蠍
つばぜり合いとなり力任せに鋏を押し付けるが、美咲は一歩も引かない。逆に踏みとどまりながら腕に力を込める。
「フッ!」
押し勝ったのは美咲だ。鋏を上に跳ね退け山本はバランスを崩しかけ踏みとどまる。その隙に溝尾を蹴った。
衝撃が足の裏から身体に伝わる。
堅い。ベクターとは違う硬質な感触に心の中で舌打ちをする。よろけさせるもダメージは無いに等しい。
追撃を入れようと踏み出すか、山本は後頭部の尾を伸ばし鞭のように振るう。
(やっぱりそうくるか)
刀で弾くも連続で尾を叩きつけ、攻撃の手を休めない。更にその先端にある毒針を当てようと突き立てるが、美咲には掠りもせず空を切る。
山本の武器で一番警戒しなければならないのは尾の毒針だ。いくらアサルト・キュアのような防具を纏えども、毒を無力化する手段は有していない。
「じっとしてなさい!」
「誰が止まるか!」
いっこうに当たらないせいか山本が苛立ち始める。そして伸ばした尾を引き先端を美咲に向ける。
次の瞬間、針が銃弾のように発射された。
「……で?」
「グ……!」
しかしその針も難なく切り払われてしまう。必殺の威力を持っているが、命中しなければ無意味だ。
更に負けじと連続で発射するも、全て美咲は弾いてしまう。地面を叩き落とされ、空を舞い、真っ二つに切り裂かれてゆく毒針。美咲の身体には掠りもしなかった。
「無駄だよ先生。昨夜と違って明るいから対応は楽だし、そもそもそんなんじゃ私には勝てない」
「くぅ……」
真っ直ぐ切っ先を突き付けられ、悔しそうに後退る。
初見かつ不意討ちならばチャンスはあっただろう。しかし毒針の発射能力を持つキャリアーの前例、更に昨夜の奇襲から美咲は完全に見切っていた。
圧倒的不利。経験、知識を含めた実力に違いがありすぎるのだ。
その時、工場の方から爆発音が響いた。
「何!? 爆発?」
工場から火の手は見えないものの、建物は大きく揺れ、窓ガラスが吹き飛ぶのが遠目からも見える。
驚く美咲と違い、山本は少し落ち着いたように工場を横目で見る。
「全く。松田君も暴れ過ぎですよ」
その一言に美咲は心の中で舌打ちをする。
長引かせれば卓也が危険だ。今後の研究の為にも、彼を失う訳にはいかない。
「少しだけ……」
一気に懐まで飛び込む。
「急ぐ」
「ヒッ……」
既に美咲の刀の間合いだ。赤い軌跡となった刃が山本の胸部を斬りつける。
(やはり浅い……)
ベクターのような毛皮と違い、堅い外皮を有する山本に刃物は効果が薄いく表面を削っただけ。その傷口から抗体で融解した外皮が緑色の液体が血のように流れるも、致命傷には至らない。
「はっ!」
「ぬぅ」
もう一度斬り掛かるも、今度は両腕で防がれた。堅い嫌な感触が刀身から腕に伝わる。
「グ………」
「堅……いっての!」
更に刀を振るうも傷は浅い。
山本は後退りながら距離を開け、つつ傷口を確認する。痛みは有るも思いの外軽傷な事に安堵する。
「ああ、もう! 本当にやりにくい」
一方美咲は声を荒げ両手で柄を握りしめ構え直す。苛立ちを隠しきれず
アサルト・キュアは抗体兵器と呼ばれる刃物を基本装備としている。これはグローバーの体内から抽出した抗体を発症者へ投与する事を目的とした武器だ。大きく斬れば刀身の抗体を多量に体内へ塗布し、刺せば直接注入出来る。
しかし山本のような節足動物型は刃物を通し辛い硬質な外皮を有する上、丸みを帯びている形状が攻撃を受け流している。
もしもっと重量の有る、切る事より叩き割る斧のような物なら有効打になっただろう。だが無い物ねだりしても仕方ない。
(こういう奴の対処方は……)
美咲の視線は山本の首、肩、膝の順に移る。
(関節から斬り落とす!)
その視線を感じてか、山本は冷や汗が止まらない。
確かに個体差はあるが、グローバーに比べキャリアーの方が戦闘能力は優れている。ししかしそれを覆す弱点になる抗体、身体能力を補うアサルト・キュア、そしてそれらを存分に扱えるよう訓練を行う環境。力を得ただけの一般人である山本と、経験も技術も大きく違う。
辛うじて今は耐えていても、その実力差に勝利を得るのは困難だ。
「こうなったら……勿体ないですが仕方ない。来なさい!」
山本が叫ぶと何処からともなく三体のベクターが姿を現し美咲を囲む。一対一で無理なら数を揃えればいい。単純ながらも効果的な戦法た。
駆け付けたベクター達に安心したのか、山本は笑うように喉を鳴らす。
「フフフ……。本当は感染源として使う予定でしたが、君には彼らが効果的かもしれませんね。教えてあげますよ。これは松田君をイジメていた不良グループの皆さんなんですよ」
「…………」
美咲の肩がピクリと反応したのを山本は見逃さなかった。
「さあ、どうしますか高岩さん? 君はクラスメートや学校の仲間を殺せるのですか? 彼らを斬り、ご家族にどんな顔を向けられるのですか?」
楽しそうに声が弾む。正義感を揺さぶれば彼女は戦意を失うと考えたのだ。
「やれ!」
山本の合図に正面のベクターが襲い掛かる。爪を伸ばし、美咲の首筋を引き裂こうと狙いを定める。
だが……
「ギ…………ガ……」
「……………………は?」
ベクターの口には赤い刃が突き刺さり、後頭部まで貫いていた。傷口と歯の隙間からは血の代わりに融解した肉体、緑色の粘液が流れ落ちている。
「……そんなの最初から解っている」
抗体が流し込まれ、頭から溶けて崩れ落ちた。
その残骸に目もくれず、美咲は微動だにせず切っ先を突き付けたまま、刀を握る手に力を込める。その頭を貫く腕に一切の躊躇いも見せなかった。
キャリアーの本能、体内のウイルス達が警告し、今の山本には美咲が人ならざる怪物……鬼に見えていた。
「こ、ここ……殺せぇぇぇ!」
恐怖心に声が震える。種としての天敵、自分達だけに通じる猛毒の塊と言える最悪の生物。彼らにとって、まさに化け物と呼ぶに相応しい存在なのだ。
「キシャァァァァァァ!」
山本の心に感化されたのか、ベクター自身もグローバーの力に恐れたのか、一斉に襲い掛かる。
「……遅い」
爪を振り下ろそうとするが、それよりも速く切断された右腕が宙を舞う。更にもう一体の横薙ぎに振るわれた腕をしゃがみ、同時に足払いで転倒させる。僅か一瞬の出来事だ。
その時、視界の片隅で尾を向ける山本の姿が見えた。
「囮っ!」
美咲は直ぐ様転ばせたベクターを掴み盾にする。次の瞬間には山本が放った毒針が黒い毛皮に深々と突き刺さる。
「ゴ……カ……」
毒が身体を巡り、泡を吹きながら痙攣する。
常人なら死に至る毒も、ベクターの桁外れの生命力ならば耐えるのも容易だ。しかし命を繋ぎ止める事は苦痛を長引かせているだけ。今はその力が仇となっていた。
美咲は掴んでいた手を離す。
「さようなら」
背後から心臓を一突き。刀身の赤い光がベクターの身体へと伝わり、抗体が流し込まれる。
二、三秒経ち刀を引き抜くと、傷口から全身が溶け崩れ落ちる。
「………………」
顔が隠れ表情は解らないが、無言で山本を睨む。彼女の心を揺さぶるのは不可能。瞳には一人と敵として映されている。
山本から視線を外さぬまま左腕を最後のベクターに向ける。そこから発射されたワイヤーが首に巻き付き、美咲の傍まで引き寄せられる。
首を締め上げられもがくも、片腕ではどうする事も出来ない。
美咲は持ち上げたベクターの背中に身を隠し駆け出した。
「た、盾? 君は悪魔ですか!」
そう言ってはいるが彼に仲間意識など存在しない。山本にとってベクターは雑兵であり、名前通り感染を広げる媒介者でしかない。
毒針を発射し迎撃しようとするが、ベクターの身体に突き刺さるだけで貫通せず美咲には届かない。
そうしている内に、もう目の前まで接近していた。
針が駄目ならもっと破壊力のある武器でやれば良い。右腕の鋏を突き立て、ベクターもろとも美咲を貫こうとする。
「っ! 死ねぇ!」
鋏はベクターの溝尾に突き刺さり、そのまま内臓を掘り進みながら背骨を裂き、背中を貫通する。
しかしその先、美咲の身体に到達した感触は無かった。
「? ……まさか!?」
血を吐きながら苦しそうに呻くベクターの首。そこには締め上げた痕が残り、ワイヤーが無くなっていた。
後ろから聞こえた砂を踏む音。背後を見ると、既に刀を構えた美咲の姿があった。やられる。そう思うよりも速く身体が無意識に動く。
背後の美咲を串刺しにしようと、尾を一直線に突き出した。
「!?」
その尾も当たる事も無く地面に突き刺さり、美咲の足に押さえ付けられる。
「邪魔ね!」
両手で刀を握り全力で振り下ろす。刃は尾の節々の隙間に吸い込まれ、一撃で切断する。
「ヒグッ!?」
切断面から緑色の粘液が撒き散らされる。跳ねた粘液が美咲のコートに散らされた。
尾を切り落とされた反動で前に倒れそうになるが、よろめきながら数歩足を進めた。
「ハァ!」
「ぬぅ……」
続けて刃を振るう美咲の前に、鋏を引き抜いたベクターを押し飛ばす。
傷口は塞がっていないものの、毒からは回復したのだろう。ふらついた足取りをしながら、ゾンビのように呻き声と力無く前に腕を伸ばし襲い掛かる。
遅い、鈍い、殺意すら感じられない。そんな者は単純な的でしかない。
「いい加減に…………しろぉ!」
踏み込みつつ一直線に振り下ろす。すれ違いざまに一閃。脳天から真っ二つになり、二つの水溜まりに変貌する。
刀身にへばりついた粘液を振り払い、刀を左手に持ち変え、それを見た山本はいまにも逃げ出しそうに後退る。
「た、高岩さん……君には人の心が無いのか? 今殺したのは…………」
「人の心? こんなに感染を広めた先生に言われたくないかな。それに……」
ヴィラン・シンドロームを発症した者の末路。グローバーにより治療された結末。生物としての形すら失った緑色の水溜まりに視線を一瞬向ける。
「殺す以外に治療法は無いんだ。非難される覚悟なんて二年前にとっくに出来ている」
視線を山本に戻し、コートから注射器を取り出す。
「私達グローバーの行いが罪なら……それでもこの病から人々を守れるなら、全部まとめて背負う。あんたみたいな怪物に、人の世界は渡さない」
「ぬぅ……」
注射器を左手甲の手首部分にあるスロットに当てた。
「最後に質問するわ。あんたを感染させたのは……ペンギン男かしら?」
「ペンギンんん? そんな奴、私が知るか!」
山本が鋏を振り上げ駆け出し、美咲は注射器を差し込む。
本来なら逃げるのが一番の安全策だろう。しかし彼の脳内には恐れ以上に彼女への殺意が不自然な程高まっていった。美咲を、彼女の体内の抗体を排除せよと全身のウイルスが騒ぎ出す。
『オーバードーズ』
全身に薬が巡り、体温の上昇と共に装甲の隙間から蒸気が溢れる。そして刀身が一層強い光を放ち、両手で握ると目にも止まらぬ速さで振り上げた。
鋏と刀が衝突し、山本の右腕が吹っ飛ぶ。
威力は桁違いに上昇している。斬るのではなく、溶断するように切り裂くのだ。
「これで最期……!」
刃を上に山本の胸を貫く。
「ガ…………」
「せぇい!」
そして真上に切り上げ、上半身を真っ二つに切り裂いた。
切り口は溶けながら緑色に変色。膝を着き倒れると山本の身体は姿を消し、緑色の水溜まりが広がっていた。
「先生の授業、嫌いじゃなかったよ」
そう呟き刀を鞘にゆっくりと収める。そして工場の方へと少しふらつきながら駆け出すのだった。




