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ケダモノ達の酒場

 夜の繁華街、飲み屋が建ち並ぶ街は眠らず賑わっていた。明るい人工の光達、仕事を終えた男、遊び笑う女、全てが道楽へと向けられている。

 そんな街の片隅に、一軒のバーが静かに営業していた。


「ここのマスターがすっげぇ人でさ。見たらびっくりするぞ」


「マジ? 楽しみー」


 そのバーに一組のカップルが訪れた。しかし二人は店に入らずドアの前で立ち止まってしまう。

 店のドアには一枚の貼り紙があった。


 本日貸し切り。


「嘘だろ、ついてねぇ」


「残念ね。また今度にしましょ」


「そうだな……」


 二人は肩を落としぼやきながら踵を返す。他の店に行こうと歩き出した所で一人の男とすれ違う。

 眉間に皺を寄せ、眼鏡を掛けたサラリーマンだ。


「あ、今日貸し切りみたいだぞ」


 そう忠告すると男は一瞬だけ足を止め、ジロリと神経質そうな目で睨んだ。


「ええ、存じてますよ。私達がその予約した客ですから」


 男はそのまま店のドアを開け、店内へと姿を消してしまった。残された二人は男の素っ気ない態度に不満を漏らしながらも街の方へと歩き出すのだった。


 一方件のバーでは初老の男が一人でグラスを磨いていた。

 たっぷりと蓄えた髭に百八十はある身長と、それに見合う筋骨隆々の男。ただのバーテンダーではない、そんな雰囲気を漂わせていた。


「ん?」


 ドアにぶら下げられていたベルが鳴り、男はグラスを磨く手を止めた。

 貸し切りの貼り紙に気付かなかった客かと思い、断ろうと口を開きかける。だがその姿を見て言葉を変えた。


「あんたか。毎度一番乗りだな」


 店に入って来たサラリーマンにほくそ笑み、彼はカウンター席に座る。


「当たり前だ。五分前行動は社会人の基本だからね」


「フン。社会人ねぇ」


 皮肉じみた言い方だが、サラリーマンは気にしていないように眼鏡をいじる。そしてバーテンダーは鼻で笑いながら言葉を続けた。


「いずれ世界は変わる。そんなにこの世が良いのか?」


「逆だよマスター。私達のものになるのだからこそ、ルールを重んじているんだ」


「入れ替わった後の事を考えてるのかい。気の早い事で……」


 バーテンダー、マスターと呼ばれた男はグラスを置き背後に並べられた棚から一本の酒瓶を手に取る。


「で、いつものかな?」


 ボトルキープする程の常連なのだろう、半分くらいに減ったウイスキーのボトルを見せる。しかしサラリーマンは彼を制止した。


「後にするよ。これから会議じゃないか」


「そうかい。生真面目なこった」


 少し残念そうにボトルを棚に戻す。その直後、再びドアが開く音が聞こえた。足音は騒がしく、誰かが走っているようだ。


「ちーっす。あれ、二人だけ?」


「珍しい。先生いない」


 二人の若い男、と言うよりも少年と青年と言えば良いだろう。ギラついた三白眼にタンクトップの中学生らしき少年、無造作に伸ばされた髪をはしたステレオタイプのオタク風の大学生らしき青年。


「来たなチンピラ小僧。兄ちゃんはともかく、未成年が来る場所じゃないぞ」


 悪態を吐きながらもマスターは笑っている。文句を言いながらも、本心は違うようだ。


「だってここが集合場所なんだから仕方ないでしょ。少しは俺の事も考えてよー」


 少年は慣れたようにカウンター席に座り、青年は黙ったまま皆から離れ二つだけのテーブル席に座る。青年はそのままスマホを取り出すと一人ゲームを始めた。

 そんな彼らをサラリーマンは意外そうに眺める。


「しかし珍しい。君達が一緒だなんてね。あんなに嫌っていたのに」


 サラリーマンの皮肉めいた声に青年はゲームをする手を止めた。


「偶然。店の前で会っただけ。頭スカスカと同類は拒否する」


 そう少年の事を小馬鹿にしたように鼻で笑い、当然彼も青年を睨み返す。


「言ってくれるなキモオタ野郎。お前なんかブヒブヒ鳴いてりゃいいんだよ」


 少年は椅子から飛び下り、青年はスマホをジーンズのポケットにしまい指を鳴らす。今にもお互いに殴り掛かろうと睨み合っている。

 一触即発の空気の中、マスターの咳払いが響いた。


「やめんか小僧ども。ワシの店を荒らす気か」


 既の所で立ち止まる。カウンター越しでありながら、静かに、そして強い怒気を孕んだ声に気圧されていた。

 二人の頬に冷や汗が流れ、思わず息を飲む。


「あー、そんな事しないからさ。ごめんねマスター」


「そうだな。すまないマスター。俺も大人気なかった」


 少年は誤魔化すように笑いながら席に戻り、青年も口を閉ざす。そうして再び店内に静寂が戻った。

 それから数十秒の後、静寂を破るようにまたドアのベルが鳴る。また一人、若い男が店内に現れた。


「よし、揃っているみたいだな」


 金髪にシルバーのアクセサリー、白いスーツを着たホストのような風貌こ男が気だるそうに歩き、カウンターの端の席に陣取る。

 四人とは立場が上なのだろうか、高圧的な態度で彼らを見回す。


「揃ってませんよリーダー。珍しく先生が遅しているようで」


 サラリーマンがニヤついた笑みを浮かべながら言うも、ホスト風の男、リーダーは顔をしかめて深くため息をつく。

 その様子に皆首を傾げた。


「やられたよ先生……山本のやつはな」


 先程の小競合い以上の緊張が走る。誰もが口を閉ざし不安げな表情を浮かべていた。

 山本はかつて卓也の担任教師であり、街中にヴィラン・シンドロームを広めていた犯人だ。そして彼らは山本の仲間のようだ。

 この場には純粋な人間は一人もいない。全員がキャリアーなのだ。


「へ、へえ。意外とマヌケじゃないか。キモオタがやられるならまだしも、先生がやられるなんてね」


 少年は強がるもののその声は震えている。


「噂の黒髪ロング。やはり侍娘の属性も……」


 ざわつく若者達と違い、マスターとサラリーマンは落ち着いた様子でリーダーを見据えていた。何かを考えるように口を閉ざし、その目は鋭い光を放っている。

 やがて沈黙を破るようにマスターが口を開く。


「で、後釜や新入りは?」


 そう問うもリーダーの顔色は優れない。


「適応した生徒がいたらしいがやられた。ネズミは残っているが…………感染を広めるのも遅いし、駆逐されるのも時間の問題だ」


 そうぼやきながら再びため息をつく。

 ベクターも感染を広められるが、知能の低い奴らでは積極性に欠ける。事情を知るキャリアーが操る事でその性能を引き出せるのだ。

 だがリーダーの懸念はそれだけではない。


「それに大きな問題が一つ。俺達と同じキャリアーでありながら抗体を持つ輩が現れた。そいつも早急に排除しなきゃならん」


「!」


 男達がどよめく。キャリアーとグローバーはお互い相反する存在、それが一つとなるなる矛盾の塊がいる。自分達の事を理解しているからこそ驚いているのだ。

 そんな中、マスターは一人押し黙って考え込む。その目は探るようにリーダーに向けられている。


「なあリーダー。そいつは何者なんだ? あんたは知ってそうだが……」


「話せん。上の許可が無いからな」


 マスターの質問を一蹴、そんな態度に顔をしかめた。


「ふん。声を聞いた者……あんたらの特権か? ワシらも嘗められたもんだな」


 苛立つマスターにリーダーはやれやれといった様子で舌打ちをした。組織に上下があれば、情報に秘匿があるのも当たり前だ。それを知っていても、マスターは納得出来ていない。

 そんな二人の間を取り持つ。


「まあまあ落ち着いてマスター。リーダーも中間管理職な以上、上の命令には逆らえないんだ。文句を言う相手が違う」


「…………そういう事にしておく」


 腕を組み棚に寄り掛かる。サラリーマンの言う事にも一理ある以上、マスターも言い争そっても無駄だからだ。

 険悪な空気が漂い各々が口を閉ざす中、リーダーはイライラしながら頭を掻きむしる。


「とにかく、敵は二人以上いるって事だ。気配はグローバーと同じだからすぐにわかる。いいな、お前ら全員でやれば殺れるんだ。十日以内にやれよ」


 リーダーはそう言い捨て、足早に店から出て行く。乱暴にドアを閉め、ベルの音が虚しく鳴る。

 逃げるような様子にサラリーマンは呆れたように眉間に皺を寄せた。


「彼はどうもリーダーシップに欠けるね。指示も甘く、ただやれの一言。無能上司の典型例だな」


 リーダーに呆れているのは彼だけではないようだ。少年と青年も嘲笑している。


「同感。だけどターゲットを早く殺すのは賛成。ゲームの周回時間が無くなる」


「では明日からでも探し始めるか。マスターは?」


 一人グラスに氷と酒を注いでいたマスターはそれを一気に飲み干す。空になったグラスやわカウンターにそっと置くと、カランと小さく氷の音が鳴った。


「お前さんらで充分だろ。ワシはどうもあの若造が気に入らんしな」


 仕事を断る彼に文句を言う者はいない。むしろ、少年は喜んでいる。


「いいね、取り分が増えるのは賛成だ。最近移してもグローバーが出なくてさ。殺し足りなかったんだ、フフフ…………」


 纏まりの無いチームではあるが、彼らにとってこれが普通なのだ。

 キャリアーとなり我が強くなったからなろう。ウイルスによってねじ曲がった心が、書き換えられた本能がそあさせているのだ。


「では、狩る側がどちらか……教えに行くか」


 眼鏡のレンズが光を反射し、サラリーマンはニヤリと笑うのだった。


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