夜の話し
エキストラ。それはドラマ等で背景や通行人を演じる者の事だ。必ずしも本職の役者がやる訳ではなく、制作会社が一般公募をするのも珍しくない。
しかし卓也の記憶では、今光雄が出演している番組でエキストラを募集してはいないはずだ。
「エキストラ? あれ、今募集していたっけ?」
「いや、実は監督が急に入れるとか言い出してね。初めはスタッフを入れようかとしてたんだが、なんだか若い子が良いと……」
「あー……だからか」
大体だが察した。光雄には卓也という息子がいる、つまりその若い子の宛として声を掛けられたのだろう。
「高校生の子がいるからな。卓也と出来るなら友達も呼んでくれって頼まれたんだ」
「友達?」
一瞬思考が停止する。求められているのは自分だけではなかった。だが少し考えれば納得はいく。エキストラが一人だけとは限らないからだ。
「そうなんだ。井上さんとこの二人とか、何人か頼めないかな? それに卓也だって現場を見学出来るぞ」
「うーん」
卓也は頬杖をつき考える。
個人的にはとても魅力的な話しだろう。実際の撮影現場を見る機会なんてそうそうないし、父だけでなく他の役者達の演技を間近で見れる大チャンスだ。正直、是非とも行きたい。しかし皆は来るのかが問題だ。
が、よくよく考えれば二葉は喜んで来るだろうし、一馬は彼女の保護者として一緒に来るはず。と言うよりも、あの二人は頼めば快く引き受けくれるだろう。でも美咲と千夏はどうだろうか。いや、きっと来る。美咲は以外とミーハーな所があるし、千夏もノリは良い方だ。
「…………聞いてみるよ。頼めるのは、二葉と一馬、あと美咲、千夏の四人かな」
「ありがとう、助かる。そうだ、何なら監督に挨拶でも行くか。デビューしたら世話になるかもしれないからな、損は無いはずだ」
「あ……」
茶化すような提案に卓也は戸惑う。将来を考えるなら顔を売るのも悪くはない。父の立場を利用するようで心苦しいが、これも立派な自分を売り込む手段だ。芸能界を生きるには必要な術だろう。
それでも卓也は踏みとどまってしまった。何故なら自分の身体の事があるからだ。
ヴィラン・シンドローム。人を異形へと変貌させる恐ろしい病。
こんな身体で将来の事、夢の事を考える余裕なんか存在しない。
「父さん、けど俺……」
行って良いのだろうか、こんな《《化け物》》が。そんな言葉が頭を過る。
光雄はそれを察しているのだろう。彼は父親として優しく微笑む。
「大丈夫」
暖かい声。心を優しく包むような声色だった。
「俺は治るって信じてるから」
たったその一言が暖かかった。余計な言葉はいらない。彼の父親としての心がそこにあった。
「…………ありがとう」
嬉しさに胸が熱くなる。家族の想いがとても嬉しい。
「じゃあ、みんなに聞いてみるよ。部屋に戻るね」
席を立ち自室へと向かう。それを見送る光雄と料理を持って来た春菜。彼女は料理を並べながら呟く。
「信じてる……か。私達、親が諦めちゃいけないもの」
「そうさ。それに、どんな姿であろうと俺達の子供なんだ。さて、腹減ったな。母さん、今日の夕飯は何だい?」
軽く頷く光雄は妻の作った料理に箸を伸ばす、ごくごく普通の家庭の様子だ。
先程まで卓也が座っていた椅子に血のような赤い花びらが落ちている事以外は。
自室に戻った卓也は勢いよくベッドにダイブする。布団をぐしゃぐしゃにしながら枕を引き寄せ頭を載せた。
「信じてるか。嬉しいけど……」
父の気持ちはとても嬉しい。しかしそれを受け入れきれるかが不安だった。彼らは知らない、卓也の身体の状況を。
起き上がり指先を机の方へと向ける。
「スマホ……っと」
机の上、ワイヤレス充電器に置かれた自分のスマホを指先が狙っている。
すると指が真っ二つに裂け、中から一本の蔦が伸びる。蔦は蛇……否、触手のように動きスマホを取ると、卓也の手に渡した。
「前はこんな事出来なかったんだけどな。便利っちゃ便利だけど……」
蔦は指の中に収まり、口を閉じるように裂けた指先が戻る。
「これ、病気が進行してんのか? いや、悪化しているのか」
ベッドに倒れ込む。ゆっくりと深呼吸をし、自分の手の平を眺めた。今ならこの手を花に変える事も容易い、果実を指から実らせるのも可能だ。
変身せずに力が表に出たのは、初めて発症した時も暴走しただけ。今まではこの姿で力を自在に使う事は出来なかった。意思を持って使えるのは、あくまで変身した時だけだ。
今までは。
身体に力が馴染んだのか、はたまた力を使い慣れたからか。どちらにしろ人間離れが加速している。身体がどんどん違う生物となっていく。その感覚が嫌だと感じない、ごく自然な状態だと受け入れている。むしろ、強くなっていると錯覚しそうだ。
それが一番怖かった。
「…………いや、今はそんな事を考えるのはよそう。治る為に頑張ってんだからな」
首を振り思考を入れ替える。家族が信じてくれているのに、自分が信じなくてどうすると言い聞かせた。
「それよりも、エキストラか……。たしかに父さんの言う通り、監督さんと話せるかもしれないのは大きいな。現場だって見れる、直接演技を見れる。はは、最高じゃないか」
卓也の顔に笑みが浮かぶ。これは夢に向かう大きな一歩になる、そんな予感がした。ずっと見ていた父の背中、それをもっと近くで見れる最高のチャンスだ。逃したくない。
そう、未来の為に。
いつかきっと取り戻す、元の身体を。この病を治し日常に戻るのだ。
意気込みながらスマホを操作しようとするが手を止める。
「さて、みんなに聞いて……いや、明日直接言うか。そっちの方が面白そうだ」
スマホを投げ捨て再びベッドに横になる。
明日、皆を誘おう。きっと驚く、もしかしたら喜んでくれるかもしれない。そう思いながら卓也は目をゆっくり閉じるのだった。




