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逆恨み

 雨の音が止まらない。古びた屋根をコンコンと叩き、欠けた穴から流れる水が室内を濡らす。

 ここは町外れの廃工場。誰からも見捨てられた静かな場所に人影が一つだけあった。

 だがその静けさを壊す暴言が突如として響き出した。


「あいつら…………絶対に許さない!」


 錆び付いたドラム缶を蹴り、叫びながら周りに当たり散らす一人の少年。松田がそこにいた。

 抗体は既に効力を失ったのだろう。顔の融解は止まり、少しだが身体に力が戻っている。しかし完全に傷を再生する事は出来ず、顔の左半分はケロイドのようになっていた。

 卓也の抗体は確実に松田の身体を蝕んでいる。

 美咲に耳を切り落とされ、卓也には顔めちゃくちゃにされた。その怒りに身を任せ暴れる姿は、自分が嫌悪する不良達よりも酷い有り様だ。

 しかし彼はそんな事を考える余裕も無かった。身体のダメージはそれ程大きかったのだ。


「藤岡も、高岩も……僕が潰してやる! あんなゴミが僕を傷付けるなんて、あってはならないんだ!」


「痛っ!」


 蹴ったジュースの空き缶が誰かに当たる。そこにいるのは金髪の少女、佐久間だった。

 彼女の服は土に汚れ、両手足には鎖が巻かれている。佐久間は怯え震えながら荒れ狂う松田を見ていた。


「……おい、何見ているんだよ」


「ヒッ……」


 佐久間の視線に気付きギロリと睨む。そしてふらついた足取りで彼女に近づき、髪を掴んで崩れた顔を見せ付けるように引き寄せる。

 そのおぞましい風貌に佐久間は言葉を失い、ただ乱れた呼吸音しか出なかった。


「佐久間……お前今笑っただろ。僕よりも雑魚のくせに随分と偉そうだなぁ」


「ち、違……」


 言い終わる前に佐久間の顔を地面に叩きつける。

 彼女は笑ってなんかいない。こんなもの言いがかりでしかなかった。

 ただ松田が不快に感じただけ。彼女が気に入らないから、苛立ったから理不尽を押し付ける。しかしそれは佐久間が今まで彼にしてきた事。それが自分の身に降りかかってきたのだ。

 自業自得と言えばそれで終わりだろう。だが状況はそんな簡単な事では無い。今の松田は人間ではないのだ。そんな怪物に捕えられた現状に恐怖しか感じられなかった。

 松田は彼女の怯えた目に笑みを浮かべる。


「もっと無様に怯えろ。その顔が見たくてお前だけ感染させなかったんだよ……なぁ」


 彼は今までにないくらいに楽しそうに頬を吊り上げ、その背後で黒い影が蠢く。

 ほんの僅かな明かりを反射する無数の眼光。それらが小さく低い唸り声を上げながら地面を這いずる。


「ギギ……」


 ベクター達だ。ネズミ型怪人達が松田の背後で待機していた。彼らの目には佐久間だけを映し今にも襲い掛かろと構えている。


「感謝しろよ? 僕が抑えているから無事なんだからな」


「…………クッ」


 佐久間は頭を踏みにじられ悔しげに顔を歪ませている。自分が圧倒的に上だと感激し、優越感に笑いが止まらない。

 だが彼女に抗う術は無い。一緒にイジメていた仲間は全員松田に半殺しにされ、巨大なネズミへと変わってしまったのだ。


「キモい、クズと罵倒していた者に虐げられるのはどんな気持ちだ? ん? 結局、本当に価値のある者が誰か証明されただけだなぁ」


 弱者を傷付け玩具にするのは快感だ。彼は自分がされていた事を思いながらも自分がされるのは悪であり、逆にするのは正当な行為だと思い込んでいた。

 その時松田のスマホが鳴る。踏みつけた足に力を入れながら彼は電話に出る。


「……ああ、さっきのは感謝してるよ。…………そうかい、そんなに僕の力が必要か。ちゃんと僕の手伝いをしろよ」


 電話を切り、足元の佐久間を一瞥し自分の指を舐める。そして佐久間の髪を掴み顔を傍まで近づけた。


「な……何すんだよ……」


「ゴミから捨て駒にしてやるよ。少しだけ価値を上げやるんだから感謝しろ」


 松田の顔には笑みが消え失せ、鋭い視線で佐久間を睨む。声も心なしか落ち着いており、先程の当たり散らしていた時とは正反対だ。

 そして松田は舐めた指を佐久間の眼球に突き刺した。


「ぎ…………いあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 痛、痛い痛い痛い痛い!!!」


 痛みに悲鳴を上げ踠くが、鎖で拘束された身体ではただ身を捩る事しか出来ない。


「まっ、君のような下等な女は……ネズミにしかならないだろうね。僕のような選ばれし者にはなれない」


 手を離し佐久間は足元で痛みに震えている。目から流れた血が彼女の服を赤く染めてゆく。

 松田は悶える佐久間を見ながら欠伸をし、指を鳴らすと一体のベクターが彼女を押さえ付け鎖を外した。


「もっと遊びたかったが、あの二人を消すのに手駒が必要でね。お前も感染してもらう」


 暫くの間悶絶していた佐久間だったが、やがて彼女はゆっくりと立ち上がった。言葉も発さず、残った目は虚ろで光を失っている。

 その様子を見た松田は踵を返し歩き出す。彼の背後にいた少女の姿は消え、そこには一体のベクターが立ち去る松田の背を見詰めていた。

 雨の音がまた強くなる。それと共にベクター達の唸り声もまた大きくなっていったのだった。


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