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浮気だけじゃない

作者: 鶴森はり
掲載日:2022/04/29

「今日、友達が来るの」


 休日の午後。リビングで寛ぐ司に、妻が感情のない表情で呟いた。


 言外に邪魔だと伝えているようで、苛立ちに任せて棘を彼女へと向けた。


「友達呼ぶとか優雅で良いよな、お前は。俺は仕事で疲れてんだけど。休日ぐらい家でゆっくりさせてくれよ」


 妻は黙り込んだ。人形のように棒立ちする姿を一瞥して、わざとらしく大仰な溜め息をつき、緩慢な動作でソファから立ち上がった。


 結婚して二年。後悔のみが心を占めていた。


 妻はお淑やかに夫に従う女であった。意見をせず黙ったまま、責任を放棄するのだ。


 交際時期は、言いなりの相手に対して優越感に浸れた。しかし今となれば面白味の欠片もない女で、苛立ちの要因でしかない。


 結婚生活での鬱陶しさは十分に思い知った。


 我慢した方だ。既に、愛想は尽きており別の女を娶ろうと決断していた。


 予めポケットに忍ばせていた葉書サイズの封筒を取り出し、目の前に投げ捨てた。


 妻は目で追ったが、触れようとすらしない。致し方ないと中身を乱雑に散蒔いた。


「これ、どういうことだよ」


 数枚の写真。


 妻が見知らぬ男性と二人並んだ後ろ姿が写されていた。


 先日、尾行して物陰から隠し撮りした切り札である。


 妻が同窓会へと出掛けた日。


 もしかしたらと準備すれば、失笑する程に期待通りの光景が広がっていた。


 本当に浮気したのか、久しい友人に会って談笑に花を咲かせただけなのか。


 遠くから覗き見をしただけの司には分からないが、真実など興味が無い。


 浮気現場に見えなくもない、それで十分であった。


「浮気とか最悪だな」


 切っ掛けの装置としては重畳。罵られた妻は、やはり黙り込んだ。修羅場で熱くなる司を尻目に無表情。


 動揺するのではと期待していた司は躍起になり追い打ちをかけた。


 離婚。慰謝料。次々と問題を提示し責め立て、極め付けに離婚届を広げる。


 圧倒する快感に酔いしれ、鼻を鳴らした。


 司が記入すべき欄は全て埋まっており、後は妻が空欄を書くのみ。


 用紙を眺めて、彼女は貝のように閉ざしていた口を開いた。


「貴方は、本当に良いの?」


 淡々とした口調に勿論だと頷いた。


「浮気をするような妻は、いらない」


 トドメの一言。蔑みを込めた目線を、妻は真っ向から受け止めた。


 感情の起伏が乏しいまま用意したペンを走らせる姿に、最後まで可愛げの無い女だと心の中で毒を吐いた。


 時間は掛からず、残すは彼女の証人欄。司は不備がないか確かめようと手を伸ばした。


 だが。触れることは叶わなかった。


 妻が紙を奪ったのだ。呆気に取られている内に素早く仕舞い込んだ。この期に及んで抵抗するのかと眉を顰めた。


「会って欲しい人、来たわ」


 ぽつりと呟いた彼女の顔を見て、ぞくりと肌が粟立った。


 無を貫き通していた妻が、笑ったのだ。ぞっとする歪んだ微笑み。


 酸素がなくなったかのような錯覚。呼吸、身動きひとつ出来ない。


 凍り付き、瞬きも忘れて凝視した。


 時間が止まったかのような空間。


 静寂を切り裂くように時計が鳴った。二時を知らせる音がやけに大きく響き渡り、司はびくりと身体を揺らす。小さな悲鳴が自分の口から発せられた。


 同時、玄関から何者かが侵入する気配。廊下を無断で歩き、リビングの扉を開く。勢い良く振り向き、人物を認識した司は、恐怖と驚きに腰を抜かした。尻餅をつく姿に、侵入者は愉しげに喉を鳴らす。猫のような愛嬌のある目が加虐的に輝いた。


「紹介するわね。最近友達になったばかりで」



 ――貴方の浮気相手よ。



 断言する妻に迷いはない。確信しているのだ。


 突如襲いかかった危機に真っ白になる頭を叩き、打開策を模索する。


 状況が飲み込めない、大体何故彼女が妻を知っているのだ。


「あんたが寝てる間に携帯を見ちゃったの。既婚者とか初耳で、マジで焦った」


 軽い口調で浮気相手の彼女に説明される。


 覗くなど最低な行為だと声を荒らげるが、嘲りの笑い声で吹き飛ばされた。


「お嫁さんに事情を話して謝ったら、騙された貴方は悪くないって言ってくれて」


「それから二人で追い詰めようって誓ったの」


 女達は心底愉快そうに、いたぶってくる。お前が悪いと指を指す。


 確かに既婚者である事実は隠していたが、離婚した後、浮気相手とは結婚するつもりであった。


 隠し通せる、全て上手くいく。それは甘い幻想に過ぎなかったのだ。


 裏切られた女達は、ほくそ笑む。


 嵌められたと無意識に呟けば、女達は罵った。躊躇なく踏みつけるように。


「人を不倫に巻き込んでおいて虫が良すぎ」


「被害者は私たち。間違えないで」


 剰え私の不貞を捏造して慰謝料なんて、面の皮が厚いわね。愛想が尽きたわ。


 後ろ姿で証拠にもならない写真を破り捨て、離婚届を抱きしめる妻に縋ろうとした。手を伸ばし、彼女の服の裾を掴む。


 だが、すぐさまに、乾いた音と共に、叩き落とされた。妻の綺麗な爪が、司の手の甲に当たり、痛みが走る。


 妻だった女は凍てついた瞳で射貫いた。


「浮気をするような夫は、いらない」


 吐き捨てられた、終わりを告げる言葉に打ちのめされ、司は力なく項垂れた。


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― 新着の感想 ―
[一言]  面白かったです。    嫌な人物が、最後まで嫌な人物として描かれていて好みです。(ジャンルは違いますが、悪役がやっつけられたら改心し、簡単に仲間になるような話が苦手なんです)  この男性、…
[良い点] 読了いたしました! 最後に待ち受けるどんでん返しが 驚きの連続で読みやすい構成で それに負けない結末がとても面白かったです! [一言] 他の作品も楽しみに読ませていただきます! Twitt…
2022/12/23 19:14 退会済み
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