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目が覚めた時、そこには気絶する前と変わらず森の中だった。
ただ、死体や血の跡なんて物騒なものはなかった。
「あれ……私、何でこんなところで寝て……うぷっ」
思い出せば胃袋の中身がこみあげてきた。なんとか吐かずに済んだのは、血の跡や臭いが無かったからだろう。私の服とかにかかった血しぶきの跡もない。
夢、だったんだろうか。
夢、だったんだろうな。
だって……錬金スライムは、セーフティーがかかっていて、生き物を素材にできないはずだもん。
と、そこにぴょん、ぴょんっとアカが私のカバンを頭にのせて跳ねてくる。
「ひっ!?」
と、思わずその赤色に恐怖心が芽生え、引いてしまう。
ぷるんとアカが私を見て震えた。
「……え、あ、その、なんか、怖い夢を見て……」
私がなぜか言い訳していると、アカが、『大丈夫?』と、言わんばかりに体を揺らし、ポーションをぽっと吐き出した。
そのポーションの色は、血のように真っ赤で……
「……ブラッドポーション」
それは血を素材に作るポーションだ。元気になる効果がある。……頭が痛くなってきた。
だって私は、赤スライムの持ち物に動物の血なんて入れてない。
「ここを綺麗にしたの、アカ?……ペペルトは、どこにいったの?」
聞いたけど、答えてほしいわけじゃなかった。しいて言えば『知らない』と答えてほしかった。
しかしアカは一回ぷるんと震えて、ポーションの瓶をつっつく。
あたかも『これ』と言わんばかりに。
さらに、こちらが頼んでもいないのに、ブラッドポーションの鑑定を行って見せる。
その名前は『ペペルトポーション(レア度:ユニーク 価値:低)』と書かれていた。
それはつまり、このブラッドポーションの素材がペペルトということ
ああ、改めて吐き気がこみあげてきた。おげぇぇぇ……
……やっちまった。許嫁を、ペペルトを殺してしまった。
いやまぁ山賊のお友達と組んで人身売買しようって時点で正当防衛なんだけど……ペペルトとの思い出が頭をよぎる。……思い返すペペルトの笑顔は、どこか引き攣っているように思えた。
……まぁ、忘れよう。忘れるように努力しよう。
でもどうなってるんだ。錬金スライムのセーフティーは? と、私は確かめられずにはいられなかった。
「せ、セーフティーはどうなってるの? ほら、人とか生き物は素材にできないって」
今度こそアカは何も答えない。だんまりだ。
……だが、それはその答えをもう実演という形で提示しているからに他ならない。
唖然とポーションを見ていると、アカは体に『ペペルトポーションのレシピを削除します』と勝手に表示し、そのレシピを削除した。
……失敗したオリジナル調合のレシピを削除するのと同じ挙動だ。
改めてポーションを鑑定するアカ。今度は『ブラッドポーション(レア度:コモン 価値:低)』と表示された。
証拠はもう無いってか。というか、私に見せつけるためだけに『ペペルトポーション』なんて名前のレシピを作って表示したのか。
「というか……アカ、話せたりするの? こう、オリジナルレシピのタイトルを編集する感じ、とか、鑑定結果の文字を表示するような感じで」
私がそう言うと、『!』と表示される。されてしまった。
『こんにちわ』と、鑑定結果と同じような文字が赤スライムに浮かぶ。
「あ、あはは、大発見だわ。……あ、でも先生のスライムとアカで話してたこともあったっけ。それほど大発見でもなかった」
『こんごとも よろしく』
「あ、はい……よろしく?」
挨拶をされたので、思わずおじぎして返してしまう。
「……助けてくれて、ありがとう?」
『どういたしまして。ポーションにしたけど どうする? つかう?』
「……人間を素材にしたポーションとか気持ち悪いからいらない」
『わかった』
そう言って、アカはぽいぽいといくつものブラッドポーションを投げ捨て、赤い中身を地面にぶちまけた。……うぉえ、惨劇を思い出してしまった。
「ねぇ、ところでもしかして――」
と、ここまで喉に出して「私も素材にできちゃうの?」と言いかけた言葉を飲み込んだ。
……もし『できるよ』と答えられたらどうしよう。
だ、だって、いくら錬金スライムが錬金術師の半身だといっても、アカとはまだ1ヶ月の付き合いなんだよ!?
しかもアカってば、【錬金術】するときには私の手を包み込んでないとアイテム錬成してくれないんだよ!?
いくら命を助けてもらったからって、知り合って1ヶ月のドラゴンの口に手を突っ込むような真似はしないでしょ!?
しかも自我持ってるんだよ、自我!
つまりアカの気分次第で私が手を突っ込んだ時、あの山賊の足のようにスゥッと消えない保証は一切ないんだよ!!
寝てる間に『ご主人様むかつく』って消される可能性すらあるんだよ……!!!
でも錬金スライムのアカが居なきゃ、私はこれっぽっちも【錬金術】できない。快適な生活は送れない。
いっそアカを捨てて隠居でもしたほうが良いんだろうか。
いや、捨てたら捨てたで逆襲されて溶かされる未来すらあるぞ? お? 詰んでるかなこれ?
……なんということか。ペペルトが一生私の奴隷だどうのとか言ってたけど、私が一生アカの奴隷になってしまうのでは?
うん、ちょっとペペルトの気持ちが分かった気がする。
私はアカを見た。
……私がカタをつけないとダメ、だよねぇ……
「こ、これからも仲良く、よろしくねっ!?」
『うん!』
ああ、村長にペペルトのことなんて言おう……正直に話すしかないよね……
色々気まずくて村に居場所無くなりそう……ミファに頼んで居候させてもらえないかな。お貴族様だし、私一人置く場所くらいはあるでしょ多分。
錬金スライムは物理無効、となると……魔法か、病気か……
――――――
かつて、錬金スライムに頼り切った錬金術師の在り方に異を唱える一人の女錬金術師がいた。
彼女は赤い錬金スライムを相棒にしつつも、錬金スライムに頼ることなく錬金術が行えるようにレシピを紙に書き起こし、道具を揃え、古き技術を磨いていた。
そしてある日。錬金スライムだけがかかる奇病によって錬金スライムが全滅。新たな錬金スライムを召喚することもままならず、世界は大混乱に陥った。
その時、錬金スライムに頼らずに錬金術を修めていた女錬金術師の多大なる貢献により、技術断絶することなく今の錬金術師界隈が存在しているというのは、皆が知る事実である。
もっとも、彼女の赤いスライムだけはなぜか奇病にかからず無事に生きながらえ、隠居した彼女に寄り添っていた。
そんな彼女は笑顔が苦手で、傍らの相棒を見てはいつも引き攣った笑みを浮かべていたという――
(今回のコラボ、プロットは以下のような感じでした。
1.錬金術師学校。遅刻して最後にスライム召喚
2.
3.信頼できる仲間達と卒業パーティー
4.
5.隠居
空白、書いてないことは自由!)
(あと2/25に絶対に「働きたくないダンジョンマスターが惰眠をむさぼるまで」コミカライズ3巻でます。そちらもよろしくね!)