怪人ではなく人として
卓也の視界が赤く染まる。
「!」
衝撃と爆音が広がり、砂埃が舞い上がる。
近隣の住人が何事かと顔を出し、周囲が騒がしくなった。
「はぁ。…………処理班を急がせてください」
バイザーが点灯し通話を繋げる。先程の電話と同じ場所、彼女の本拠地に。
息は途切れ、上昇した体温に頭がふらつく。
『お疲れ様美咲ちゃん。……大丈夫? さっきのキャリアー、クラスメートだったんでしょ?』
「正直、良い気分ではありません。けど、こうしないと……」
砂埃の先に視線を移す。
その時、視線の先から大きな影か現れる。次第に砂埃が晴れ、その姿が現になった。
木だ。何本もの木が壁を築いていた。その木は大きく抉れ、横凪ぎの痕が残されている。
「っ!?」
美咲は咄嗟に刀を握りしめ構える。この壁の存在が何を意味するのか瞬時に理解した。藤岡卓也の生存だ。
予想通り、木が崩れ落ちるとそこには卓也が傷一つ無く立っている。
『美咲ちゃん、これ以上薬を使えないし、増援で警察を……』
「大丈夫、薬がまだ効いている内に対処します。それに、警察の方々に感染すれば被害が拡大します」
バイザーの奥で睨み付ける美咲。彼女の額からは汗が吹き出し、口ではやれると言ったものの内心焦っている。
事実、彼女の状況は最悪の一言だ。とどめの一撃は防がれ、もう一度は撃てない。
この薬は彼女の力を一時的に増幅し、一気に放出する物だ。効果が残っているとはいえ、先程の技を出す事も、薬をもう一度使う事も出来ない。
焦る美咲に対し、卓也は沈黙を貫き静かにその場に佇む。
「あ………………っぶなぁ」
否。彼もまた先程の一撃に焦り、防げた事を心底安堵しながら息を整えていたのだ。
(なんとか防げたけど、もう一度来たら……いや、別の技とかもあるのか? どっちにしろ……)
刀を構える美咲。彼女の闘志は尽きていないのが察せる。
あまり良い気分ではない。話しも通じず命を狙われ、自分の存在そのものが悪であるかのように振る舞われる。そんな理不尽に怒りすら感じよう。
だが、卓也の常識から逸脱したこの状況。自身の姿や美咲の立ち振舞いに、なんとなくだが理解は出来る。まるで漫画やアニメ、特撮ヒーロー番組のような物語染みた環境に頭が追い付いてきたのだ。そのせいか不思議な高揚感に心が躍り出す。
「こういう場面は拳で語るか、行動で示す!」
卓也と美咲が同時に駆け出した。
「ハッ!」
「だりゃぁ!」
ぶつかり合う拳と刃。剣撃を反らし、拳を避け、お互い深く踏み込まず隙を伺うよう立ち回る。
(首か頭、もしくは心臓)
美咲が狙うのは急所への一太刀。余計なダメージは警戒を誘い、相手に逃亡の選択肢を与える。限られた時間の中、一撃で仕止めるのを最適解とした。
一方卓也も必死に耐え忍んでいた。何かを待つように、狙うように美咲の猛攻を捌いていく。刃物、武器の有無と言う差を埋めようと全神経を集中させる。
そして、先に動いたのは美咲だった。
「!」
大きく横凪払い首を狙う。赤い光が卓也の首を刈り取るべく迫る。その瞬間卓也はしゃがみ斬撃を回避、それと同時に足払を繰り出す。
しかし美咲はそれを読んでいたのだろう、跳躍し避けたのだ。
「今だ!」
それは卓也も同じ。しゃがんだ際に地面に触れた手が力む。
跳べば避けれまいと、地中から蔦が伸びた。
攻撃ではなく美咲を捕縛するのが目的、とはいえ彼女にはどちらも変わらない。刀を盾にし根の先端を受け止め、それと同時に根を支えにし自らを押し跳ばす。
「まだまだ!」
距離が離れようと関係無い。卓也は両手を着き着地を狙い無数の根を剣山のように突き出した。
だが美咲の動きを止めるには足りない。一閃で根を刈り取り、一息つく間も無く突撃してくる。
「これならどうだ!」
接近する美咲を迎撃すべく、より太く長い蔦を生やし美咲へと振るった。
「二度も!」
しかしその攻撃は既に経験している。冷静に伸ばされる蔦を切り払い、一歩ずつ距離を積めていった。
同じ攻撃は二度は通じない。そんな事は卓也も予想済みだ。
「!?」
美咲の足が止まる。視線を落とすと、右足に蔦が巻き付き彼女を拘束していた。
「しまっ……」
攻撃用の蔦は囮だった。それに気付いた時には遅く、続けて地面から槍のように勢いよく伸びた根が彼女の刀を叩き落とした。そして地に落ちる刀を駆け寄った卓也が遠くに蹴り飛ばす。
「…………高岩さん、もう止めてくれ」
卓也は美咲の方を振り向くと両手を上げ降参のポーズをし、足の拘束を解いた。
「え?」
美咲は驚きのあまり呆然と立ち止まる。
先程の根も美咲を狙えば串刺しに出来た。武器を失えば戦力の低下は大きく、卓也が有利になる。このまま拘束していれば美咲を討ち取る事も可能だった。
それなのに……
「何……で?」
「何でって。俺は最初から言ってるだろ、話しをしてくれと」
手を上げたまま答える。下手に動き彼女に警戒されるのを避けるためだ。
「高岩さん、俺は何もしていない。そんで俺に何が起きてるんだ? 教えてくれ」
「………………そんな、あり得ない」
この状況が余程衝撃的なのだろう。美咲は呆然とした様子で固まってしまった。
ひとまず争いを止められたが、どうしたものかと卓也も考える。
その時だった。
「キシャァァァ!」
「「へ?」」
突如、黒い影が美咲に襲い掛かる。
普段ならば対応出来た、不意討ちなど通用しないはずだ。だが不幸な事に、卓也の彼女にとって不可思議な言動、武器の損失、それらの要因が美咲を鈍らせた。
卓也もまた、何が起きたのか即座に理解出来なかった。
「がっ!?」
それは美咲に馬乗りになり彼女を地面に叩き付けた。後頭部に衝撃と痛みが走り、意識が一瞬飛びかけ視界が暗転する。
ギリギリの所で意識を繋ぎ止め、強引に視界を戻そうと目を見開く。
そこにいたのはネズミ人間と言える怪人。彼女がベクターと呼んでいたネズミ型怪人だった。
ベクターは首を絞めながら右手の爪を伸ばす。
(しまっ!)
ニヤリと醜悪な笑みを浮かべ、手に力が入る。息が詰り意識が削られてゆく。
そのままベクターは爪を突き立て、美咲の頭を貫こうと腕を振るう。
ギリギリの所で腕を掴み止めるが、首を絞められ力が上手く入らない。少しずつ爪の切っ先が美咲へと迫る。
(しくじった……)
やられるのも時間の問題。そんな言葉が頭を過る。
こんな所で死んでたまるか、諦めはしない。美咲は必死に抵抗するも、消耗した身体では押し返しきれない。
絶体絶命のその時……
「オラァ!」
卓也の跳び蹴りそうがベクターに直撃する。
骨が砕ける鈍い音と共に蹴り飛ばし、着地した卓也は美咲との間に立つ。
「ゲホッ、ゴホッ……」
「大丈夫か高岩さん」
息を整えたその先には卓也の背。マフラーのように伸びる葉が風に揺れている。
「本当に……何者なの? キャリアーなのになんで私を助けるの?」
「……キャリアーとかわかんないけどさ」
あのまま美咲を置いていけば簡単に逃げられただろう。だがそれは許せない。
このまま何も解らず逃げ続けたくない、自分の身体をこのままにしたくない。そして何より……
「クラスメートの女の子が襲われてるんだ。逃げ出すなんて男じゃないっての!」
拳を握りしめ走り出す。
「さて…………何してんだ変態ネズミ野郎!」
立ち上がるベクターの顔面を殴る。鼻が折れ血が吹き出し大きくよろめいた。
卓也の追撃は止まらない。腹に連続で拳を叩き込み、跳躍しながら身体を回転させる。
「だぁ!」
回し蹴りが側頭部に直撃。衝撃に突飛ばされ、地面を二度バウンドし砂埃を巻き上げた。
「覚悟しろよ」
今まで以上に感情が高ぶる。
ネズミ型の怪人に立ち向かう自分。クラスメートの女の子を守る為に振るう拳。今この瞬間、自分がテレビの中、怪人と戦うヒーローだと錯覚してしまう程だ。
彼の感情に呼応するように拳が光を、琥珀色の輝きを纏う。
「ジャア!」
立ち上がり、折れた鼻を再生させながらベクターが走る。
「でぇいやぁぁぁぁぁぁ!」
卓也も走り、拳を真っ直ぐ突き出した。
拳から根が伸び、腕そのものが一本の光の槍と化しベクターの胸を貫く。
「ギ……グ……」
貫かれた傷口から身体が緑色に変色していき、倒れながら溶け崩れる。
緑色の粘液が水溜まりを作り、伸びた根が縮む。
「…………やった」
倒した。自分が。怪物を、テレビのヒーローのように。言葉に表せない興奮が全身を駆け巡る。
物語のような現状を改めて認識する。これは夢か幻か? 妄想と現実の境い目がわからなくなってゆく。
「俺すげぇ! 何これ? 夢じゃないよな!?」
そんな卓也を他所に、美咲は緑色の水溜まりを呆然とした様子で見ている。
「嘘でしょ?」
今夜はあり得ない事が続き、精神的、肉体的な疲労が一気にのし掛かる。立つ気力すら失いその場にへたり込んでしまう。
「何でキャリアーが抗体を持ってるのよ」




