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転校生

「ねえ、何処から引っ越してきたの?」


「彼氏いる?」


「今何処に住んでるの?」


 昼休みの時間、教室はいつも以上に騒がしかった。それもそのはず。転校生と言う燃料が投下されたのだ。特に女子達が千夏の席に群がっている。

 その中でも二葉が特に強く千夏に迫っている。性格が好奇心と押しが強いのもあるからだろう、千夏に群がるメンバーの中心となっていた。

 そんな彼女達を遠目に見守る三人の少年少女達。卓也、美咲、一馬が集まり、机を囲んでいる。


「ったく二葉の奴、あんまり転校生を困らせなるなよ……」


 一馬は頭を掻き、呆れたようにぼやく。

 誰が見ても千夏は困惑しているのがわかる。しかし転校生の宿命か、誰も二葉達を止めはしない。皆、彼女の事が気になるのだ。


「…………少し意外かな」


 そんな一馬の困り顔を眺めていた美咲が口を開く。


「二人っていつも一緒……と言うか、井上君って二葉ちゃんの保護者みたいだから。今日も一緒に黄川田さんの所に行くのかと思った」


「確かに。一馬と二葉って一年の頃からセットになってたからな。まあ、俺からすれば一馬が二葉の手綱を握ってるって感じだけど」


 二人の言葉に一馬は小さく笑った。


「勘弁してくれ。俺は保護者じゃなくて兄なんだから。まあ、そう見られるのには慣れてるけど…………」


 一馬は笑いながら頭を掻く。言葉では困っているように言ってるが、本人は満更ではなさそうだ。


「それに、集まっているのは女子達が中心だ。ちょっとあの中に入る勇気は無いかな。チャラ男に見られるのも嫌だし」


 彼の言う通り、千夏に声を掛けているのは殆どがクラスの女子生徒だ。男子も数人いるが、たまたま近くの席だった者や誰にでも関わるような、所謂お調子者だけ。そんな中に入れば少し浮いてしまうだろう。もしかしたら軽い男と思われるかもしれない。そう考えたらあの輪に入りづらかった。


「成る程なぁ」


 卓也も納得したように頷く。


「俺からしたら、高岩さんが行かなかった方が意外だったな。二葉も誘ってたし」


「んー、確かに誘われたけど……ね」


 小さくため息を漏らし、美咲は横目で二葉達を見る。そこは相変わらず騒がしく、千夏も昼食どころではないようだ。


「あんまり大勢だと転校生……黄川田さんにも悪いし。興味無い訳じゃないけど、そんながっつかなくても良いよ。後々最低限の自己紹介すれば良いかなって」


 机に置いてあったペットボトルの水を一口飲む。


「それよりさ、二葉ちゃんと井上君って本当に仲良いよね」


「そうだよな」


 卓也は初めて二人と出会った一年生の時を思い出す。初めに声を掛けて来たのは一馬だが、その隣にはいつも二葉がいた。

 仲良し兄妹そのもので、卓也は羨ましく感じる事も少なくなかった。


「良いよな兄弟って。俺一人っ子だし歳の近い親戚も遠方だからさ。正直、一馬が羨ましいよ」


 一人っ子が悪いとは思わないが、それでも少し寂しい時もある。兄、弟、姉、それらに憧れるのも一度や二度ではない。

 しかしそれについて両親を責める事は、卓也は決してしなかった。今でも充分に幸せなのだから。


「ハハっ。一応兄弟がいるのは良い事ばかりじゃないけどな。……そういえば高岩さんは? 卓也みたいに一人っ子なの?」


 何気ない質問だった。兄弟の話題が出ている中、その家族構成が不明なのは美咲だけ。勿論卓也も知らない事であり、少し興味があった。

 しかし空気は決して軽いものではなく美咲は僅かに表情を曇らせ箸を止める。


「…………お兄ちゃんがいたよ。二年前に病気で亡くなったけど」


「え……」


「あっ……」


 二人は思わず口を閉ざす。地雷を踏んでしまったかのような、何とも言えない息苦しさに冷や汗が流れそうだ。

 いくら知らなかったとはいえ、聞いてはいけない事だった。亡くなっている家族の事を聞くだなんて。


「ご、ごめん。悪い事聞いちゃったな」


 申し訳なさそうに一馬は謝るが、美咲は責めるような事はしなかった。


「別に気にしないで。昔の事だし……」


 そう言いながら軽く笑っていた。だが卓也には彼女の表情がいつもより曇っているように見えた。

 口ではそう言っているものの少なからず思う所があるのだろう。

 そしてもう一つ、卓也は美咲の言葉に何か引っ掛かりを感じていた。嘘のような類いではなく、もっと嫌な予感だ。

 だがそれを言葉には出来なかった。ただそれが気の迷い、勘違いだと己に言い聞かせて。





「いやー、まさか千夏ちゃんが同じマンションに住んでるだなんて。先週あった引っ越しって千夏ちゃんちだったんだね」


 その日の夕方、下校中の卓也達。そこには卓也を含む五人の少年少女が歩いている。

 卓也、美咲に井上兄妹、そして黄川田千夏の姿があった。


「う、うん。よろしくね」


 昼休みの時、千夏が同じマンションに住んでいると知ると、二葉は我先にと彼女を誘ったのだ。

 相変わらずの二葉のグイグイ来る姿勢に千夏思わずたじろぎ、そんな彼女の様子に一馬はため息を漏らす。


「おい二葉、黄川田さん困ってるだろ。悪いな黄川田さん。二葉のやつ、距離感が近すぎてさ。ただ、悪気は無いし、君と仲良くしたいだけなんだ」


「大丈夫です。私もそこは察してますので」


 苦笑いしつつも嫌がる素振りは見せておらず、 ただ困惑しているだけのようだ。千夏としても見知らぬ土地や学校に不安があり、気さくに声を掛けてくれる人がいるのは嬉しい。

 千夏はそう言いながら一馬と二葉を見比べる。


「そういえば、井上さん達って兄妹なんだよね?」


「そうだよー。私が妹の二卵性双生児ってやつ」


 振り向き微笑む二葉に、千夏は少し恥ずかしそうに笑った。


「その……実はマンションで一回二人の事見掛けて、その時は彼氏彼女かなって思ってたの。今日学校で会ってびっくりしちゃった」


「「へ?」」


 一馬と二葉の声が重なり、お互いに顔を見合せた。そして二人と一緒に卓也も押し殺していた声で笑い出した。


「アハハハハ。ああ、そうだな。確かに良く

言われてたな」


「彼氏イケメンですねーって。兄って言ったらみんなヤベって顔すんのよ」


「よく見れば顔似てんだし、俺達が兄妹って予想できるのにな」


 二人には決して珍しい事ではなかった。今まで何度も勘違いされており、当然卓也もこの事を知っている。


「そうね。けど、知らなかったら私も二人の事誤解してしまったかも」


 美咲も釣られるように小さく笑う。いつも気難しそうな顔をし、裏ではヴィラン・シンドロームと戦っている彼女と違い、年相応の少女のものだ

 そんな美咲の表情に卓也は内心ほっとする。彼女は漫画等に出てくる戦闘マシーンとなった少女ではない、一人の人間なのだと教えてくれた。

 千夏は卓也達の方にも視線を移す。


「……えっと、藤岡君と高岩さんだったよね? 二人とも井上さん達と付き合い長いの?」


「私は最近」


「俺は中学の頃からだな」


 二人の返事に千夏は軽く頷く。


「そうなんだ……」


 他愛のない会話をしながら歩いていくと、不意に美咲が足を止める。


「じゃあ、私はここで。また明日」


 曲がり角を指差し一人別の方向を向く。

 一緒の帰路はここまで、美咲の自宅は彼女の視線の先にある。


「バイバーイ。明日ね美咲ちゃん」


「うん。じゃあみんな、明日学校で」


 二葉が手を振りながら見送り、一人別の道を進む美咲。長い髪を揺らしながら歩く彼女を視界から逸らし、卓也達は再び歩き出す。

 卓也だけは知っている、彼女の向かう先にある建物……石川総合病院が美咲の行く先だと。

 グローバーとして発症者と戦う為、日々の鍛練、情報収集、装備の整備。それらは全て病院にて行われている。

 病院が彼女の職場であり自宅だと聞いた事がある。おそらく家族とも離ればなれなのだろう。


(俺も頑張んなきゃな)


 今日は卓也は病院に行く予定は無い。しかしキャリアーやベクターが出現した時は美咲と共に戦う。

 少しでも彼女の負担を減らせれば、一人でも被害者を無くせれば。その想いを胸に、卓也も歩き出したのだった。

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