まあ、そう言うなよ。それよりも、俺からしたらお嬢ちゃんの方が変に見えるな。どうしてお嬢ちゃんは、そんな恰好をしているんだ?」
・・・は?ええと、別におかしい服装ではないかと。
「どうしてお嬢ちゃんは、そんな顔をしているんだ?」
・・・あのう、それって、もしかして、ですけど。
「どうしてお嬢ちゃんは、こんなところに居るんだ?」
ええと、これってもしかして赤ずきんちゃんの話ですか?それでしたら、質問するのは私の方なのですが。なんで狼さんが質問をしているのです?
「細かい事はツッコむなって。・・・それだったら、この質問だけは答えてくれるかな?とても重要な質問だぜ?」
・・・さようなら。私は先を急ぐのです。それでは、
「今は令和の時代なのに。どうして、今は平成、だなんて言ったんだ?」
・・・は?何を、言っているの、です?
携帯を取り出す。時間を確認する。
間違いない、今は200X年の8月。時刻は・・・あれ?夜の11時過ぎ?えっと、今は日が昇って、お昼のはずなのに?
・・・いや、待ってください。私の携帯は壊れてしまったから、車に置いてきたはずです。あのグシャグシャになった車の中に、置い、て。
「どうしてお嬢ちゃんは、そんな恰好をしているんだ?元々は綺麗なお洋服だったんだろうけど、黒こげで、あちこちに穴が開いて」
――な、に、を、
「どうしてお嬢ちゃんは、そんな顔をしているんだ?元々は綺麗な顔だったんだろうけど、黒こげで、あちこちに傷が付いちまって」
し、失礼ですよ!?私はそんな、顔なんて、
「どうしてお嬢ちゃんは、こんなところに居るんだ?」
わ、私は。妙な男共に、連れ去られて、それで、
「その男共ってのは。今、どこで、何をしているんだ?」
し、知りません。私が知りたいくらいです。あの後、燃え盛る車の中で、あの人達がどうなった、か、あ、ああ、うああああああああああっ!?
わ、私は、何を、言って、いる、の?
そんな、うそ、いや、ひ、ひいいいいっ!?
体の震えが止まらない。
「どうした?今は夏の真っ昼間だぞ?寒いのか?」
感じない。何も、感じない。
この狼さんが言うように、今は夏の昼間なのだから。暑いはず。
なのに、何も感じない。何も、分からない。
「おい、お嬢ちゃん。しっかりしろ」
いや、分かる。これだけは分かる。
熱くて、熱くて。痛くて、苦しくて。
それだけは覚えている。この体が、覚えて、
「チッ、ダメか。ええと、こういう時は・・・」
死ぬほど痛かった。あの時の、痛みが。
ものすごい衝撃がして。まるで空を飛ぶような感覚がして。
いや、分かる。一瞬だけ、空を飛んだんだ。アイマスクを付けていたから見えなかったけど、たぶんそうだ。間違いない。
道路をはみ出して、車が空を飛んだんだ。そしてその勢いのまま、下に落ちて、グシャグシャになって、車が、男達が、そして私が、燃えた、から。
――いやあああああああああああああああああああっ!
嘘だ。ありえない。こんなの、ありえない。
私は、まさか。嘘だ。こんなの嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ絶対に嘘だこんなのありえない。
きっと私は夢を見ているんだ、私はきっと、うわああっ!?
「はい乗った乗った。この近くなんだろ?」
や、やめてください!離して!離してください!
そんなものに乗せないでください!いや、いやあああああっ!
「そんなものとは失礼な。これは空を飛べるんだぜ?」
ひいいいっ!?な、本当に、空を、飛んで、きゃあああああああああっ!?私をどこに連れて行く気ですか!?やっぱり男は狼ですッ!
「いやいや、食ったりはしねぇって。・・・ほれ、あった」
な、何を見つけたというので――、
「ここ最近は大雨や土砂崩れが多いらしいからな。それで多分、土に埋まってたお嬢ちゃんの躯が出てきたんだろ。だからこうして」
――もう、やめてください。
認めます。認めますから、ここから離れてください。苦しいのです。もう何も感じないはずなのに、あの時の痛みを、思い出してしまうのです。
私は、あの日。この場所で・・・う、うああっ。
「よぉし。だったら、俺について来るか?」
・・・頷く。
「安心しろ。何もしねぇよ。ここで出会ったのも何かの縁だ、せっかくだからお嬢ちゃんのお家に送ってやる。ほら、ちゃんと俺に掴まってろよ?」
・・・言われた通りにする。
血塗れの軍服を着た、私より年下と思われる少年の、体に掴まって。
動く。乗り物が、宙に舞う。
緑色の、細長いもの。見慣れた野菜だ。きゅうりだ。
だけどそれには、4本の棒が刺してある。まるで馬の形をかたどったような・・・いや、もう深くは考えない。もう何もかもがどうでもいい。
だって、帰れるのだから。私は、ようやく。
「あ。その前に、俺ん家に寄ってもいいか?正確に言うと姉ちゃんの家なんだけど。もう90過ぎのババアだから、いつお迎えが来るか心配でよ」
ええ、好きにしてください。帰れるのなら何でもいい。
このきゅうりの意味は知っている。お母様が教えてくれたから。
お母様はお元気でしょうか?そしてもし、お話ができるのなら、
「じゃあ、行こうぜ?・・・おい、泣くなよ」
――先立ってしまった不孝をお許しください、と。
その言葉だけは、どうしても伝えたいのです。
・・・ところで、狼さん。
「ん?どうしたお嬢ちゃん?」
それです。お嬢ちゃん、と呼ぶのはやめてください。
「はぁ?何言ってるんだ?」
私、あなたよりも年上ですよ?
「いや、俺の方が年上だぞ?俺は昭和何年生まれだと思ってんだ?」
・・・だったらあなたの事を、おじいさんと呼んでやります。
「おう、その代わりお前の事もオバサンって呼ぶからな。もしお前が生きていたとなると・・・ええと、今は202X年だから、ってオワアッ!?」
失礼な。女性に年齢の事をツッコむのは野暮ですよ?
「揺らすなやめろ落ちる落ちる。・・・分かった分かった、だけどそれなら、お前の事は何て呼べばいいんだよ?」
お互いに名前で呼び合う、って発想は無いのでしょうか?
「・・・言われてみれば、そうだな」
ええ。それにどうせ、これからも長い付き合いになるのでしょう?来年のお盆にも、再来年にも、そしてその次のお盆にも、会えますよね?
「ま、まあ。お前が、嫌じゃないなら。別に、いいけど」
ならば名前で呼び合いましょうよ?ずっと、いつまでも――。
これのどこがホラーなの・・・?
なお、普段の私はノクターンで18禁文章を書いている者なので
18歳未満の方は作者ページを訪れないように、ご注意ください。