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ヒトノセカイ

 日曜日の夕刻、とある高層マンションに一人の少年が入って行った。

 富裕層用の高級マンション。そんな場所に不釣り合いな風貌をしていた。服装はそれなりの物だが、所々破れ顔にアザも見られる。

 その少年、松田は悔しげに目に涙を浮かべながらエレベーターに乗り、最上階にある自宅へと駆け込む。


「……ただいま」


 松田はリビングに入り、ソファーに座りながらテレビを見る両親に帰宅を告げるが、挨拶所か二人は彼の方へ振り向きもしなかった。まるで彼が存在していないかのように無視を貫いている。


「…………っ」


 苛立つ気持ちを抑えながらも強く口を閉ざす。ぞんざいに扱われようとも何も言えない、文句の一つも出せなかった。

 二人に聞こえないような小さな舌打ちをし、自分の部屋に向かおうとする。


「弟に迷惑を掛けるなよ。お前のように失敗されては困るからな」


 父の一言に顔を歪める。怒り、絶望、悲しみに塗りつぶされそうだ。

 早歩きで部屋に入り扉を勢いよく閉じる。そして椅子を蹴り飛ばした。


「クソっ! 何で僕ばかりこんな目に会わなきゃならないんだ! 父さんも……」


 八つ当たりするように何度も踏みつけ、テーブルの上の物をなぎ倒す。

 父は気付いていたのだ、自分に何があったのかを。そしてもう自分に価値も無く、家族としても見られていない事を。

 彼は本来もっと偏差値の高い学校に行く予定だった。しかし体調を崩し受験に失敗。家族も自己責任と軽蔑され、今ではこの様だ。


「ふざけるな、たかが受験に失敗しただけなのに……。何で僕ばかり……」


 肩で息をしながら震え、やがてベッドに倒れた。

 家族からも邪魔者扱いされ、味方は誰一人としていない。友も頼れる者もだ。正確には自分から求めようとしていなかった。自分が行くべきではなかった学校。そこに通う生徒も教師も見下していたのだ。

 こんな低レベルの連中と付き合わない。関係なんか持ちたくない。

 しかしその態度が悪手だった。クラスの不良グループに目を付けられ、今では立派なイジメられっ子になってしまったのだ。


「僕が屑なんかに……」


 それでも彼は考えを、態度を改めようとしなかった。その結果が悪循環を呼び、今日も恐喝とサンドバッグに利用されていた。

 その時、携帯が鳴る。


「…………煩いな」


 SNSを伝いメールが来る。その内容に舌打ちしながらも彼は画面を見て、先程とうって変わってほくそ笑んだ。


「……まあ、屑でも面白い事を考えるじゃないか。僕にもメリットがあるし……オモチャを与えれば静かになるかな」


 その笑みは決して明るいモノではなかった。下品で舌なめずりをしながら笑うその姿は、彼をイジメている不良と全く変わらないのを気付いていない。

 それは誰にも、彼の家族も知らない姿だった。





 翌日の昼休みになった頃。教室では授業が終わり、生徒達が昼食にしようと机を片付け始める。

 卓也も周りと同じように教科書やノートを机にしまい、カバンから弁当箱を取り出そうと手を伸ばした。勿論今日も井上兄妹と昼食を過ごす予定だ。

 今日はきちんと普通の弁当を持って来ている。食欲は相変わらずだが、昨日のようなミスはしないよう準備はしてきた。

 隣では美咲がビニール袋、おそらくコンビニの物を持ち席を立つ。が、そこに二葉が美咲の机に寄りかかり顔を突き出した。


「美っ咲ちゃん。お昼一緒に食べよ!」


「………………はい?」


 美咲は目を点にしたまま手を止めてしまった。そんな彼女と違い、二葉はいつもと変わらぬ満面の笑顔を向けている。そしてその背後では一馬が申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。

 数秒考えるように目を泳がせ、卓也に助けを求めるように一瞬視線を送る。しかし卓也はそれを拒むように反らし、自分の弁当を取り出す。


「………………もぅ」


 目を輝かせる二葉に毒気を抜かれ絶句する。そして諦めたようにため息をつくが、何処か嬉しそうに頬を緩めていた。


「じゃあ……ご一緒させてもらおうかな」


「そうこなくっちゃ!」


 ニッと歯を見せるように笑う姿に釣られ、美咲も一緒に微笑んだ。

 仕事の事もあり、美咲は同年代との付き合いが苦手だ。ただのクラスメートとして極力関わらず、必要最低限の付き合いと距離を保とうとしていた。

 万が一親しい者が感染し発症したら? そう考えるだけで背筋が凍るような気持ちになる。だからこそ周りとの関わりを控え、友好的にされないようわざと根暗に見える風貌にしたのだ。

 卓也から二葉、一馬の方に視線を動かし三人を見る。


(……まっ、藤岡君と近いし関わって損は無いかな。彼の近くにいるから、発症者に襲われる可能性もあるし)


 少しは好都合だと自分に言い聞かせ昼食を机に置く。


「卓也、高岩さんの机に寄せて。俺は……平石の席借るか」


 一馬は空席になった卓也の前の席に座り、二葉も近くの生徒から椅子を借りる。そして先日のように四人で机を囲んだ。


「さてと……」


 卓也は弁当箱を広げ箸を手にする。中身は普通の唐揚げ弁当だ。


(……………やっぱり)


 一口だけ食べて箸を止めかける。しかし周りに合わせるように再び手を動かし出す。


「で、二葉のやつ毎日俺が見てやらないと勉強しないんだ」


「教わりに来てるだけだよー。兄妹なんだから良いじゃんね?」


「少しは自力でやるべきだと思うんだけど……」


 談話する三人を余所に卓也は心の中でしかめっ面をしていた。

 久しぶりの食事なのに食欲が湧かない。味に違和感や食べた感覚が嫌な訳ではない。ただ好ましく思えなかった。

 否、意味を見いだせないのだ。無意味な石積みをしているような、そんな錯覚さえ感じるくらいに。そしてその感覚は以前よりも強くなっているのが確かに感じられる。


「どうした卓也?」


 一馬に声を掛けられ我に返る。


「あっ、すまん。ちょっとボーっとしていた」


「昨日から多いな。まだ本調子じゃないのか?」


「大丈夫。風邪ひいて飯喰う量減ったせいか、食欲が落ちてさ……」


「なるほどな。俺もそんな事あったな……」


 また嘘を付いてしまった。その罪悪感に表情を曇らせかけるが、既の所で踏みとどまる。

 その時だった。


「ひっ!」


 美咲が小さな悲鳴と同時に自分の携帯を落としたのだ。その音に卓也と一馬も思わず彼女の方を見てしまう。


「……何かあったのか二葉?」


 卓也に呼ばれ驚いた表情のままこちらを振り向いた。


「いや、その……。ちょっとアカの交換して……そしたら…………」


 SNSのアカウント、ただの連絡先交換をしただけ。それだけなのに美咲は何かに驚いたのだ。携帯を思わず落とす程に。


「お前まさかトップ画変なのに変えたんじゃないだろうな」


「そんなのしないって、卓也じゃあるまいし」


「いや、俺もそんな事しないって」


 一体何があったのか解らないが、いたずらの類いでは無いようだ。では美咲は何に驚いたのか、聞こうとすると彼女も現状を把握し携帯を拾い上げる。


「ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃって」


「何かあった? もしかして別のアカウント登録しちゃったとか……」


「違うよ。ちゃんと井……二葉のだったし。これだよね?」


 美咲は自身の携帯の画面を見せる。そこにはデフォルメされたペンギンのイラストがアイコンが表示されていた。確かにそれは見知った二葉のアカウントだ。何に驚いたのか、三人は皆目見当もつかない。

 美咲は少し言いづらそうに口ごもるが、頬を掻きながら答える。


「実はペンギン…………と言うか、白黒の動物が苦手で……」


「「「へ?」」」


 予想外な理由にすっとんきょうな声が出る。彼女は二葉のアイコンに驚いていたのだ。それもただのペンギンのイラストに。


「昔水族館でペンギンの餌やり体験があって、その時に噛まれてから苦手なのよ。ペンギンみたいな白黒の配色が……」


 ペンギンは可愛らしい動物の筆頭とも言えよう。本来嫌う人は少ないはずだ。

 

「め、珍しいね。私は好きだからこれにしていたんだけど……」


「ちょっと驚いただけだから、解ってれば平気」


 笑いで誤魔化すような仕草に、何と声を掛ければ解らなかった。ただ苦手なモノがあるだけ、それがバレただけ。簡単に笑い飛ばせるような話しなのに何故か申し訳ない気持ちになる。


「いやー、パンダとかシマウマとか苦手なの治らなくて……。ちょっと顔洗ってくるね」


「あ……行ってらっしゃい」


 二葉が手を振りながら美咲を見送る。卓也と一馬も目が点になったままだ。三人はお互いに顔を見合せたまま、どうしようかと苦笑いを浮かべた。

 卓也は箸を置き椅子に寄りかかる。


「何と言うか、イメージと違うな。意外過ぎる」


 人々の為に日夜発症者と影ながら戦い続けている美咲。そんな彼女からは想像もつかない姿についつい笑ってしまいそうになる。

 寧ろ苦手なモノがあるだなんて人間らしいと思えた。彼女はただ戦う戦闘マシーンではない、一人の少女なんだと。



 美咲が廊下で一人頭を掻きながら壁に寄りかかっていた。周りには生徒達が行き交い、人々の流れを呆然と眺めていた。


(相変わらずダメね。直らないなぁ……)


 無意識の内に自分の手のひらに視線を移す。細かい傷痕が残る、おおよそ十代の少女のとは思えぬ手に苦笑が溢れる。

 苦手なのは仕方ない。嫌いなのも当然だ。ただそれを引き摺り続けているのはつまらない。そんな風に感じてきた。


「もっと大人になれって事かな。いつまでもぐじぐじしていちゃいけないし」


 両頬を叩き気合いを入れ直す。三人の所へ戻ろうと歩き出した。

 しかし教室まであと数歩の所で美咲は声を掛けられる。


「高岩、少し良いかな」


 振り向くいた先にいた一人の少年。クラスメートの松田がそこにいた。

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