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21/69

蝙蝠

 美咲が駆け出し、卓也が後に続く。


「いっ……!」


 二人が同時に。その状況にキャリアーは一瞬たじろいだ。バラバラに攻めていた先程と違い、お互いを意識するような目配せをしている。そこに嫌な予感があった。


「この……死ねぇ!」


 息を大きく吸い喉が膨れる。一瞬溜めたかと思うと、口元の空気が震れ空間が歪んだ。そして口から耳が千切れるような音と震動が発射される。

 超音波砲。彼はそう名付けていた。

 自慢の一撃、必殺技だと自負している。自分のような目に頼らない感覚を持たない者でなければ、不可視の攻撃に反応するなんて出来やしない。


「高岩!」


「っ!」


 しかし二人は左右に分かれ飛び退き避ける。地面が砕け散り土埃が舞い上がるが、それを突き抜け止まらない。


(やっぱりか。コウモリといえば超音波だからな)


 卓也は砕けた地面を一瞥する。

 二人は喉を膨らませた時点でこの攻撃を予測していた。美咲は他のキャリアーとの戦闘経験からの勘、そして卓也は今まで見てきた特撮怪人の能力から推察したのだ。


「この……屑のくせにぃ!」


 避けられるなんて思ってもいなかった。何が起きたのかも理解出来ず死んでゆき、それを嘲笑うのだと信じていた。想定外の出来事に焦りよりも怒りが込み上げる。彼の自尊心とプライドが許さなかったのだ。

 とにかく距離を離すのが先決だ。刃物を持つ相手に近づく訳にはいかない。

 だが彼の周囲に緑色の蔦が囲うように伸びる。今までの突き刺す槍ような物と違い、太く大きいせいかその動きは明らかに鈍かった。

 そしてその蔦からこちらに近づく足音が聞こえる。


「ハッ!」


 美咲だ。螺旋を描くようにキャリアーへ伸びる蔦の上を走っている。

 空を飛ぶ相手に攻撃は届かない。跳び跳ねても直線的で避けられる。ならば空に続く道を作れば良い。卓也の能力ならば可能だ。


「そんなメチャクチャ……なっ!」


 息を吸い込み超音波を放つも、美咲は既に別の蔦に飛び移り誰もいない蔦を破壊しただけ。

 この策は正解だった。足場さえあれば飛行能力に対応出来る。更に……


「獲った!」


 一瞬の内に接近し首を狙い振るわれる赤い刃。避けようにも周りを囲まれてしまい逃げられない。否、僅かだが逃げ場はあった。周りを囲むように伸びていたせいか、少しだけ下に空きがあったのだ。

 もし地に足が着いていたらしゃがんで避けた、と言えただろう。上昇すれば避けきれず胴体から真っ二つだ。高度を落とし頭が飛ぶ事だけは避けられた。

 しかしその大きな耳が仇となり、右耳が切り落とされる。


「グ…………ガァアアアアアア!」


「くっ!?」


 反撃とばかりに超音波をぶつける。とっさに刀で防ぐものの、大きく吹き飛ばされてしまう。そのまま地面にまっ逆さまかと思いきや、一本の蔦が彼女を受け止めた。

 溜めていなかったせいか威力は低く損傷も無い。しかし脳を揺さぶられるような感覚と耳鳴りに目眩がする。


「へ……へへ。無ざ……」


 やり返してやった。最後に立っていたのは自分だ。

 そう思い込んでいた。

 彼は忘れていた、もう一人の存在を。片耳を失い、痛みに気を逸らされ気付いていなかった。


「無様なのはお前な」


 眼前にまで卓也が近づいていた。身体を捻りつつ、彼の右足は琥珀色に光っている。


「ヒッ……」


「シャッ!!!」


 左頬を回し蹴りが直撃する。顎を砕き顔が潰れ、その衝撃に首から身体が回転し地面に叩きつけられた。

 卓也はそのままバランスを崩しかけるも着地。視線の先には倒れる巨大コウモリがいた。


「っと。……やったか?」


 確かに抗体を叩き込んだ。蹴りの手応えもある。

 確認しに近づこうとしたが、卓也の目の前に美咲が降り立つ。彼女は耳を痛そうに押さえているものの、足取りはしっかりとしている。ダメージは思いの他小さいようだ。


「高岩さん、大丈夫か?」


「少し耳鳴りがするけど無事よ。ありがとうね」


「いや、別に……。当たり前の事をしただけだよ」


 照れ臭そうに頬を掻くが、美咲は卓也よりも倒れたキャリアーの方を見ている。


「…………まだ生きてるか」


「え?」


 ゆっくりだが起き上がった。痛みだけではなく、怒りも混じった荒い息遣いで這いつくばりながらも必死に立ち上がろうとしている。

 その顔は爛れ、緑色に変色し崩れていた。


「糞が……」


 キャリアーの声色が変わる。今までのような金切り声ではない、若い男の声だ。恐らく超音波を操作する要領で声を変化させていたのだろう。


「カスが、下等生物が、このゴミどもが! お前らのような劣等種が僕を傷つけるだなんて許されると思っているのか! え、え、選ばれし者である僕を!」


 子供のようにわめき散らし罵倒する。自分は優れた存在であり、卓也達は劣った者と決め付けている。

 この声、そして他者を見下す言動に卓也はハッとする。


「まさか…………松田?」


「松田君?」


 美咲も驚いたが、すぐに合点がいく。声も聞き覚えあるし、このプライドの塊のような物言いも知っている。


「元々良いイメージは無いけど……ここまで堕ちるとは。いや、キャリアーになったせいで余計におかしくなったのかな?」


「クッ……ブスの高岩のくせに! 藤岡ぁ! お前もカスらしく僕に殺されてれば良かったんだ!」


「松田…………」


 何故彼が感染しているのか。そして発症した松田が何をしていたのか。想像もつかない出来事があったのかもしれない。

 それでも彼の桁違いの自尊心とプライドは変わる所か、美咲の言う通り増長しているようにも見える。


「藤岡は八つ裂きにして殺す。高岩は犯した後に殺してやる……」


「あら、そんな事したらあんたの粗末なソーセージが溶けるだけよ」


「うぐっ……」


 言葉に詰まる松田、彼を相手にするのも疲れたように美咲はため息をつく。


「せててクラスメートとしてこれ以上苦しませないようにするから。そこ動かないで」


「こ……の……」


 赤く光を放つ刀身、逃げる余力も無い身体。絶体絶命の状況だ。

 美咲からすれば弱りきった獲物が転がっているだけ。任務をこなす事が最優先だ。

 確かにクラスメートとして思う所はある。しかし彼の行いを許す事は出来ない。そしてキャリアーを生かしておく事もだ。


「…………え?」


 その時、何かに気付いた松田が後ろを向く。彼の視線の先は光の無い暗がりであり、美咲には何を見ているのかわからなかった。

 だがその行動に足を止めてしまった。

 本来敵対者から視線を外し背中を見せるなんて自殺行為だ。松田が素人とはいえ、そこは理解しているはず。だからこそその視線の先に警戒してしまう。


「………………っ! 藤岡君、危ない!」


「え?」


 暗がりから迫る小さな光。街灯の光を反射した何かが卓也目掛け飛んで来るのが見えた。

 叩き落としたそれは褐色の一本の針だ。何とか反応出来たが、松田が見ていなければやられていたかもしれない。


「ちぃ……。もう一匹いた……か!」


 続けて一発、二発と放たれる針を次々と切り払う。


「私の後ろから動かないで。狙い打ちされる」


「で、でも……」


 その隙を松田は逃さなかった。ふらつきながらも立ち上がり、翼を広げ飛び立た。


「松田!」


「ふん。次はお前を殺してやる。藤岡、お前の罪は不敬ですむ話じゃないからな!」


 暗い闇夜の空に消えてゆく姿をただ見ているだけしか出来なかった。

 そして彼が飛び立つと同時に針も止まった。


「時間稼ぎ……か」


 警戒を解き美咲は残念そうに空を見上げる。もう松田の姿は見えない。彼を取り逃がしてしまったのは痛かった。


「松田が……どうして」


「…………もしかしたら、こいつがやったのかも」


 美咲は切り払った針を拾い上げる。以前グローバーとなった男性に刺さっていたのと同じ物だ。


「最近増えたベクターの発生も、松田君の感染も………っと」


 針を投げ捨て刀を握り直す。


「藤岡君、もう一仕事増えたわ」


「仕事?」


 美咲に促され卓也が振り向いた先、そこにはあの少女が立っている。血走った瞳、荒い息遣い。低く唸り声を上げながら少女は二人を睨んでいた。


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