小話 ーー幼馴染
恐らく夢の話である。
「あ〜いっけなーい!! ネグリ君起きて起きて! もう8時だよ!!」
そんな野太い声が僕の目覚ましになって目を覚ます。この声と、大きく逞しい手の感触はーー
「あ、ユーゲイルちゃんか。おはよ。今日は良い天気だねー」
眠たい目を擦りながらベットから出る。朝の眩しい日差しを見て、良い朝だなと伸びる。改めてユーゲイルちゃんを見ると可愛らしい制服姿で、しっかりと止められたリボン結びのネクタイが首にある。あー、そう言えば今日が高校初日だっけか…。
ユーゲイルちゃんの言葉を思い出しながら枕元にある時計を見る。
「…えっと、2時…?」
「逆さまに見ないのっ!! だから、8時なんだって! 出席が8時20分で、ここから学校まで30分は掛かっちゃうんだよ! 遅刻確定だよ〜〜」
涙ぐみながらそう叫ぶユーゲイルちゃん。中学入ってから急激に身長が伸び、すでに高校入学である今日までに僕の身長を遥かに超える。確か2メートルに行ったと喜んでいたが…問題はそこではない。現在の時刻である。時計を逆さまに見ていた事で時間を錯覚してしまったが、現在時刻は8時である。なんやかんや、いざこざがあって8時5分に差し掛かろうとしている。
圧倒的な遅刻確定の時間であった。
「ちょ、何でもっと早く起こしてくれなかったんだよっ! き、着替えるから少しどいてて!!」
「だ、だって起こしても起きなかったし、寝ているネグリ君を見てると私も眠くなっちゃったんだもん…」
そう語るユーゲイルちゃんの制服は少し、折れているのが分かる。本当に時間ギリギリまで寝ていたのだろう。
急いで脱ぎ、急いで着替える。鏡を見ながらネクタイを結び、完了。朝食は食べている時間はない! ここから学校まで普通に自転車で向かえば30分! って事はめっちゃ急げば間に合う! かも。
「…よ、よし! 俺は準備終わった! 早く学校に行こう!!」
「う、うん!」
どしどし、と体重130キロなユーゲイルちゃんの歩く音が一軒家を軋ませる。両親は単身赴任で両方とも家を出てよかった…。と、そう思う。両親はユーゲイルちゃんが苦手らしいのだ。少し家の中を走れば容易に軋む重量。ユーゲイルちゃんは女の子で、女の子に体重の話は厳禁だって母さんも言ってたのに薄情なもんである。
僕は階段を駆け足で降り、ユーゲイルちゃんは2階にある僕の部屋の窓から飛び降りる。完全な5点着地を僕の目の前で披露する。下はコンクリートなのに全然平気そうな表情を見せる。やっぱ強いな、ユーゲイルちゃんは。
再確認しながら二人乗り用の自転車を車庫から出す。ハンドルは僕が握り、後ろにサドルが2つ。ペダルも2つある呼吸を合わせて一緒に漕ぐタイプの自転車だ。少し広い公園とかに有料貸し出して置いてあるタイプ。
車庫を探し、色々と見てみるがヘルメットは一つしかなく、レディーファーストって訳でユーゲイルちゃんに渡す。
「ユーゲイルちゃんは女の子だし、しっかり安全対策はしないとね」
受け取り、はにかむユーゲイルちゃん。この世の終わりを体現したような表情だが、可愛いと見れなくもない笑顔である。ううん、とユーゲイルちゃんは首を振る。
「良いの私は。ネグリ君の優しさは嬉しいけど、私はネグリ君の安全の方が心配だから…」
そう言ってユーゲイルちゃんは僕にヘルメットを被せ、背負う。まるで赤ちゃんをあやすような優しい手つきで、容易に2人乗りの自転車にまたがる。
「じゃあ、ネグリ君舌を噛まないように口を閉じていてね」
ファーストペダル漕ぎを鬼のような呻き声を出しながら踏み込む。そこから徐々に加速させ…特別に設置してもらったスピードメータが50キロを超えるのを確認する。早い! 速い! 疾い!!
「ぬ、うぉおぉおおおぉおおおおおぉおおおおおおおおおお!!!!!!」
勢いがついてきた事で立ち漕ぎにチェンジしたユーゲイルちゃんは、もう2段階加速を見せる。スピードメーターが振り切ろうとしている…ッ!!
「はッ!!?? ゆ、夢か…?」
ピンク色の夢を見ていた筈だったのだが、何故か急に青春ラブコメチックなホラーに変わってしまっていた。悪夢過ぎる夢を見た…。