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変化の一歩

 時は過ぎ昼休みの時間、卓也は一馬、二葉と共に席を寄せ昼食を食べていた。卓也の席を中心に近くの椅子を借り、三人は机を囲んでいる。いつも隣にいる美咲は不在だった。

 食事も終え、もうすぐ昼休みは終わるだろう。


「で、次現国だけどさ。二葉は宿題終わったのか?」


「もち!」


 満面の笑みで答えるが、そんな彼女と違い一馬はため息をつく。自慢気に言っているが、実際は一馬に教えてもらっていたのだから。


「お前さぁ。誰のお陰かわかってるの?」


「わかってるって。持つべきは優しくて優秀な兄だよね」


「頼むから、次から自力でやってくれ……」


 眉間に皺を寄せながらぼやくが、次があっても一馬は手伝うだろう。彼はそういう人間だ。

 卓也はふと隣の席に視線を移す。美咲はいない。彼女はどこにいるのかわからないが、そろそろ戻って来るだろう。


「とりあえず次の準備しようぜ。二人もそろそろ……」


 用意した方が良い。そう言おうとした所で、教室の隅が視界に入る。

 何時もなら何も気にしない些細な事。目に留めもせずに見逃していたかもしれない。しかし今日は違った。

 恐らく朝の出来事があったからだろう。だから意識した、だから気付いてしまった。

 佐久間が一人の男子生徒に話し掛けている場面に。


「あいつ……」


 話し掛けている男子生徒は明らかに怯えていた。おどおどとした様子で佐久間にノートを渡すが、そのノートに見覚えがある。

 今朝美咲に渡そうとしたノートだ。


「キモ田も少しは役立つみたいね。んじゃあ放課後も……」


「おい!」


 卓也は思わず立ち上がり、二人の所へと大股で歩み寄る。一馬も事態を察し、その後に続いた。

 肩を震わせ佐久間と男子生徒、松田の間に立つ。


「佐久間! お前何やってんだよ」


「あん? またあんた? それに井上兄も……」


「いい加減にしなよ佐久間さん」


 つまらないと言いたげにため息をつき、冷ややかな視線を二人に向け、松田は一人びくびくしながら三人の様子をうかがっている。

 そんなピリピリとした空気の中、教室に入って来た美咲は自分の席に戻り卓也達の様子に気付く。


「…………ねえ井上さん。何かあったの?」


 近く、卓也の席を囲んでいた二葉に聞く。


「よくわからないけど、佐久間さんが松田君に何かしたんじゃないかな? 松田君って気が弱そうで、佐久間さんはあんなんだし」


「ああ……」


 なんとなくだが理解出来た。今朝の続きなのだろう。自分が思い通りにならなかったから、別のクラスメートを利用したようだ。彼女ならやりかねない。そして松田は格好の獲物になり得る人物だ。

 彼は気弱と言う概念が人の形をしたような、絵に描いたような虐められっ子だった。自信も無く自らの意思を示さず、常に人の顔色を伺い下手に出る。コミュニケーションを取ろうともせず、自分の殻に閉じ籠るだけ。

 二葉は少し苦手と感じる生徒だ。

 しかし卓也は松田の態度よりも佐久間に嫌悪感を抱いている。だからこそ彼女の横暴さに我慢がならなかった。


「それ、朝高岩さんにやらせようとしたやつだろ。懲りずに松田にやらせて……」


「知らなーい。あたしがキモ田にやらせた証拠あるの? このノートもキモ田が拾ったから受け取っただけだしー。ねぇ」


「言い訳だね。松田君、彼女に荷担する必要は無いよ」


「………………」


 一馬の言葉にも松田は口を閉ざし視線を反らす。助けに入ろうとした二人にも目を向けずに拳を震わせた。

 そんな彼に佐久間は舌打ちし、松田の顔を覗き込む。


「おい、聞いてんの? それとも、また遊びに行く?」


 松田の身体がびくりと跳ねる。そして数秒躊躇したようにどもるが、相変わらず視線を下げたまま口を開く。


「ぼ、僕はノートを拾っただけだ。君達に関係無い」


「ほら。あたしは何もしてないのー。言い掛かりなんかすんなよ」


「松田……」


 彼の態度に愕然とする。何故ここまでされて庇うのか、卓也には理解出来なかった。

 勿論彼の気持ち、立場、佐久間に何をされているかは完全には理解出来ない。独り善がりで、身勝手で、幼稚な正義感かもしれない。

 だけど手を差し伸べたい、助けたい。そんな真っ直ぐな気持ちが卓也にはあった。

 しかし……


「…………僕より馬鹿なくせに」


 小さく呟いた松田の声は誰の耳にも届かない。悪態を吐き、卓也達の手を取ろうともしなかった。

 彼が何を思っているのかは卓也達にはわからない。しかし脅され言わされているようなのは変わらない。


「あんたらマジうざいから、もう話し掛けないでねー」


「佐久間! っ……!」


 立ち去る佐久間を引き止めようと卓也か手を伸ばす。だがその瞬間、卓也の視界が急に揺らいだ。

 バランスを崩し倒れるように机に寄り掛かる。


「卓也?」


 慌てて一馬が駆け寄った。

 様子がおかしい。視点が定まらず顔も紅潮している。先程まで何もおかしい雰囲気はなかったのに、今は酷く体調が悪そうだ。


「あ、あれ? 何……で?」


 卓也も自分の身体の不調に驚いている。朝から頭痛一つ無く、健康そのものだったはず。なのに今は目眩で立つ事すら億劫だ。

 その時チャイムと共にクラスの担任であり、現国の教師である山本が教室に入ってくる。


「皆さん、席に着いてください。……おや?」


 彼も卓也の様子に気付いた。


「どうしました藤岡君? 井上君、何が起きたのですか?」


「すいません、急に卓也が……。なんか具合悪そうで」


 急な出来事に軽いパニックになっているのだろう。一馬も上手く話しが出来ない。

 しかし山本は冷静だ。


「藤岡君、立てますか?」


「なんとか……」


 足がふらつくが、何かに捕まれば立てそうだ。思考が鈍り、頭が熱くなる。まるでインフルエンザに罹った時のようだ。


「風邪みたいですね。では……」


 山本は一馬を、そして卓也の席へと視移す。


「井上君、君はこのまま藤岡君を保健室へ連れてってください」


「わかりました。ほら、卓也」


 卓也に肩を貸し立ち上がらせる。


「そして高岩さん」


「はい?」


 不意に呼ばれ驚く。


 何故? どうして? 特に関わりの無い自分が?

 勿論一馬も不思議そうに美咲の方を見た。


「君は藤岡君の隣ですからね、荷物を保健室まで持って行ってあげてください。彼は早退した方が良いでしょうから」


「はい……わかりました…………」


 少し無理矢理な気もするが了承し、卓也のカバンに手を伸ばす。しかしそれを二葉が制止した。


「いいよ、私やるから」


 二葉がカバンを取り山本の方へ振り向く。


「先生、私が行きます。私の方が兄と一緒で付き合いがありますので」


「………………ふむ」


 考えるように二葉と美咲を順に見る。しかしそのまま考え込むように口を閉ざしてしまった。

 その様子に周囲は首を傾げる。


「先生?」


 考える間でも無いはずだ。ただ隣なだけの女子生徒と、交友がる女子生徒、どちらが適任か一目瞭然だろう。

 そんな二葉の視線と声に山本も気付いた。


「ああ、すみません。そうですね、では井上兄妹にお願いしましょう。二人でさぼってはいけませんよ。立ち話しないか心配ですので」


 何時もの笑顔に戻り、卓也を一馬に預ける。

 二葉は卓也の机から彼のノートや教科書を取り、次々とカバンに積めてゆく。


「さて、皆さんは席に戻ってください。……松田君、どうしました?」


 松田は卓也達をじっと、冷ややかな目で見ていた。その視線は決してポジティブな感情ではない、怒りとも嫉妬とも捉えられるような、歪んだモノだ。

 しかし誰もその瞳に気付いた者はいなかった。

 少しのトラブル以外は普通の授業風景へと、教室は静かに変化していくのだった。






「ジャスト三十八。風邪かしらね」


 女性の養護教諭が体温計を見て口を開く。


「インフルエンザかもしれないし、早めに病院に行きなさい。あ、二人はもう教室に戻って良いわよ」


 心配そうに様子を伺う一馬と二葉に告げる。

 二人にはまだ授業がある。友人が心配なのは彼女もわかっているが、健康な生徒いつまでも保健室に居座るのを容認する訳にはいかない。


「わかりました。行こう二葉」


「うん。じゃあね卓也、お大事に」


「……二人共ありがとう」


 ソファに座り朦朧とした意識の中、二人に礼を言うと、そのまま保健室を立ち去る。


「さて、家族の迎えは……呼んだ方が良いわね。連絡先は?」


「えっと、ここで」


 スマホを操作し養護教諭に渡す。そこには母の携帯番号が映されていた。

 彼女はそれを確認するとメモを取り卓也に返す。


「うん、じゃあ迎えが来るまで少し寝ていなさい。立てる?」


「はい……」


 まだふらつくが動けない程ではない。ゆっくりと立ち上がり、支えられながらベッドへ倒れ込む。

 身体が、瞼が重い。意識が急速に遠退いていく。


「怠……」


 その言葉を最後に卓也は意識を手放した。

 そして養護教諭はカーテンを閉め、一人デスクの電話に向かう。その時だった。


「ん?」


 先程まで卓也が座っていた場所に小さな何かが落ちていた。彼女はおもむろにそれを拾い上げる。

 それは小さな指先程の葉っぱだった。


「なんでこんな所に?」


 こんな物、本来は外にあるはず。窓は開いていないし、自分も外出していない。


「まいっか」


 彼女はそれをゴミ箱に棄て卓也の母へと電話を掛けるのだった。

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