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にちあさ

 日曜日の朝。とあるマンションの一角、そこの一部屋にあるベッドに誰かが寝ている。

 部屋にはベッドと机、壁際の棚には漫画や古ぼけた剣や銃の玩具が飾られていた。

 子供向けのヒーロー番組に出てくる、凝ったギミックや飾りを着けた武器。電池を入れ電源を点ければ音が鳴り、別売りの小道具を着けると必殺技の音声が出る。そんなただの玩具だ。

 不意にベッドの枕元に置かれた携帯が鳴る。


「……んあ」


 布団からゆっくりと手が伸ばされ、携帯を手に取り欠伸をする。布団から出てきた少年、卓也は画面を確認し身体を起こした。


「朝…………それに時間か。……っし」


 あの日から数日。卓也は家へと無事にもどれた。幸いな事に両親は感染しておらず、卓也からウイルスも検知されなかった。しかし卓也の身体の変化、その原因も理由も不明なままだ。

 何故キャリアーでありながら抗体を有しているのか? 血を抜き、尿を取り、レントゲンに超音波。調べられる事はやれるだけやった。人間形態とキャリアー両方の姿で診てみても不明だったのだ。

 しかし日常に戻れたのは大きい。明日から学校に、いつもの生活に復帰出来る。


 卓也は身体を伸ばし部屋を出る。そして廊下に漏れるコーヒーの臭いを辿るようにリビングへと足を運んだ。


「おはよう、母さん」


「おはよう卓也」


 身長は卓也と変わらない位だろう。二葉以上の身長をした女性だ。

 彼女の名は藤岡春菜、卓也の母である。

 春菜は卓也に微笑むと、慣れた手つきでコーヒーを卓也用の緑のマグカップに注ぐ。そして砂糖を取ろうとしたが卓也が止める。


「母さん、俺水でいいや」


「…………そう」


 浄水器からグラスに水を酌み、卓也に手渡す。それを受け取り、卓也はリビングの席に座る。そしてテーブルに置かれたリモコンを取るとテレビの電源を入れた。


「そういえば、もうそんな時間ね」


 トーストや目玉焼きといった朝食をテーブルに並べ、春菜も椅子に座りテレビを見る。


「父さんは?」


「まだ寝てるわ。昨日打ち合わせで遅かったし」


「ふーん」


 グラスに口を着けながらテレビへと視線を移す。そこには日曜日の朝、子供達が揃ってテレビの前に正座し凝視する……特撮ヒーロー番組が始まった。今では俳優目当てで見る親もいる程、世間でも注目されているせいか常に一定以上のファンを獲得している。

 卓也はトーストを取ろうとしたが止め、水を飲みながらテレビを見る。

 一瞬春菜が悲しげに目を細めた。

 時間は進み、カブトムシをモチーフにしたヒーローの登場、そして敵であるイカの女怪人との戦いになった。


『さあ、貴様らの最期……人類の終焉だ!』


『させるか!』


 剣を手にイカ怪人に斬りかかるヒーロー。二人は重そうな着ぐるみを着ていながら殺陣を繰り広げる。体術で剣を捌きながら、合成を使わずに器用に肩の触腕を振り回す姿に目を奪われた。

 卓也の目はヒーローよりも怪人の方を注意深く見ている。

 勿論全く見ていない訳ではない。ヒーローの蹴り技を混ぜた剣捌き、途中から助けに入った仲間であるクワガタムシのヒーローとの連携、それを圧倒的な強さで撃退する怪人。

 スーツアクターを目指す卓也は殺陣に夢中になりながらも、その動きを学ぼうと必死に分析する。どうすれば格好良く剣を振るえるか? 蹴りの美しいフォームは? 何より視界や動きを制限する着ぐるみの中でどう殺陣を演じるか、演者の骨格をイメージし観察していた。


『ぐあぁぁぁぁぁぁ!?』


 電撃を纏った触腕に仲間の変身が解かれ、怪我のメイクをした俳優が地面に転がる。

 強い。二対一であながらも不利を感じさせないのだ。それもそのはず、この怪人は所謂幹部怪人。物語としては中盤のボスキャラを勤めている。

 絶体絶命のピンチ。しかしそこで終わるようなヒーローではない。

 新しいアイテムによるパワーアップに、新しい武器。この話は玩具の販促回でもあるのだ。


『お、おのれ!』


 次第に追い詰められてゆく怪人。時間や物語の展開的に考えても、ここで終わりだろう。


『俺の、俺達の力を見せてやる!』


『ファイナルセイバー』


 カードを剣に差し込み必殺技の音声が鳴る。

 負けじと触腕を伸ばしヒーローを攻撃するが、ヒーローはその触腕を切り刻みながら走り距離を積める。

 そしてすれ違いざまに怪人の胴体を切り着けた。


『うおぉぉぉ……』


 画面目線に立つヒーローの背に、火花を散らしながら倒れる怪人。そして大爆発に消えていった。

 新しい力を得て強敵を倒した瞬間である。まさにヒーロー番組の定番、醍醐味だろう。世の子供達はこのシーンを求めテレビに集まるのだ。

 そんな中卓也は無言でテレビから目を離し、春菜は残念そうに苦笑いをしていた。


「お父さん、やられちゃったね」


 母の言葉にゆっくり頷く。そう、あの怪人を演じていたのは卓也の父だったのだ。


「でも……やっぱり父さんは凄いよ。今回合成は殆ど使ってなかったし」


「そうだな。電撃のエフェクトや伸ばした場面くらいだったな」


 リビングに一人の男性が入って来た。身長は百七十に満たない小柄な男性。卓也の父、藤岡光雄だ。

 光雄は冷蔵庫から牛乳を取りグラスに注ぐと椅子に座る。


「おはよう父さん」


「おはよう」


「ああおはようお母さん、卓也」


 春菜は朝食を並べ、光雄はグラスを口に運ぶ。

 テレビでは先程のヒーローのパワーアップアイテムと武器のコマーシャルが放送されている。


「あのイカの足、下手に振り回すと滅茶苦茶な動きをするから大変だったな」


「だろうね。そういえばさ、今回でやられちゃったけど、この後の仕事はどうなるの?」


 担当しているキャラクターが死亡すれば、当然演じている役者もそこまでだろう。しかし彼は通常の俳優とは違う。


「なあに、まだまだ終わりじゃないよ。別の役を貰ってるからね。もう次の撮影をしているさ」


「そっか」


 製作会社や所属事務所の守秘義務により詳しくは聞けないが、まだ父の活躍がテレビで見れる。それだけで卓也は嬉しかった。ただ一つ不満があるとすれば、きっとその仕事も主役ではないだろう。

 小柄な光雄は女性の役を演じる事が多い。所謂女形なのだ。

 父を純粋に尊敬していた。仕事に対する姿勢、熱意、技術。幼い頃から見ていた背中が憧れとなっている。


「卓也」


 コーヒーを置き卓也を真っ直ぐ見詰める。


「今日は何か予定があるのか? よかったら出掛けないか?」


「あー…………。ごめん、今日一馬達と約束してるんだ。明日から学校だし、ノートとか写さしてもらうんだよ」


「そうか……」


 残念そうに呟き、再びコーヒーを手にする。そんな父に申し訳なさを感じ、居心地が悪いような気がする。


「あ、そろそろ準備しなきゃ」


 卓也は急ぎ足で立ち去る。彼が居なくなった席には全く手を着けていない朝食が残されていた。

 春菜が皿に触れ俯く。


「…………ねぇ、あの子……帰ってから何も食べてないの」


「ああ……そうだな」


「飲み物しか口にしないのよ」


 春菜の声が震え、彼女を光雄が優しく抱き締める。


「これ、撮影でしょ? 仕事、受けてたって言って……」


「俺もそう思いたいさ」


 思い出すのは検査中の卓也の姿。遠目とはいえあの姿を忘れはしない。人所か、生き物かも疑問に思うような存在。

 植物の怪物と化した息子の姿が脳裏から離れない。

 あれが着ぐるみだったら、テレビの撮影だったら。そう何度願った事だろうか。息子のデビュー、その撮影風景だと思いたかった。

 現実は違う。いつもの仕事、そこで演じるような存在に変貌した息子に戸惑いを隠せない。


 ただ今は嘆く妻を抱き締める事しか彼には出来なかった。

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