そこにいるのは誰だ
一方その頃、美咲は学校の屋上で一人佇み電話をしていた。空は日の光が眩しく輝いており、雨が上がって間もないせいか辺りには水溜まりが散在し、反射した光で屋上を更に照らしている。
「はい、やはり松田君の所在は不明です。学校にも昨日から連絡が無いようでして」
『そうか。まあ、当然と言えばそうだが……。恐らく一昨日の放課後以降に感染したのだろうな』
電話の相手は博幸だ。美咲は松田の足取りを探っていたのである。
しかし結果は何も掴めていない。そもそもお互い正体が判明している以上、ノコノコと学校に現れるはずがないのだから仕方ないだろう。
「ただ、彼をイジメていた生徒達も行方不明になっています。元々素行の悪いグループだったので、今の所はいつものサボりと判断され大事にはなっていませんが…………。他の生徒に聞いてみても、連絡が取れないようです」
『君の報告から考えると、無事ではないだろうな』
「私もそう思います。感染し生きているのか、それとも……。どっちにしろ今の彼が放置するとは考えられません」
力を、人の身を超えたた彼がどのような行動を起こすか、想像するのは難しくはない。昨晩の凶行や普段の言動から、負の感情が爆発し人間らしい理性が残っているのかも怪しい。
美咲はそんな彼を見てあるモノを思い出した。
あれは一月程前だったか。深夜に何気なく着けたテレビで放送されていたアニメだった。少年がとてつもない能力を得てイジメっ子達に復讐する物語だ。
正直美咲はあまり好ましく思わなかった。復讐を邪魔しようとする男は排除するのに、止めようと説得してきた少女は巻き込まれないよう守る。物語の都合上仕方ないのは理解出来るが、その微妙にずれた行動がどうも負に落ちなかった。
(いや、そんな生ぬるくはないか)
状況が似ているせいかそんな主人公と松田を重ねて見ていたが、即座に違うと否定する。寧ろその主人公の方がマシに見える位、松田の行動は悪質だろう。
キャリアーとしての本能、人類に対する敵対心が彼を本物のバケモノに仕立て上げたのだ。
『しかしなぁ……』
不意に博幸がぼやく。
『松田君……だったかな。彼も不幸な少年だよ。あのような家庭では、潜伏せずに暴走してもおかしくはない』
「彼の家庭ですか?」
『ああ、正直驚いたよ。教育熱心に見えるがあれは最早虐待だ。自分を優れた人種と豪語し、子供も求める結果を出せなければ不良品扱い。子供は自分の付属品としか見ていないようでね。話していて不愉快だったよ』
いつも落ち着いた口調の博幸と違い、相当苛立っているのが声色からも解る。
子供が優秀である事が自分のステータスであり、優れた子の親と言う肩書きが欲しかっただけ。本当の意味で親子として向かい合わず、成績等の数字だけした見ていない。望まぬ結果を出すのなら不要と切り捨てるような親だった。
恐らく松田の性格もこの親が原因だろう。結果を出せねば見捨てられ、追い込まれながらも父親の理想の自分を保つために周りを見下さなければならなかった。
自分をイジメる人間も、成績の劣るクラスメートも、彼には等しく下等生物だと言い聞かせていた。
ある意味彼も被害者だろう。しかし……
「それでも……それでも彼の行いも、キャリアーとして存在を許す免罪符にはなりません」
美咲は同情もせずバッサリと切り捨てる。
どのような過去があろうとも、彼女の前では何者も等しく一体のキャリアーでしかない。情を持たずただ人類の敵を切るのみ。彼女にはそれだけの覚悟があった。
『相変わらず手厳しいが、とても頼もしいよ』
「私は仕事をしているだけです。ヴィラン・シンドロームは、世界が立ち向かわねばならない病ですから」
十代の少女らしかぬ振る舞いだが、彼女はグローバーとしての責務を全うしているのだ。
『状況は良いとは言えない。あの毒針のキャリアーが感染を広げている可能性が高いからね。こちらでも調べはするが、美咲君も気を付けてくれ。敵は一人ではない』
「はい。では失礼します」
電話を切り小さくため息をつく。
一対一ならば負ける事は無いが、複数体なら事情は変わる。人員不足もあるが、本来美咲のキャパシティを超えた案件だ。
だがやらねばならない。次に姿を現した時こそケリをつける。そう心に誓った。
その時、パシャリと水溜まりを踏む音が聞こえた。
誰かいるのだろうか? もしかしたら今の話しを聞かれていたのだろうか? それなら非常に面倒な事になる。
美咲は直ぐ様振り向いたが、その目の前には今にも彼女を刺し貫こうと一本の針が迫っていた。
「危……!」
あと一瞬。あの足音が無ければ危なかっただろう。既の所で身体を捻り避ける。無理矢理な体制で避けたせいかバランスを崩しそうになるが、ギリギリの所で踏みとどまる。
「…………嘘でしょ?」
美咲の視線の先、そこには褐色の西洋甲冑に似た怪物、サソリ型キャリアーがいた。
「フン、勘が良いのか運が良いのか……。いや、プロは簡単にはいかないと言う訳だな」
そうぼやくキャリアーを美咲は驚いたように見詰める。まさか学校に現れるとは思っていなかった。
キャリアーやベクターにとってグローバーは最大の天敵であり、とてつもなく強い生理的嫌悪感を抱かせる存在だ。もし学校にいたのなら、周りの目を考えず察知した瞬間に襲いかかるはずだ。
自分の生活環境を守る為に鋼のような強固な理性で自制していたのだろうか。もしくはグローバーの危険性を知って逃げていたのだろうか。
(どっちにしろ向こうから来たのは重畳。不意討ちはキツいけど、正面からなら負けはしない。こいつが今回の元凶だろうし、ここで仕止める)
キャリアーを視界に捉えたまま、ブレザーの内ポケットに忍ばせている注射器に手を伸ばす。校内で戦うのは望ましく無いが、放置するのも危険だろう。
警戒する美咲とは違い、キャリアーはやる気があるのか解らないような飄々とした態度だ。
「やれやれ、コツコツと感染を広げていたのに、あの馬鹿のせいで計画がパーだ」
大当たり。先日、グローバーとなった男性を殺害したのは確実にこのキャリアーだ。選ばれし者だなんて大層な呼び名を教えたのもこいつだろう。
キャリアーは小さく笑いながら後頭部から伸びる尾を撫で、その先端からは針が飛び出し透明な液体が滴る。
「で、貴様の存在は危険だし、いい加減目障りになったので苦労して探し出したのだが……。暗殺失敗とは残念だな」
「…………ベラベラとよく喋るわね」
大抵は問答無用に襲い掛かって来るのだが、こいつは妙に喋る個体だ。
少し不信に感じながらも美咲は周囲も警戒する。もし松田もこの場にいるのなら、隙を作る為に話し掛けているのかもしれないからだ。
「私を探しに来たのはご苦労様。お喋りついでに私の質問にも答えてほしいんだけど」
確認しなければならない事がある。この個体は本来キャリアーが知り得ぬ事を知っているのだ。
左腕にはいつの間にか腕輪が着けられ、ブレザーから注射器を取り出す。
「あんた……ヴィラン・シンドロームを知っているわね? 自分の身体の変化、その原因のウイルスを知っている」
「だとしたら?」
「誰が教えたのか、答えてもらう」
低くドスの効いた声だった。
ヴィラン・シンドロームは世間に公表されていない。その為、キャリアーは自分が病気である事を知らない者ばかりだ。感染させる意図を持たないせいか、人を襲っても発症する前に殺害してしまうのも珍しく無い。
しかしこのサソリ型キャリアーは違う。何処からかこのウイルスを知らされている。
睨み付ける美咲に、キャリアーはクックッと笑い出す。
「こいつは失言だな。いやぁ、不味い事だ」
一歩づつゆっくりと後退る。
「学校だなんて嫌な所にいるせいか、失敗したかな。部外者は大人しく立ち去るとしよう!」
「っ! 待て!」
そのまま背後の柵を尾で切り裂き、屋上から飛び降りる。美咲も急いで追い掛けるものの、下を覗き込んだ時には人影一つ存在していなかった。
「…………成る程ね」
外を一瞥すると急いで校内へ駆け出し、階段を数段飛ばしで駆け降りる。踊場をものともせず、スカートが捲れるのも気にせず手摺を飛び越えた。
廊下の角を曲がろうとした所誰かにぶつかる。
「……っ」
「っと」
自分よりも一回り高い身長。ぶつかったのは一馬だった。
「高岩さん? どうしたの、そんなに急いでさ」
「井上君……。ぶつかってごめんね。あ、私早退するから」
「へ?」
何を言っているのか解らず一馬は首を傾げる。そんな彼を余所に美咲は教室へと駆け込むのだった。




