ヒロイックにいこう
翌日の朝、いつもの月曜日。殆どの人が知らぬ内に事件は隠され、変わらぬ普通の日常が始まった。
朝の学校は意外と騒がしい。登校してきた生徒達で溢れ賑わっている。
そんな廊下に卓也も授業が始まるまでの時間をのんびりと過ごしていた。だがその眉間には皺を寄せ、表情はいまいちのようだ。
「どうした卓也。朝から難しい顔をしてさ」
隣に立つ少年が声をかける。卓也よりも高い身長と非常に整った顔立ち。比べるのすら無意味な美少年、卓也の友人である井上一馬だ。
二人は特に何もせず、ただぼんやりと廊下を行き来する生徒達を眺めていた。しかし朝からずっと考え事をしていた卓也を心配していたのだ。
「あー。ちょっと考え事を。別に大した事じゃないんだけど…………」
どうした物かと頭を掻きながら言葉を濁す。
前にも同じような事があった。勿論、あの時と同じように正直に事実を話すなんてできない。
卓也は少し考え、またしても代理となるカバーストーリーを考える。
「いやさ、昨日読んだネット小説……タイトルは忘れたんだけど、それの展開がどうも納得できなくてさ。ちょっとモヤモヤして」
「ふぅん。どんなんだ?」
言葉を選びながらも卓也は頭の中で即興の物語を組み立てる。自分の状況、気持ちを軸に、真実を嘘で隠す。
「えっと……よくある異世界転生モノでさ。なんかモンスターに転生した主人公が……そう、他のモンスターに襲われている人を助けたんだけど…………」
一瞬言葉に詰まる。どう話しを続ければ良いか、どう言えばこのもどかしさを相談出来るのか。頭をフル回転させて考える。
そして一つの物語を作った。自分とは違う物語を。
「助けた人がさ、すぐに主人公を信用するんだ。主人公はモンスターと言うよりクリーチャー寄りの見た目なのに……」
「成る程。普通なら警戒されるのに……って訳か」
「そう、そうなんだよ」
警戒されるのは当たり前だ。卓也も自分の見た目、その姿を知っている。
「まあ、そこは話しを円滑にする為と考えれば良いんだけど。ここから本題」
卓也か軽く咳払いをした。
「もし警戒されたら…………現実的に考えて、どうすれば信用……せめて警戒されずなかすむのかなって思ってさ。一馬はどうだ? 何か案はあるか?」
これが聞きたかった。どうすればあの時、あの場にいた人々を安心させられたのか。処理班に頼らずに余計な負担をかけずにすんだのか。別の視点からの意見が聞きたかった。
「そうだな……」
一馬は考え込むように顎に手を添える。
「まずは会話かな。その主人公がどんなのか知らないけど、もし言葉が通じるなら自分に敵意が無い事を伝えるのが先かな。信じてもらえるかはともかく、信用への一歩にはなるはずだ」
「会話…………かぁ」
少しだけ耳が痛い。あの時自分は彼らにアプローチをしただろうか。答えは否だ。きっと聞き入れまいと決め付け何もしなかったのだ。
誰よりも己の姿、怪人としての見た目を差別していたのは自分だった。だからこそ余計に自分自身が恨めしく感じる。
一馬はそんな卓也の気も知らぬまま話しを続ける。
「ただ、相手がそれに応じるかは別問題だ。例えば見た目がかなりヤバいとかなりキツい。話す所か逃げられるだろうな」
「見た目か。一馬はどんなのがヤバいと思う?」
一瞬だが自分の、キャリアーとしての姿が思い浮かぶ。自分の見た目は…………悪い方だろう。
「そうだな」
一馬は再び考える。
「とりあえず生理的嫌悪感を抱かせるのはマズいな。虫みたいなのは嫌う人も多い。それの不定形だったり、目や手足が多くて人の形からかけ離れているのも嫌われやすい」
「成る程なぁ……」
「後は実際に危険な物…………爪や牙、棘みたいなのを見せてると敵意があるように見える。それとマイナスなイメージを感じさせるのもかな。汚かったり……アンデッドみたいな死を連想させる姿、ゾンビや骸骨とか」
卓也の心臓が跳ねる。骸骨、それはキャリアーの姿に当てはまるからだ。
キャリアーの特徴に骸骨のような頭部がある。いくつかキャリアーとグローバーの戦闘記録を見せてもらったが、髑髏に動物の皮を被せたような姿が多く、中には卓也のように骨と他の生物を混ぜ合わせたような風貌の者もいる。
木製のデッサン人形の頭を骨にしたような、そんな不気味な見た目をしているのを自覚していた。
「姿…………見た目か。うん、そうだな」
「まっ、どっちにしろ簡単な話しじゃない……って事かな。それなら俺が読んだ漫画だと、変身で…………」
一馬の話しを聞きながら卓也は考える。
確かに見た目は大事だろう。もし自分がキャリアーの姿と違っていたら。もっとヒロイックだったり人間に近い姿だったら。須 少なくともあの場にいた人々に要らぬ不安を抱かせなかったかもしれない。
だが事情を、この世界の裏側、ヴィラン・シンドロームを知る者からすれば、姿など何の意味も持たない。
(病院の人達にも……何かしてあげられないかな)
ふとそんな言葉が思い浮かぶ。
ヴィラン・シンドロームを知る者、病院のスタッフからは卓也は完全に信用されているとは言い難かった。検査の時も明らかに警戒しており、嫌悪感を向ける者も少なくない。
彼らは知っているのだ。キャリアーが普段人と変わらぬ姿で社会に……この世界に潜んでいる事を。
人が怪物になるのではない、怪物が人の皮を被り隠れている。彼らにはそう見えるのだ。知っているのに見えない脅威こそ、一番の恐怖なのである。
「見た目だけの問題じゃないか」
小さく、誰にも聞こえないような声で呟く。
きっと、この病が本当の意味で治るまで変わらないだろう。それは仕方ない事だ。もし自分が逆の立場なら、この病と戦う医師だったら。きっと怖いと感じただろう。
彼らを責める事は卓也には出来ない。仕方のない事だと自分に言い聞かせるが、心の靄は晴れなかった。
そうしているとホームルーム開始のチャイムが校内に鳴り響く。その音に一馬も話しを止めた。
「っと、時間か」
「そうだな。先生が来る前に席に戻らなきゃな」
廊下にいた生徒達はあわただしく教室に入ってゆく。卓也達も彼らを追うように自分の席へと急いだ。
卓也の席、当然その隣には美咲の姿があった。目元を隠すように髪を下ろしており表情は読み取れず、相変わらず無愛想な雰囲気を出している。
ふと教室を見渡すと、いくつか空いた机の上に花が添えられていた。松田達の席だ。彼らの死は事故として処理されいる。
この教室で彼らが人ならざる化け物として散っていった事は卓也と美咲しか知らない。
松田と彼をイジメていた不良グループの消失は、暫くの間は校内で騒がれた。だが皮肉な事に、松田を気味悪がる生徒や不良グループを快く思わない者が多く、彼らの死やわ悲しむ者は少なかったのだ。
そんな穴の空いた教室を眺めていると、扉をゆっくりと開けて一人の中年女性教師が入って来た。
松田と同じくキャリアーであった山本の代わりに、このクラスの担任となった市川先生だ。
「ん?」
その時教室がざわめく。市川の後に一人の少女が入って来た。勿論卓也は彼女に見覚えは無い。
「…………転校生かしら? 珍しい時期だけど」
美咲も少し興味があるらしく、少女の方に視線を向ける。
美咲の言う通り転校生だろう。眩しそうに細める目、一本の三つ編みに纏められた長い髪、小中学生に見間違えられそうな小柄な身体。教室にいる誰もが彼女を見ていた。
そしてざわつく生徒達を止めるように市川は手を叩く。
「はいはい、静かに。皆さんおはようございます。新しくね、転校生が来たので自己紹介してもらいましょ。さっ」
「は、はい」
少女は深呼吸をし背筋を伸ばす。皆が彼女の言葉に耳を傾けた。
「黄川田千夏です。よろしくお願いします」




