第四話 1
異形は私の願いを聞いた後、げらげらと笑い始めた。辺りは騒然としていて罵声も途切れ途切れ聞こえてくる。誰も不幸にならずに済むのはそれしか方法がなかった。今は異形の方に集中しなければ…。
『よかろう。くくく…っこの小娘を殺める日が来るとはなぁ…!大した子ではないか』
「私以外の子に手を出さないと約束してくれる…?」
そういうと異形はぐわっと私の頭をひねり潰そうと触手を顔の前にピタリと止めた。感情が消えているためか怖くもなんともない。抵抗する気力もないと判断し、にんまりと笑った異形はするっと触手を私のからだに巻き付け、中に浮かせた。
私の目が虚になっていて、非日常な光景に動画を撮り始める者、逃げ出す者、囃し立てて催促する者…。人は嫌いなやつが悲しむ場景に救いの石なんて誰も___。
『ひひっ…救われることもなく一人寂しく死んでいくとは!!』
「なにやってんの!?」
生徒達も異形もばっと振り向いた。そこには守谷さんが痛みで顔をしかめながら体を震わせながらそこにたっていた。
異形の様子が何か可笑しいと察した彼女は意を決する様に覚悟を決めて、こつこつと歩み始めた。
「ねぇ、そいつ喰っても不味いわよ?」
『喰ってみないとわからないじゃあないか』
「あのねぇ…信じられないのよ、あんた」
『わしを軽蔑するでない!!』
さらに触手とのっぺらぼうの顔が増えた異形は怒りで体を震わせていた。その様子が可笑しいのか笑い始めた守谷さんは次々に異形に対して罵倒していく。私はただただそれを眺めるしか出来なかった。気付けば辺りには誰もいなくなっていた。
『此奴も貴様の救いなど求めておらん!!誰も彼もわしに指図しおって…貴様など殺してくれようぞ!!』
ばしんと触手のひとつが守谷さんの体を強く薙ぎ払う。その衝撃で彼女の体が強く壁に飛んでいきぶつかる。痛いはずなのに奥歯をぎりっと噛み締めた彼女は、体勢をすぐに立て直し、気付けば左手には刃渡りの大きいナイフを持っていた。
『そんな武器でわしを倒せると思うのか?!時間稼ぎをしていることは分かっておるのだ!!馬鹿め、無駄だ!!』
ふははと笑い彼女の体が何度も壁に打ち付けられる。異形が隙を見て他の生徒たちに触手を伸ばせば、彼女はナイフでそれを斬る。無謀だった…一人では異形に傷をつけられない。もがけばもがくほど体をギリギリと触手は離さない。
ついに私の首にまで触手は絡まり締め付けていく。彼女は頭から血を出しているのにそれでも闘おうとしている。それを異形は嘲笑い、触手の数本を彼女の腹部に突き刺した。刺されたところからドクドクと血が流れ…彼女は倒れてしまった。
「なんで…!!」
『薄汚い死。これを貴様は望んでおったのだろう?自分が不幸になれば良いなど、そんな泥ようなもの、わしには通用せぬのだ…!醜い…醜い…!!』
そういうと異形はグッと私の首を締め上げる。痛みが鈍麻しているのか感じはしないものの、視界がぼやけていき音も次第に聞こえづらくなってきた。虚な目で騒ぎもしない私に、異形は締め付けていた私の触手を勢いよく叩きつけた。流石の衝撃と痛みで顔が歪む。
空中から地面に戻された私は守谷さんの体を庇うように抱きしめる。制服が手が彼女の血で汚れていくのをお構いなしにハンカチと手で刺された腹部の出血を止める。でも血は止まらない。
『華麗に散ることだけが命の終わり方では無いのだ。こんな粗末な命で誰かを救えるとでも思ったのか?くくく…人間よ、その「穢れた目」で見るが良い!!不幸者のお前が、こんな娘一人も救えぬまま、誰にも救われることも無く死んでいく様を!!』
異形は触手を私の体にを突き刺そうと何度も地面に刺していく。守谷さんの持っていた武器は自分がいる位置からかなり遠くにあるため迂闊にはそこに行けない。後一回、あの触手に刺されれば彼女は間違いなく死ぬ。その恐怖と自責で脳内がぐちゃぐちゃになっていた。それにゲラゲラと笑い、異形は高らかに言った。
『さぁ、死ぬが良い!!』
沢山の鋭い触手が私に向けて襲ってくる。誰も彼も不幸になる体質を私は呪っていた。年々強くなるその体質はきっと死でしか解けない。もう誰も傷つけなくて良い…そう考えたら心が楽になった。そうこう考えていく内に、後数センチで私の体に触手が迫っていた。顔を背けてギュと目を瞑った………のに、痛みはいつまで経っても来ない。
「_____アンロック」
どこからもなく男の人の声が聴こえて、カチリと時間が止まる音がした。恐る恐る目を開けると……そこには、不思議なオーラを放った男の人がいた。
「てめぇにこの子は殺せねぇよ…無論、オレもな」
涼しい顔で時が止まった異形に、彼は冷たく告げた。