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発芽する力

 時刻は深夜、日付が変わるかの瀬戸際。暗い台所で一つの人影が蠢いていた。


「ん……ぐ」


 卓也が無我夢中で冷蔵庫の中の飲み物を飲んでいた。足下には空のピッチャーや、牛乳パックが転がり、二リットルのペットボトルに入った麦茶を一人で一気飲みしている。

 足りない。熱い。身体が渇く。朦朧とした意識の中、身体はひたすらに水分を求めている。

 確かに熱があり、喉の渇きがあるがこれは異常だ。だが呆然とした頭ではその異常さを理解できていなかった。

 早退し病院に行ったが、診断結果はただの風邪。しかしこの状態をただの風邪と言えるのだろうか。


「水……もっと…………」


 冷蔵庫の中の飲み物が空になり、ふらつきながら水道の蛇口に手を重ねる。だが水を出そうとした手は、猛烈な痒みに止められた。

 痒みに耐えられず、グラスを流しに落とし腕を掻き始めた。


「うっ…………ん?」


 掻いた感触がおかしい。始めはいつもと変わらぬ肌だったが、急に何か引っ掛かる感触があった。

 その何かは少し固く、掻く度に床に落ちていく。一つや二つではなく、ゆっくりふわふわと落ちたそれに驚きを隠せない。


「…………え?」


 開けっぱなしの冷蔵庫の明かりに、その正体が判明する。小さな木の葉。艶やかな濃い緑色の、室内にあるはずのない物が落ちていた。

 嫌な予感に頭が急速に冷えてゆく。

 まさか、嘘だ。必死に否定するが、状況がその予感を肯定する。

 そして意を決し、恐る恐る自らの腕を見る。


「何……これ?」


 腕から生える無数の葉。まるで腕が木になったような、そんな錯覚すら感じる。

 身体が震え、頭が混乱する。自分の身体に何が起きたのか、想像を超えた出来事に理性を保てない。

 息を荒げ、心臓が痛い位早く脈動する。痒みが全身に広がり、身体が自分の物でないような感覚に襲われた。


「あ……ああ……」


 恐怖感に心が塗り潰され、壁伝いにゆっくりと廊下を歩き靴も履かずに外に出る。

 本来ならば寝ている両親を起こし相談するべきだろう。しかし彼は無意識の内に外へと逃げ出してしまった。

 この姿を見られたくない。木の怪物のような異質な自身を見せたくない。見られたらどんな反応をされるか恐ろしかった。

 心配し救急車を呼ぶのが普通だろう。が、今の卓也はそんな当たり前の事を考えられぬ程に混乱していた。


「何だよ、何だよこれ?」


 人目に付かぬよう外階段を降りる。

 身体から生える葉は増え、手すりに捕まった手の甲を突き破るように赤い花が咲く。


「ヒッ……!」


 思わず花をむしり投げ捨てる。僅かに出血するが、少しだけつねったような小さな痛みしか感じない。

 後ろを振り向けば、卓也が歩いた足跡のように葉や花弁が落ちていた。


「俺…………どうなってるんだ?」


 卓也はそのまま階段を降り外へと飛び出す。人目から逃げるよう、誰もいない夜の闇へと、身体を引きずりながら何処かへと向かっていった。






 真夜中の街に一人の少女が駆け抜ける。こんな時間に一人でいれば、確実に補導されるだろう。

 しかしそんな心配は頭に無いように、その少女……高岩美咲は電話をしながら走っていた。


『ごめんなさい美咲ちゃん。こんな夜遅くに』


「問題ありません。明日授業中に寝てしまうかもしれませんが……」


 通話相手の女性に皮肉混じりに話す。そして走りながらも眼鏡を外し、上着の内ポケットに入れる。


『とりあえず確認されたベクターの処理をお願い。まだ遠くへは行ってないと思うけど……』


「大丈夫です。あいつらが私を無視したりはしませんから。きっと、向こうから来ますよ」


 美咲は乾いた声で笑っていた。


「私を殺しに」


『…………そうね』


 ドスのきいた声に鋭い眼光は、十代の少女とは思えぬ光を放つ。学校で卓也が見たモノとは明らかに違う、別人のような風格だった。


「さてと……」


 足を止め、電話を切り辺りを見回す。誰もいない公園、その隣には一軒のマンションがそびえ立っているのが見える。

 この近くにターゲットはいるはずと、周囲を警戒しながら歩く。


「…………ん?」


 視線の先に何か大きな物が転がっている。暗くその詳細はわからないが、少しずつだが動いているのはわかった。

 その物体は街灯の明かりの下まで這いずり、漸くその全貌が明らかとなる。


「何あれ?」


 パッと見は草や葉の塊だ。街路樹等を切ったゴミ、そんな感じに見えた。

 しかしこれは動いている。ゆっくりと街灯を杖に立ち上がり、こちらの方を振り向いた。


「ア……ウァ……」


 若い男の唸り声だ。この声は卓也の物であった。

 彼は必死にマンションから脱出したが、そこで力尽き地面を這いずり回っていたのだ。その間にも全身から植物が伸び、今では辛うじて人のシルエットを残すのみとなっている。


「オォォォォォォォォォ!!!」


 言葉ですらない雄叫びと同時に全身から生えたに蔦や根が絡み合い、卓也を球体に封じ込めた。植物の卵、そう例えるのが一番近いだろう。

 時間は一瞬だった。その卵が弾け、木屑や葉を周囲に撒き散らしながら何かが産まれる。

 風圧に飛ばされた木屑を防ぐように美咲は顔を腕で覆う。そして腕を解いた視線の先には見た事の無い怪人が街灯の下に立っていた。


 歯を食い縛った髑髏のような口元。木目調の肌、角やマフラーのように伸びる葉、身体を覆う鎧やスーツのようなゴツゴツとした木皮。

 髑髏頭のデッサン人形を怪人に改造した。そんな風貌の植物怪人が頭を上げ、琥珀ような感情の無い目で美咲を見つめる。


「ううっ……」


 一方、そんな怪人へと変身した卓也は意識がハッキリとしていくのを感じていた。

 先程までの具合の悪さは何処に行ったのか。妙に身体が軽い。いや、寧ろ今まで感じた事の無いような力に満ち溢れている。


「何が起きた? 俺は一体?」


 頭はスッキリと冴えているが、状況が飲み込めない。急激な意識と身体の変化に理解が追い付いていなかった。

 周りを見回すと、街灯近くのカーブミラーが目に入る。

 そこに映る自らの姿に言葉を失った。


「…………は? これ、俺?」


 顔に触れると、人間の肌とは違う堅い感触がある。手の平も木製人形のようになっており、鏡に映っているのが現実だと卓也に教えていた。

 卓也は一人混乱するが、不意に別の声、美咲の声に我に返る。


「ベクターを追っていたら、植物型キャリアーと遭遇……か。聞いた事は無いけど、ベクターを呼ばれる前に……」


 眼前の少女が何を言っているが意味がわからない。


「……高岩さん?」


 眼鏡を掛けていないが、長い髪と声でその少女が美咲だと卓也は気付く。しかしその声は美咲には聞こえていなかった。

 何故彼女がいるのか、何故こんなに冷静に卓也と対峙しているのか。疑問は尽きないが、美咲の様子が友好的ではないのを感じ後ずさる。


「片付ける」


 左手首に機械の腕輪をはめる。装着した瞬間僅かに顔をしかめるが、続けて一本の金属製の注射器を取り出し、腕輪の穴に差し込んだ。


「え? え?」


 嫌な予感がする。直感と言うか、何処かで見たようにこの後の展開が頭に過る。


変身アクティベーション!」


 そう叫ぶと同時に左手を中心に彼女を囲むように赤い光の輪が広がる。そしてその輪に複数の光が集まり、装甲を形成した。

 装甲が全身に纏われると白いコートが広がり、顔を隠すのようにようにバイザーが装着される。


 変身した。

 その瞬間、予感が何なのか理解した。そうだ、この構図は見た事がある。ヒーローと怪人。特撮番組で見たそれだったのだ。


「いや……マジ…………?」


 後ずさりながらも、背筋が凍るような嫌な感覚に逃げ出せない。

 誰がどう見ても、卓也が悪役怪人、美咲がヒーロー。そしてこの後どうなるか、想像するのは容易い。


「治療、開始」


 腰の刀を抜くと刀身が赤い光を放つ。両手で刀を握り、地を蹴り卓也に斬りかかる。


「嘘だろぉ!?」


 藤岡卓也、十六歳、高校二年生の春。

 人間を辞め、怪人となった瞬間であった。

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