5、溢れる想い
「まぁまぁまぁ、奥様!リンディアお嬢様はとても音楽の才能が秀でていらっしゃいますわ!」
音楽を教えてくださるブラウン子爵夫人は興奮気味にお母様に報告しに部屋を出た。
「ちょっ、と待ってくだーーさ」
もう居ないし。
やばいやばいやばい。
時間は少し前に遡る。
マナーのレッスンが始まるとその他の勉強の中に音楽もあった。
幸い?私は前世で嫌というほどヴァイオリンとピアノに触れていたので、体に染み付いていたみたいだ。
ま、初日で久々にヴァイオリンに触れてテンション上がってついついやり過ぎてしまった。
いとも容易く私は難曲を演奏してしまったのだ。
そう、ヴァイオリンを初めて渡されたその日に。
ということだ。
これは、めんどくさい事になりそうだな。
っていうか、横で爆笑してないで私がヴァイオリン演奏し出す前に止めてくれても良かったんじゃないのランさんよぉ。
「あーーはははっ!何やってんの!!ぷくくっ」
笑いすぎだから。
「でも、まぁいいんじゃない?」
「いや、何が?」
ジロっと私はランを睨む。
「だってゲームの中のリンディアにそんな設定無かったし。音楽の神童ってレッテル?ふふふっ」
…正論だな。
確かにそうね。
あまり目立つ事は好きじゃないけど、乙女ゲームの中のリンディアからかけ離れていくのは悪い事じゃないわね。
「ま、普通あり得ないけどねぇー。ヴァイオリン触れた瞬間に演奏しだすなんて神業。…でもさ、安心したよ私は」
「何がよ、ランと同じく私も変な子認定される事にってか?」
「ちーがうちがうっ!なんていうかさ、ほら。…ちゃんと花梨は音楽好きだったじゃん」
ニッと笑うラン。
…好き?
私が?花梨が…音楽を。
そう、なのかな。私は、私にもちゃんと好きな事あったのかな。
「だって、すーーっごく楽しそうに演奏してたよ?珍しくニヤけてたしっ」
「なっ⁉︎ニヤけてなんかないしっ」
ドタタタタタッ。
何この音?
バンッ。
勢いよく開くドアーーー。
「リンが笑ったって本当なのっ!?」
そこには息の切れたお母様とメイド達もズラリとお母様の後を追ってきたようだ。
っていうかそっち?
「あ、あの奥様?私がお伝えしたいのはリンディアは音楽の類稀なる才能をお持ちであーーーー」
遅れて追いついた子爵夫人は、はぁはぁと肩で息をしながら告げるがお母様は話を遮り話し出す。
「えぇ、聞いたわ!ヴァイオリンを笑顔で演奏していたのよね?リンディアが笑顔を見せるなんてっっっ」
ウッと涙をポロポロ流す母。
後ろでウンウンと嬉しそうに頷くメイド達。
ーーーーーーあれ?
私の笑顔ってそんなにレアなのこれ。
(だって、リンっていつも無表情じゃない。まーそう考えると、周りの人からしたらヴァイオリンが天才的だってことより、リンが笑ったに反応するのもおかしくないかもね)
ーーーーまって。
うそ。私っていつも無表情なの?
(…気づいてなかったの?)
え、うん。っていうか教えて?
(わざとやってるものかと…)
そんなわけないじゃん。
私はこの愛くるしい見た目と、両親含めて屋敷の者達が可愛がってくれるから油断してたのね…。
(別に私はいいと思うけど?)
だめでしょ。むしろ今まで周りが可愛がってくれてたのが奇跡だよ。無表情の子供ほど可愛くないものはないよ。
(なんで?人って笑いたい時に笑うもんでしょ?)
ーーーっ!!
(私さ、前世の花梨見ててずーーっと言いたかったの。花梨はお母さんのために、楽しくもないのに綺麗な笑顔貼り付けてたよね?…そんなのダメだよ。花梨は…ううん、リンの自由なんだよ!笑うも笑わないのも!)
ーーーーーっっっ!!!
ポロ。
ポロポロ。
途端に頬を伝わる温かい雫。
??
ふっ…あぁ、私泣いてるんだ。
そっかぁ。私は誰かに言って欲しかったんだ。
無理しないでいいのよって。笑いたい時に笑えばいいって。
ふふっ、ランのくせに、いうじゃない。
リンディアが急に泣き出したかと思えば、「ふふふっ」と綺麗な笑顔を見せたのに対し周りは、一瞬戸惑ったかと思えばつられて涙した。
そんな周りの暖かさを感じ、リンディアの涙は止まらなかった。