プロローグだけど、全然紹介しない森の中
突如として空から降ってきた、人とは一線を引いた生物。
その姿は生物、と形容するには異様で異形的であり、生き物と言うよりは「生きている」が形容する言葉としては正しい。
そう思わせんばかりに生命を冒涜するような姿をしているのだ。手を、足を、顔を。
そんな一部分だけを何重にも重ねて形成されたような異質感は、言うなればホラー映画の世界から抜け出したような見た目をしているものが数多く存在しているのだ。
初見の威力は抜群であった。
ある意味、内戦のみで平和ボケしていた人類は突如として飛来した「生き物としての要素を詰め込んだ」化け物に、バイオハザードのような世界侵略を許してしまったのだ。
化け物ーー通称、新生物は飛来した高さ10メートル程の卵から生まれ、着実に数を増やしていっている。生き物としての要素を詰め込んだ、とその見た目通りに千差万別な姿をしている。
その場に根を張るようにして鎮座する個体もいれば、高速で移動して場所を移す個体もいるし、胞子を飛ばしてより遠くに行く個体もいる。安静の地は徐々に無くなってしまっている。
道を歩く家族も、買い物帰りの老夫婦も、公園で遊んでいた子供も、痴話喧嘩中のカップルも、思い詰めていた未成年も。
全員が全員、なす術もなく喰われ、千切られ、潰され、吸い取られ、死んで行く。
そんな彼らが新たな住人として、我ら人類を淘汰しようと侵略を始めたのが今から百年も前の出来事である。
当時から発展していると言っても過言ではない、重火器や兵器を使って侵攻をある程度防いでいた。
侵略してくる新生物も銃火器や爆弾などの攻撃には流石に堪えたのか徐々に、そして着実に奪われた領土を取り返していく事に成功する。
だが束の間の勝利はすぐに終焉を迎える事になった。
問題は直ぐに露呈したのだ。物資の枯渇である。
鉛を火薬で飛ばす、化学的に調合し爆薬を作る。無くなるばかりの消耗戦に最初に根を上げたのは我らが人類である。目に見えて増える消費と、日に日に増えていく新生物の侵略。
需要と供給が追いついていないのだ。
そして、そんな窮地に追い討ちをかけるようにして採石場などの供給場所が新生物によって占拠された。新生物は何か考えがあっての事か、只の偶然か。
非常事態とも言えるそんな事実は、人類が進化を遂げる最初の一歩になったのだ。
新生物の死骸を利用し、新しい物質として武器を生成する戦闘方法が確立されるのはそう時間が掛からなかった。
新生物との戦いの最中、突如として現れた「科学者」によって不思議な新生物の「生前」の能力を引き継いだ武器は製造される。姿は剣であったり、槍であったり、弓であったり。どこか中世を思わせるような骨董品のような品々に銃社会であったその時は否定的な意見が多かったが…結果は巡り巡る新生児の産声が証拠であろう。快進撃であった。
元は同じ卵から生まれた新生物である。
何の化学反応か、突然変異か。新生物で作った武器は銃火器で攻撃するより明らかに威力が違ったのだ。
今まで火炎放射器で焼き払うしか討伐する事が出来なかった這い寄る系の新生物も、新生物で作られた武器、快進の一手 (A good move)通称AGMはまるで豆腐を切るように簡単に切断できてしまうのだ。
だがしかし、一つ問題が生まれる。それはAGMの安定供給であり、AGMの作成素材には名ありの新生物の死体が必要であるのだ。
そして名ありはそんな簡単に倒す事が出来ない存在で、たった一体でも大都市に出現するだけで容易に数千。個体によっては数万単位で被害が出る強大な力を有している。
そんな強大な相手に今までの銃社会であった世界では太刀打ちできない、とそう考えた人類は一つの最適解を過去に残す。「上等対新生物特殊化卿園」の設立である。
人類は新生物に反抗できる武器を手に入れ、失われた領土の奪還。最終的には新生物の卵を壊す目的を持って、国際的な規模で戦闘員の育成を目的とした「上等対新生物特殊化卿園」と言う育成機関が設立されたのだ。
そこに通う未来を担う学生達は皆が皆、新生物に因縁があり、野心に溢れた未来有望な復讐者たちの集まりである。
これは人類が新生物に対して快進の一手を与え、世界から新生物の侵略を阻止し、根絶やしにする物語である。
・・・・・・・・・・・・
ネグリは落ちこぼれである。
学力は平均並みにあるがそれ以上に求められる戦闘力が皆無と言って良いほど無いのだ。
本来は育成機関に入学する際には、持ち前の「身体能力」や「魔術適性」もしくは「戦略的発想」が求められるのだがネグリには何一つも持っていなかった。
では何故入学できたかと言うと、新生物に対しての執念とも言える「魔法学」への研究結果が認められた事である。
新生物とほぼ共存な状況である昨今、新生物と同じ空間で生まれ育った人間は新生物の能力をカケラ受け継ぎ、特殊な身体能力が身につくのが研究結果として出ている。
出ているのだが今のところは同じ空間で生活出来るほど安全な新生物は確認されておらず、安定的に能力のカケラを受け継いだ能力者はそこまで発見できていない。同じ境遇の人が居たら良いな、と余り頼りにせず、居たらラッキーな感じで教育機関は考えている。
魔術適性とは、「身体能力」や能力者と違った努力で伸ばせる分野である。特殊な身体能力を持たない代わりに豊富な魔術的知識や、触媒知識を活かしてその場に適した「魔術」を、新生物の血を触媒として術式を発動できるかの適正である。
適正であるが努力で伸びる分野であるので基本的に先天的な例は殆ど存在していない。
存在してないのだが、100年の歴史は長く、特異的に才能として「魔術適性」が異様に適し、呼吸するように。そして手を動かすように至極当たり前に最適を見つける事が出来る存在は存在している。
現在、確認出来るのは「灼熱の魔術師」「風化の魔術師」「静止の魔術師」の3者である。そのどれもが抜きん出て強力で、単騎で名ありを討伐出来る程である。
だが、ネクリの発表した「魔法学」は百年前の銃社会より以前の社会。
大昔も昔。剣と鎧を手にし、戦うような中世に流行った御呪いに似たジャンルあり、まだ個々の家族間でのコミュニティで普及した歴史を持つ魔術とは違うものである。
内容的に自然と調和するようにして発動できる分野である。
「魔術適正」と違うのは触媒がいるかどうか、であるのだが…。その点を研究材料とし、非力な人間でも役に立てるかも? と考えた先の研究結果の発表である。
結果は「発動自体は容易だが効果は微弱。将来性は見込めない」であった。
そんな非力なネグリであるが、現在は同時期に入学した同期にイジメられ、気が付いたら知らない森の中。と、そんな行き先がランダムな宅急便を体験し一人、寂しく立っている。そんな状況である。
一言で表すなら絶対絶命であるが…。
・・・・・・・
何か僕したっけな…? と、過去の事を思い出す。思い出すが…特質しておかしい事はしてない筈である。
まあ、何かしたと言うより何もしてないからこんな結果になっていると思うんだけどね。と、一人自虐気味に笑うが現実はそんな面白いものではない。現状、知っている景色が何一つとして無く、唯一知っているのは空の青さだけだ。
現実を直視する事に決め、辺りを見渡すが…森の中である。とそれが知れる。その情報に「未知の」と後付けする。
直視しても状況が良い方向に向かうことなく、寧ろ知った事で悪化したまである。
「(流石に死ぬような、大それた事をするとは思えないけど…)」
半分希望であるが呟く。生憎と返事をしてくれる友達は声の届く範囲には居ない事が分かった。多分居たとしても無視されると思うけどね。
人望の無さに打ちひしがれながら大方予想ができている問題の元凶人物を思い浮かべる。……が、出てくる人物が十人を超えた辺りで考えるのを辞めた。人望の無さを再確認しましたわ…。
どうしてこんな事に? その原因を考える。
実績も、功績も、実力もないのに対新生物退治の最先端「上等対新生物特殊化卿園」に所属している「エルフ耳」をしているネクリ。
…うん。結構嫌われる要素あるね。
分かり易く差別出来る身体的特徴も持ち合わせているし、時と場合によっては魔女裁判かけられたんじゃ? そう思わざる終えない要素に塗れている。
身体的特徴は置いといても、何もしないのに育成機関に所属して。所属しているのに成長している訳でも、結果として何も残せていない穀潰しな僕だからね。まあ、仕方が無いと言えば仕方がないのかな。
僕の身体的特徴である長い耳は「能力者」と同じように、生まれが新生物の近くで能力のカケラを持って生まれてきた故のギフトであるであったのならもっと楽に生きれただろうけど、生憎とそんな背景は存在しない。只のエルフと人間のハーフである。
結構昔に迫害を受けた種族ってのも相まって教育機関にエルフも、ハーフエルフも存在しない。そんな訳で僕は生まれてからこの耳で良い思いをした事は無いのだ。
まだ、ウサギみたいに聴力が良かったら話は変わったんだろうけど、ただ耳が長いだけである。後追いするように髪色も深緑で「お前は抹茶かよ」と、しょっちゅう絡まれていた。…その子が抹茶が好きなんだねって情報だけが今の所最大の良い思い出でポイントである。
そんな長い耳を、意味ありげにピクピクさせて音を聞いてみるが……木々の擦れる音しか聞こえない。
つまるところ至って普通な森の中であり、異変のカケラも感じられないのどかな場所である事が知れた。逆にピクニックでもして驚かせてやろうか? と考えるが…まあ、普通では無いんだろう。
昔の出来事で、森や林に隠れて繁殖行為を行い、大規模な殲滅戦が行われた過去があるのでこの自然な森は、森を生成する新生物なのだろう。もし本当にこの森が普通の場所ならば、眺めの良い場所に陣取って優雅にサンドイッチでも頬張るんだけど…。
生憎、今はそんな悠長な事は言ってられない訳である。
取り敢えずその場にしゃがみ、地面を少し掘ってみる。
「(至って普通な黒土…わあ、ミミズがめっちゃいるんだけど…結構、栄養詰まっている土なんだ)」
腐葉土が目立つ地面である。
この森自体が新生物って線はなくなった。これで地面を掘った瞬間に襲いかかってくる! とかだったら一瞬で取り込まれて養分になっていたけど…。結果は平穏に大自然に囲まれるハーフエルフである。
安心するには早いけど、森自体が新生物って線はなくなったのだ。少し力を抜く。まあ、その場合は人為的か、名ありの新生物の能力って線が強くなってしまったけど。
まあ、地面だけで判断するのは色々と欠けた部分があるけど…可能性として木々に偽装しているって可能性もある。その位、新生物は様々な形態で、能力を持っているのだ。
「その場合は完全に死が確定してるけどね」
その場合、ってより既に死が確定しているようなものだけど。まあ、近場の安全を確保したのだ。心の中で留めておいた独り言が溢れてしまう。そんな僕の言葉はやはり、誰かに反応してもらえる事が無かった。
反響する訳でもないこの空間で、僕の独り言は豊かな自然に消されていった。風で葉っぱが擦れる音が緊迫した空気感で聞こえる。このまま僕も子守唄のような葉っぱの音色に溶けてしまいたいわ…。
思わず座り込んでしまった自分を奮い立たせながら立ち上がる。
瞬間、視線をずらしてしまった事で見えてしまった光景にもう一度座り込んでしまう。……逡巡し、逸らしてしまった異様な光景を視界に入れる。
そこには巨大な狼のような新生物の腹を突き刺すようにして生える立派な剣と、それを強調するように、主役であるかのように強調して木漏れ日がさしている。
そんな英雄が主役の絵本ではありきたりな序盤の光景を目の当たりにし、一言。
「…僕、学生辞めて絵描きになろかな」
写すだけでも結構絵になる光景であるのだ。良い感じの光景であるが…どうしても関わったら面倒そうだ、とそう思ってしまう。どことなく厄介臭が溢れる光景に回れ右するが…奥の方、具体的には腑をぶちまけている新生物の方で声が聞こえてくる。
『おぉおおぉお〜〜い! 君君君っ!! こんな、あからさまに主人公的な展開なのにスルーしちゃって良いの?? まあ、スルーしても無理やり契約しちゃうんだけどな!! …ほら手を貸して』
と、背後で言われ勝手に体が動く。
振り返った体を強制的に元の腑をぶちまけている新生物に向けさせ、自分の意思とは違った歩みが強制的に行われる。向かう先は突き刺さった剣であり、その横にこれまた絵になりそうな金髪の美女が待つ場所である。
え、ちょ、拒否権は!? と、必死に抵抗をしてみるがその努力虚しく、着々と。そして着実に美女の方に向かって行く。よく見ると突き刺さていた剣は姿が見えなくなっており、半透明だった女性の色素が常人に戻っていた。まさか…剣の精霊的な?
若干心踊るものがあるが…新生物に突き刺さる木漏れ日に照らされる剣、な時点で怪しさ満点であるのだ。只でさえ怪しさ満点なのに美女に変化したら怪しさが限界突破しちゃうでしょ! と、心の中で思う。あからさまに変なものは拾ってはいけません、を体現している美女から必死に逃れようとしたが、ほぼ真向かいまで来ちゃった辺りで諦める。
最後の最後まで、子供の時に教わった教えを遵守しようとしたが、結果は残念。流石に強制はいかんせん分が悪いよ…。
心の隅で「主人公的な展開が!? これで僕にも魔術的才能が…」と思ってしまった事は事実であるが…まあ、剣な時点で魔術適正は開花しないだろうけど。
知識としてはある、新生物を材料に武器を作るAGMを想像し、現状から判断するに死体から発生した狼系の能力を宿した剣なんだろうな、と妙に達観した心持ちで契約を待っている。
求められるのは命か、寿命か。それとも精神か。死ぬにしても若すぎるなー、って思うし、死に方が普通じゃないなーと思っていると、僕の手が美女の手に重なるように動く。
あ、恋人繋ぎなんだ…と、繋ぎ方について色々妄想を捗らせていると、徐々に困ったような表情になった彼女は言った。
『…あれ? 契約できない…? 本で見た時はこんな感じでウニョウニョやってたけど…まあ、実際は違うのかな。…ねえ、しっかりと見開いていてね』
本で見聞きした事で実行しているの? 大丈夫、その信憑性? と思ってしまう。実際は違ったみたいで直ぐに恋人繋ぎは辞めになる。こらっ、雑に手を離さないの! 傷付いちゃうでしょ…。乙女のような、童貞のような心持ちで振り払われた右手を慈愛の心で労る。
労るが僕の左手は黙っていない。美女との恋人繋ぎは平等に両手で行うべきである、と論じ始める。僕の内心である。特に文句は浮かばない。浮かぶのは「柔らかい手だな…」だけである。実際、男はそんなもんである。
男性女性問わず、詰め寄られる事はあったけどこんな好意的な…。いや、あからさまに玩具を見るような視線は初めてですよ…と、思ってしまう。
どうやら心が妙に落ち着いているのは彼女の能力か、異能か何かであるようだ。
普段の僕なら手を握られた瞬間に「ぼ、僕で良いんですか?」と、特殊なイントネーションで方言チックに喋ってしまうだろう。まあ、それはそれで別に気色悪いが、こんなよく分からない現状になったら普通はおかしくなるよね。正当性を見つけ、納得する。彼女は納得していないのか「うーん?」と悩んでいる様子であった。
逃げれる? 逃げれませんでした。待ちます。
と、感情まで掌握されているこの現状。
完全にハエトリグサとかウツボカズラが捕食する時の甘い蜜によって集るハエみたいな感じで捕まった感が否めない。
食虫植物みたいに粘液で溶かされながら死んじゃうのかな? その場合は快感は伴うのでしょうか…と、妙に達観した感想が出てしまうが…恐らく、彼女の言動で判断するに殺すような真似はしないだろう。殺す=契約の方程式の方じゃ無かったら大丈夫な筈…。
彼女の独り言、行動を上の空で視界に収めながら一人で妄想の風呂敷を広げていると…強制的に畳まされた。
それと同時に彼女の強制力は失った。
つまり…解散と?
軽くなった体ならば、ライオンに襲われても数秒間は逃げれる自信が湧き出てくる。10秒後には捕食されていると思うが。
恐る恐る聞いてみる。
「っん、と。えっと、その…貴方の事は口外しないので帰らせていただいても…」
『却下』
ほぼノータイムで返答される。
まあ、想像通りのものであった。デスヨネー。
視界の端に映る死骸の威圧感を解放された事で感じ始める。決して少なくない冷や汗をかきながら「うーん、どうして?」と悩む彼女の操り人形となる。
腕を組まれ、また手を恋人繋ぎにされ、視線を合わせられ、デコとデコを合わせられたりもした。初対面の言葉通り、契約をしようとしているみたいだが…四苦八苦している様子である。
そんな怪しげな二人な空間である。彼女の言う「主人公的な展開」が本当であるなら知識の疎外でジェネレーションギャップみたいに感じてしまう。初めて付き合う男女じゃあるまいし…。
と、そんな男女の馴れ初めチックな触れ合いをしていると視界の端で動く物陰を発見した。
少し顔を逸らし、視線を向けていると…そこからウサギが飛び出してきた。あら、可愛いじゃない。しっかりと手入れされた純白のその毛皮。夏場暑そうね、と警戒心無さげに近づいて来るウサギに違和感を感じる。うーん、体積バグってね?
「危なっーー」
危機を感じて彼女を退かそうと力を入れるが…入れる前に彼女が僕の首根っこを掴んで、通常のウサギ何百倍もの体の捕食攻撃を強制的に回避させられる。急激に感じた首の痛みと、一瞬の無呼吸状態に恐れ慄いている。見た目はお淑やかなのに、行動は野蛮そのものなのね…と、欠点を見つけた姑みたいな感想が溢れるが、命の恩人である。
恐らくあそこで僕が彼女を退かそうとしても力が足りず、二人ともウサギの胃のなかで一緒になっていただろう。居心地の悪いワンルームにお引越しである。時間経過で消化という強制退去をさせられてしまうが。
先程までいた場所を見てみると、モノの見事に抉られている地面を発見する。出来れば地面のミネラルを主食とするミミズ的な生態系であったら良いなぁ、と願うが…可愛い動物代表格であるウサギは何処へ。既に牛のような巨大な体格を誇っていたネオウサギは大きさ以外でも驚かせてくれるみたいで、ミシミシと音を鳴らしながら皮を破り、内側から入れ替わった。
純白の肌を塗り替えるように鮮血が舞い、内臓を吐き出しながら捲れるウサギは一瞬で可愛らしい姿を変貌させる。ウサギからウサギだっただろうに感想が変わり、皮を剥がれた大ウサギに変貌した。因幡の白兎の失敗例である。皮を剥かれるどころか、中身からひっくり返されているけど。
キョロキョロ、と焦点が定まっていない大きな瞳を動かしながら、目の前にある狼型の死体に齧り付く。車二台分くらいの大きさがある死体が徐々に無くなっていく。大食いタレントを見る感覚で食いっぷりを眺めているといつの間にか縮んだ彼女が声を上げる。
『どうして…まあ、良いわ! 私を掴んで名前を叫びなさい! それでこの私「ーー」との契約が完了するわ!!』
「私を掴んでって…あ、この剣の事か」
どうして彼女が剣になったり人の形を取ったりするのか。何故無能力で、非力な僕を契約の対象にするのか。色々気になる次第であるが目先の問題はそれではない。昨日食べたご飯を思い出すと同意義な行為を挟むと僕が思い出される側になってしまう。過去の人物になるには功績が無さすぎるぜ…。
Q.生前はどんな人物でしたか? A.イジメの被害者でした。
とかロクな功績じゃないし、問題でもない。違う意味で問題にはなるけどね!!
未だに食事中の大ウサギから視線を変え、突き刺さっている剣になった彼女を抜き、これみよがしに切先を向ける。そして声高々に!!
「僕の名前はネグリ!! 僕の英雄譚の始まりになってくれたまえ!! 天誅!!」
『天誅って…まあ、でもよろしく。冴えなくて、実力もない。そんでもって恵まれないが有り余るネグリにとっての最上の奇跡「付与の魔剣」が貴方を最高へと導くわ』
「…え?」
結構初対面でもグイグイくるんですね、勘違いしちゃいそうです。恋愛感情的な勘違いではなく、敵味方の判断的な意味合いでの勘違いですが…。
妙に辛辣な彼女の声を開戦の合図とし、契約が完了したのか剣に光が灯った事で意識を戦いへと向ける。
まあ、確かに冴えないし、実力もないし、恵まれてもないし、無いが有る僕だけど…ほら、人間誰だって一つくらいは誇れる部分があるっていうじゃん。…あ、僕の場合は「付与の魔剣」を持ってるって点? 辛いね…。
向けた切先に気づいたのか、それとも掛け声が神経を逆撫でしたのか、光が灯ったせいなのか。まあ、大方食事が終わったからだろう。既に地面に残る血溜まりしか残っていない、骨すらも食べ切った食べ物は残さない主義の大ウサギがイった目をグルングルンと向けながら、まだ腹が空いているのか真っ赤に色づいた口を大きく開け、ヤツメウナギのような口内を見せびらかしながら向かってくる。
バランス感覚がイカれているのか、変身前のデカイウサギとは違って俊敏性が欠けている事が唯一の弱点らしい点だが…それを覆うように見た目の強烈性が上がっている。赤ちゃん見たら一瞬で泣き喚くぞ…。
取り敢えず構えた剣を強く握り、捕食する為に飛びかかって来たウサギを十分に安全性を確保しながら、余裕を持って回避する。
「ど、どうすれば良い!? と、取り敢えず移動手段は…あ、奪えたけど」
心地良い肉を切る感触が剣を伝わって感じる。
どうやら本格的にバランス感覚がイカれているのか左前足を切った事で立てなくなったのか、左面を地面に引きずりながら向かってくる。
移動手段が歩行から変わっただけのウサギに強烈な気持ち悪さを感じる。新生物は生き物じゃないって理解してるんだけど…いざ、目にすると理解を遥かに超えたものだと感じてしまう。流石新生物である。
剣を構え直した僕の脳内に彼女の声が響く。
『…適応能力が高すぎるわね、貴方。まあ、でも良い所だわ! 変に話を聞いてきたりして焦らないし…』
「あ、どうも」
どうすれば良い? の問いは返ってこなかったけど褒められた。
多分いけるかな、とそう思って向かってくる大ウサギを右にズレる事で回避し、どうしてか今までの何十倍も軽くなった体で推進力を得ているだろう左後ろ足を切る。少し硬い感触があったが…成功だ。腱を切る事に成功し、移動手段を奪った。
良かった、魔法学を勉強しておいて…。その時覚えた『身体能力強化魔法』は胸が熱くなる、程度の効果だったけど、他種族の構造を理解しないと使えない魔法だったのが幸いした。まあ、他種族って言っても相手はウサギの巨大バージョンであるし、狙った場所は生き物の急所である。
感謝は覚えるが、どうして身体能力強化なのに他種族の構造を理解しなきゃいけないのかについては未だに疑問だけど。
恐らく敵を知るには己から、の逆バージョンだろう。どちらにせよ役に立ったので問題なしである。
その後、彼女から『そのまま自由行動』と言う名の放任で任されたので、体勢が崩れ動かなくなった大ウサギの止めを刺そうと近付き……寸前でプロボクサーのような素早いパンチーー下攻撃ーーを回避する。
どうやらベロを飛ばしてきたみたいである。近付こうとする僕を隙のないジャブで距離を稼ぎ、無理にでも近付こうとしたなら強烈な一撃を喰らってしまう。
そんな万全の防御姿勢である大ウサギ。
「確か心臓を狙えば一発で死ぬって言うけど…狙えなくない?」
なんとか四苦八苦しながらトドメを刺す。
肉厚すぎて黒ひげみたいに、心臓を探しながら突き刺していたので穴ぼこになってしまったが…まあ、大ウサギの筋繊維丸出しの素材なんて誰が使うの? って話である。
食べたら美味しそうだよね、とは思ってしまうが用途は食用くらいである。武器になるのは名ありだけで、それ以外の用途はほぼ無いに等しいのだ。新生物を食べれるって聞いたことはないけど…まあ、もし食用になるなら、心臓を見つける為の突き刺し行為は肉を柔らかくする為、とそう言い訳をしないといけない。やったね! 今日はウサギ肉だよ!!
「…新生物って食べれるっけ」
『…え?』
結構リアルな声色で困惑されました。
戦闘後は剣ではなく、精霊のような小人のような姿になるようで手のひらサイズになった彼女に小馬鹿にされながら一応の経緯の説明をしてもらう事になった。
ちなみに新生物は一貫して食用に適さず、見た目はウサギでもウサギじゃないので食べられないそうです。