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「そこの可愛い君!一緒に飲まない?」




私の横にいる、同僚であり友人でもある香澄(かすみ)が振り返った。


「今、会社の飲み会で来てるの。またね~」


ヒラヒラ、と手を振りながらさっさと席に戻る彼女に、私は必死で着いていく。

ナンパって、本当にあるんだなぁ!

私にお声が掛かった訳ではないのに、少しどきどき。


「香澄さん、こっち空いてますよ!」


香澄が席に戻れば、直ぐに他部署の知らない男性からお声がかかった。


その彼の示す先は一席で、私の場所はないと瞬時に理解する。


「香澄、私、あっちにいるね?」


3列分の席を我が社が占拠しており、その角の方に一席空いていたのを見つけ、私は彼女に声を掛けてからその席へと向かった。


「ちょっと、柚子(ゆずこ)‥‥!」


友人の引き止める声は、聞こえない振りをした。

だって、香澄を呼んだ、知らない男性の怒りを買いたくはないから。



☆☆☆



「がっはっは、そーかそーか、工藤(くどう)はそんな趣味があったんかー!」


私の頭を、ガシガシ撫で?ながら(いぬい)部長が豪快に笑う。

その手は大っきくて、暖かい。

熊の様な風貌でどっしりと構えるこの部長は、私の所属する編集部の部長で、男性社員からの支持は一番だ。

女性からはその容貌で若干‥‥いや、だいぶ引かれるが、仕事が絡んで関わる様になると、付き合いやすさで一気に好感度がアップする(らしい)。

私は最初から好感度が高かったけど。



「部長、セクハラじゃないですか、その手」



私が部長とマンツーマンで楽しくお喋りをしていると、邪魔が入ってきた。

先程空いた、私の向かいに、事業企画課の蓮沼(はすぬま)先輩が座る。

それを目にした私は、こっそりと香澄を目だけで探した。



「おぅ、蓮沼。飲んでるか~?工藤は俺の可愛い部下だ。嫁さんとはラブラブだから、何の心配もいらん」



乾部長はこの容貌ながら(失礼)、既婚者で。

更に子供は4人もいるらしい。

そんな愛妻家なところも好き。



「部長夫婦が問題なくても、柚子ちゃんには問題かもしれないじゃないですか」



香澄は、こちらを見ていた。

私はちょいちょいと目の前のテーブルを人差し指で示す。

(私これから場所移動するから、この席に座って)

私の意図を汲み取り、香澄はコクリと頷く。



「蓮沼~、お前、他部署の新入社員の下の名前まで覚えてるのか?全くこれだから‥‥」



部長は呆れた風に言ったが、本音としては恐らくどうでもいいに違いない。

蓮沼先輩は、確かに下半身がだらしないと言われているが、仕事に関してはバリバリこなす。

実力主義の部長がプライベートまで首を突っ込む事はないはずだ。



「もう遊んでいませんて」



そう言いながら何となく蓮沼先輩がこちらに顔を向けた気配がしたが、丁度その時香澄が「飲んでますか~?」と交替に来てくれたので、私はイソイソと席を立とうとした。



「柚子ちゃん、どっか行っちゃうの?もう少し俺とも話してよ」

「ちょっとトイレに‥‥」

「じゃ、俺もトイレ行こーっと」



「「‥‥」」



私と香澄が呆然としているうちに、蓮沼先輩は私の腕を掴んで一緒に席を立ってしまった。


先輩、鈍いフリして香澄から逃げるのはわかりましたが、私が友人の恨みを買いそうで嫌です‥‥!



☆☆☆



「先輩、私をダシに使わないで下さい」

「何のこと?俺は柚子ちゃんと話したかったから席を立ったんだよ?」

「‥‥あんな美人に言い寄られてるのに、勿体ない」

「こんなイイ男にアピールされてるのは、勿体なくないのか?」

「‥‥(しも)が緩い男は、大嫌いです」

「やだなぁ、それって噂でしょ!」

「本当の話ではないとでも?」

「いや、去年まではホント♪」

「‥‥近づかないで下さい、ケダモノ」

「ぶは、その切り返し新鮮‥‥本当に去年までだよ?何で今年から違うのか聞きたい?」

「全く興味ありません」

「そう言わずに。それはね、柚子ちゃ「全く興味ありません。では」



私はウザい先輩の話をぶった切って、トイレに逃げ込んだ。

‥‥何なんだ、あの人は。

私は新入社員、相手は入社5年目の先輩社員。

多少扱いが雑だった気もするが、気にしちゃいけない。

ああいうタイプは、こっちが関わるなオーラを出し続けなければ、気付かないタイプだ、絶対。

私は、イケメンと呼ばれる部類の人間が基本的に嫌いだ。

今では会っていない、とある人間(ひと)の姿がフと脳裏に浮かび、眉間にしわが寄る。



蓮沼先輩は、中堅企業の我が社ではかなり実力のある、期待のエリート社員らしい。

しかも、顔がなかなか整っている為、そりゃもう彼に群がる女性は凄いらしい。

入社説明会の後、彼の研修を受けた女性は(私を抜かして)全員の目がハートになったらしい。

仕事面や人格的には問題ない彼だが、唯一の欠点が、遊び人だということらしい。

誰にでも平等に優しく、誰とでもデートし、誰であろうと平気でセックスするらしい。


‥‥それが、私が香澄から聞いた、彼に(まつ)わる心からドーデモイイ噂話だった。



女性新入社員は軒並み彼氏持ちですらも、蓮沼先輩との関係を期待した。

しかし、何故か今年度に入った途端に、彼は今までの廃れきった女性関係を清算したという。

女性達は、全員自分がセフレでしかないことを理解しており、別れる事に是、と応えるしかなかった。

それでも女性達は皆、いつか自分が彼女になれるかも、と淡い期待を持っていたのは確実な訳で。

今、社内外問わずに女性達が色めき立っている、と、そんな状況だった。



そんな、女性達の目が爛々と蓮沼先輩の一挙一動を監視している中、何故か渦中の人は、今日の飲み会で私に声を掛けてきた。



や め て ほ し い



相手が蓮沼先輩じゃなく、誰であろうと私の人生計画は変わらない。

私は、仕事に生き、趣味に生きる。

結婚せず、貯金を貯めて、狭くていいから病院やスーパーが近い立地でマイホームを手に入れ、それを(つい)住処(すみか)とするのだ。



☆☆☆



家に帰宅し、リビングの小さな円卓上にある、ノートパソコンを立ち上げる。

古くてもリフォームが入り、なかなか快適なこの賃貸アパートは気に入っていた。

何より、家賃が安い。


簡単なつまみとビールを用意し、パソコンの手前に用意する。

これからが私の、お楽しみタイムだ。



立ち上がったパソコンから、「七星竜雲」のアイコンをクリックし、ログインする。

明日は大幅なアップデート日で多分ログイン出来ないから、明日も仕事だけど、少し遅めまでやっちゃおう。



私は、自他共に認める堅物で、友人達が知る趣味は読書。

少し癖のある真っ黒な髪を後ろで一つにひっつめて結び、前髪は眉毛下でパッツンと切り揃え、極めつけに黒縁メガネ。

ナチュラルと言えば聞こえはいいが、ほぼスッピンに近い手抜きの化粧に、色のないリップ。

そんな、「通行人A」がとてもお似合いの私だが、一つだけ、私が目立つ事を厭わない場所がある。



「熊」がログインしました。


カナデン「おひさ~」

まっつん「やほー^^」

kaito「今晩は」


あ、カナデンが久しぶりにインしてる。


熊「うっす。お疲れさん」


カナデン「あー、熊さん、変わらずムサイっすね!」

まっつん「なんてったって、我らが熊さんですからー(*^_^*)」


熊「がははー、他の皆は?」


まっつん「皆、熊さん今日遅いって言ってたから、今日でラストのダンジョン行ってますよー」


熊「あ、ほんとだ。スマンスマン。あー、どーすっかなぁー」


まっつん「行きます?」

熊「んー、kaitoさん、逝ってみます(笑)?」


kaitoは、最近うちのギルドに入ってきた新メンバーだ。

オンラインゲームすら、初めてらしい。

入力は物凄い早くて助かるが、まだ他のギルメンと馴染めていない感がある。


kaito「ご迷惑でなければ、是非」



これが、私の読書以外のもう一つの趣味。

オンラインゲームは、私のもう一つの世界だ。



☆☆☆



私が「七星竜雲」というオンラインゲームをやり始めて、そろそろ4年目になる。


大学時代に、友人が他のオンラインゲームをやっていて勧められ、オンラインゲームそのものの仕組みがわからないと友人に迷惑掛けるかもしれない、と思った私は適当な他のゲームを試す事にした。

それが、「七星竜雲」だった。


結局、私は右も左もわからないそのゲームを、オンラインゲームで知り合った人達に一つずつ教えて貰った。

友人がやっていたオンラインゲームは、会社がサービス停止を決めた為に結局やる事はなかったが、私はオンラインゲームの持つ魅力に惹かれて、「七星竜雲」を続けた。


私は、最初直ぐに「七星竜雲」をやめるつもりだった為、キャラクター作りは適当だった。

当時パソコンの横に黄色い熊のぬいぐるみが置いてあった。

それで、性別は「男」、名前は「熊」。

どうせ熊という名前にするならと、髪も髭もボッサボサで指定し、体格もがっしりどっしりにした。

後で、体格で基礎ステータスが変わると聞いたが、その頃には熊に愛着が沸き、キャラを削除する事なんて考えられなかった。



私が、乾部長に最初から好印象だったのは、何て事ない、このキャラクターにそっくりだったからだ。

まさに、ゲームからリアルに飛び出した「熊」。

しかも、乾部長は性格も大らかで、頼り甲斐があり、真面目で、面倒見も良くて、私が理想とする「熊」そのものだったのである。

最近では、つい乾部長の口癖をそのまま真似てしまう程だった。



☆☆☆



この4年の間で、いつの間にか私はオンラインゲーム上で知り合った友人達とギルドを作り、何故かギルマス(ギルドマスター)を任され、攻略サイトを独自に作る位にハマっていた。

更に、ギルドが少人数ながらも技術に長けた人達ばかりで、「七星竜雲」では、目立つ方のキャラになっていた。


まぁ、美男美女のキャラクターも作れるから、どちらかというと街にいても狩りに行ってもそうした見目麗しい人達ばかりで、「熊」なんぞ滅茶苦茶目立つ。

けど、目立つのは「熊」であり、「私」ではない。

それならば、問題はなかった。

オンラインゲームは、性別も性格も容姿も、全てが偽れる世界なのだ。



熊「まっつんとカナデンはどうする?」

カナデン「今、ちと友達と話し込んでるんでパス」

まっつん「私は、熊さんが行くなら行きますー^^」

熊「了解。kaitoさん、今の装備って何?」

kaito「剣の事ですか?」

熊「いや、全部。むしろ、防御の方」

kaito「ええと‥‥」


kaitoさんはまだレベルが低く、今の防具で目的のダンジョンに行けば、雑魚の敵からですら、まず2撃食らえば死ぬ。


熊「kaitoさん、今から言う装備、ギルド倉庫から出して装備してから入り口まで来てくれ。あ、入り口までの切符は持ってるか?」

kaito「切符買ってきます、少し時間下さい」

熊「いや、切符なら大量にあるから、今からプレゼントしとく」

kaito「すみません」

熊「気にするな」

まっつん「そうだよぉ、今日迄のダンジョンの切符なんて、明日になれば紙くずwww」

熊「あ、必要枚数以外は換金しとくか(笑)じゃあ、装備なんだが‥‥」


kaitoさんが入り口に着くまではまだ時間はあるだろう。

ショップに立ち寄って、今日で終了するダンジョン迄の切符を大量に売り払い、他にkaitoさんに使えそうなアイテムを見繕う。



熊「さて。kaitoさん、今夜でラストダンジョンになる『血塗られし洋城』だが、何目的にする?」

kaito「と、言いますと?」

まっつん「ラスボス目当てか、アイテムか、散歩か(≧∇≦)b」

kaito「お二人のおすすめは?」

熊「散歩」

まっつん「散歩かなぁ~」

kaito「では、それでお願い致します」

熊「了解」

まっつん「ぁい(*ゝω・*)ノ」



「七星竜雲」はグラフィックが綺麗で、基本的に行けない場所はない。(物理的に無理な場所は無理だが。)

例えば、山登りが出来たり、海を泳いだり、浅い河なら渡ったり出来る。

ダンジョンの中も遊び心が満載で、とりたてて敵も出ないしアイテムもない、という言ってみればハズレ部屋を散策してみれば、意外と綺麗な景色を拝めたりする。


因みに、うちのギルドはこの魅力に惹かれるギルメン(ギルドメンバー)も多く、おすすめスポットを攻略サイトの一部に数多く掲載していた。



熊「kaitoさんは、ただひたすら自分の後ろを着いてきてくれればいいから。攻撃はまっつんに任せてくれ」

まっつん「お任せあれ★☆(*´з`*)☆★」

kaito「はい。申し訳ないですが、よろしくお願い致します」


まっつんは、うちのギルドの最大の攻撃力を誇る。

因みに熊は、防御力が高く、楯役だ。

回復もいれば文句なかったが、まぁアイテムで何とか凌げるだろう。


熊「あ、そうだ忘れてた。さっきアイテム買っといたから、これも持たせてくれ」


kaitoさんにプレゼントを贈る。


kaito「‥‥ありがとうございます」


kaitoさんに贈ったのは、その場で直ぐに全回復出来るアイテム(普通ダンジョン内で死ぬと、入り口に飛ばされる)最大個数と、体力を5000回復出来るアイテム最大個数だ。


新人さんは、まず金がない。

だから、金で解決できるものは、基本的に助ける。

ギルメンであれば、尚更だ。

新人には高額商品でも、ベテランには痛くも痒くもない金額だったりする。

私もゲームを始めて直ぐの頃は、誰かに沢山助けて貰ったものだ。


kaito「あの、お金がないのですが」

熊「それは出世払いでいいぞ(笑)」

kaito「はい。ありがとうございます」


私達は、『血塗られた洋城』へと夜中の散歩に出掛けた。



☆☆☆



「あれ?今日も眠そうだね?また夜更けまでやってたの?」

香澄が口に手をあててクスクス笑いながら声を掛けてきた。

彼女は、私の読書以外の趣味を知る数少ない友人だ。

「んー、まあね」

しかし、彼女の本来話題にしたい話はそれじゃない事に、私は薄々気付いていた。


「あの、さぁ。昨日の事なんだけど」


‥‥でーすーよーねー‥‥


昨日の飲み会では、トイレ内でしばらく篭城していると、直ぐに女性達のやかましい話し声が聞こえてきた。

外の様子を覗いてみれば、蓮沼先輩は見事に取り囲まれており、私はこっそり宴席に戻り、乾部長に帰宅の旨を伝えてさっさと帰って来る事が出来たのである。


「直ぐに帰ったよ。やりたい事もあったし」

「そうじゃなくて。ねぇ、柚子って、蓮沼先輩と面識あったっけ?」

「特にないよ?研修受けたけど、それだけ。新入社員なら皆一緒でしょ?」

「‥‥そう。蓮沼先輩さ、柚子が帰ってから、直ぐに帰ったみたいでさ」


‥‥面倒臭い。

敏い読者様ならわかるだろう、彼女は蓮沼先輩狙いだ。

「そうなんだ?まぁ、私とは関係ないし」

「‥‥そっか。だよね?」

「勿論。私がイケメン嫌いなの知ってるでしょ?」

()()()()も含めて。


私が意味ありげな視線を送れば、香澄は引き下がった。

彼女は、ただの同僚ではない。

小学校、中学校と、同じ学校に通っていた謂わばクラスメートだ。

当時はただの知り合い程度だったが、入社して直ぐにお互いの存在に気付き、昔以上に仲良く話す様になった。

彼女は、別々だった高校時代、私の身の上に何があったかを知っている、数少ない友人だ。



☆☆☆



私が今まさに帰宅しよう、という時だ。

「あ!いたいた、工藤さん!!」

‥‥殆ど面識のない女性社員に声を掛けられた。

「あのさぁ、今日時間ある?」

今日は大幅アップデートの日。

アップデート直後はサーバーが重たすぎて、私の愛用するパソコンではまずログイン出来ない。

「‥‥用事は特にありませんが」

何か急な仕事が入ったのだろうか?

少し不安になりながら答えると、

「よかったぁ!!あのさぁ、この後、お食事一緒に行けないかなぁ??」


‥‥。


「時間ある?」じゃなくて、「暇?」って聞いて欲しかった‥‥!!

それなら、即断ったのに、今となっては断り辛い。

きっと、合コンで急な欠員でも出たんだろう。


「わかりまし「あ、工藤さん、丁度よかった!この企画、急ぎで乾部長に回したいんだけど、今から見て貰ってもいい?ごめんね~」


サラッと、誰かが私のデスクに紙の束を置いた。

‥‥。

「あ、蓮沼君♪今帰社したところなの?お疲れさま~」

その女性社員は、眼力で(余計な事は言うな!)と私に圧力を掛けながら、先輩の腕に手を絡める。

「両角さんごめん、今日は工藤さん諦めてくれない?」

「勿論よ~!ところで、この前の話は‥‥」

「うん、じゃああっちで話そうか?」

蓮沼先輩はその(両角さんという名前だったらしい)女性社員を連れて去って行った。



私はひとまずデスクに置かれた手元の書類を見たが、表書きからして、編集部行きとは思えない内容だった。


???


不思議に思いながらページをめくっていると、蓮沼先輩が今度は一人で戻って来る。

「あ、ごめん、その書類間違いだったみたい」


この人が、私に助け船を出してくれた事にやっと気付いた。


「ありがとうござい「用事特にないなら、夕飯一緒に食べようね」


‥‥。

助け船ではなかったらしい。

しかも、疑問文でないのはどういう訳だ。

日本人は、「イエス」と答えやすい人種と知っての事か‥‥!?

しかし、これは良い機会かもしれない。

私のパーフェクト人生プランを話して、香澄に目を向けさせるには。


私は、結局日本人らしく「イエス」と答えた。



☆☆☆



「蓮沼先輩とお食事出来るなんて、夢みたいです~♪」

香澄は上機嫌だ。

蓮沼先輩は、その完成された嘘臭い笑顔を崩す事なく、香澄の皿に取り分けている。


‥‥意外とハシの使い方が綺麗で、その手元だけ見惚れた事はナイショだ。



この私が二人きりで、元とはいえ遊び人と食事なぞするわけがない。

香澄を誘ったら、即、一緒すると返事が返って来た。

今は3人でお洒落な飲み屋に来ている。

後は頃合いを見計らって、ここから立ち去るのみだ。



「そう言って貰えて光栄だよ。まぁ、誰かさんはそう思ってないみたいだけど?」

蓮沼先輩は微笑みながら、こちらを見た。

その視線要らない。

隣に座る香澄は、眉毛を完璧なハの字に変化させてフォローする。

「柚子はちょっと特殊なので」

「違う、香澄の夢が小さ過ぎるの」


私達のやり取りに蓮沼先輩は、今度は声を出して笑った。

「特殊って?」

香澄が答える。

「恋愛願望も結婚願望もないので」

「へぇ‥‥確かに、変わってるね。どうして?って、聞いてもいい?」

オデコに刺さる視線が更に強くなった気がした。

香澄もチラチラこちらを見る。


普段なら、ここで「関係ない」と答えるけど‥‥

「‥‥どちらにも、夢を感じないので」

今日は、何故か絡んでくる蓮沼先輩を撃退し、更にその目を香澄に向けさせるという目的がある。

蓮沼先輩がこれ以上私に構って来ないようにする為にも、ただひたすらその手の話には乗らない、興味ない事をアピールしなければ。


「へぇ、それは確かに珍しいね!じゃあ、どんな事に夢を感じるの?」

「仕事と趣味に生きて結婚せず、貯金を貯めて、狭くていいから病院やスーパーが近い立地でマイホームを手に入れ、それを(つい)住処(すみか)とする事です」

「あっはっはっは!!!」

蓮沼先輩は大笑いした。

「失礼な。人の夢を笑わないで下さい」

「ごめっ‥‥、‥‥っく、‥‥仕事と趣味に生きるんだ?趣味って何なの?」

「読書です」

香澄が何とも言えない表情をしたが、それは無視。

「じゃあさ‥‥」

「おい、(れん)。来てやったぞ」

蓮沼先輩が何か言いかけた時、美しいバリトンが私達の席に響いた。



☆☆☆



結論から言おう。

私の目論見は、(恐らく)蓮沼先輩の目論見に負けて、完膚無きまでに叩き潰された。

今、さっさと帰る予定だった私は見事に残され、何故か蓮沼先輩と1対1(サシ)で酒を飲む羽目になっている‥‥くそぅ、だからイケメンなんて嫌いだ!!



遡る事30分程前。

蓮沼先輩の知り合いだと言う、茶髪を後ろに撫で下ろした気障な男が、途中乱入してきた。

「女の子ふたりなのに、俺一人だと悪いから親友呼んだんだけど、一緒にどうかな?」

なんて、蓮沼先輩は香澄に向かってニコリと微笑む。

やって来た男は、間違いなく蓮沼先輩の同類で。

私は苦虫をかみつぶしたような顔を見せない為に必死で無表情を繕ったが、香澄は「是非♪人数多い方が楽しいですし、どうぞどうぞ!」なんて調子よく応えた。


そしてそのまま、香澄はあっさりその男と飲み直しに‥‥つまり、お持ち帰りされたのだ。



「先輩、そろそろ帰りましょう。私眠いんで」

「そうだね、俺も眠い。二人でホテル行く?」

「寝言は寝てから言って下さい」

「大丈夫、まだ寝てないから」


何が「大丈夫」だ。


「あの、はっきり言いますけど、蓮沼先輩とは100パー何も起きないんで。賭けしてたらすみませんが」

「賭け??あぁ‥‥違うってー。本当に柚子ちゃんが気になってるんだよ」

「気になってる程度なら、そのまま引き下がって下さい」

「じゃあ、好きだよ?」

「疑問系になる位の告白は要りません」

「好きだ!」

「疑問系じゃなくても要りません」

「どうしたら、信じてくれるの?」

「信じるも信じないもないんですけど‥‥そうですね、私の好きなところを400字詰め原稿用紙5枚に纏めて、1週間以内に提出したら信じます」



ゴンッ!!!!



私がごく真面目にそう言うと、蓮沼先輩がテーブルに頭を打ち付けたので、ギョッとした。


「蓮沼先ぱ‥‥」


声を掛けようとして、その肩が小刻みに震えている事に気付いた。

蓮沼先輩は、必死で笑いを堪えていた。

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