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「……は? 借金?」
「ああ。ちょっと金貨30枚ほど」
くらりとした。金貨30枚とか、村なら3人家族が10年暮らせるレベルだよ!?
「な、なんでそんなに借金があるのよ!」
「君には関係無い――いや、あるか。まぁ、その、賭けで負けちゃってさぁ」
「コイツ、弱いくせにカード好きだからなぁ。あと女に貢いで、だろ?」
「おい、言うなって」
親しげに肩を組むペペルトと山賊。……は? はぁあ? つまり何? 遊びで借金作ったってこと?
「それに、君を売ったお釣りで、僕は王都で暮らせる予定なんだよ」
「何、言ってんの?」
「あれ? 頭のいいポリナなら分かると思ったんだけどなぁ。簡単なことなのに。もう一度言うよ? 錬金術師はお金になる。僕はお金が欲しい。な、簡単だろ?」
あっけらかんと笑うペペルト。本当に彼は、私が知っているペペルトなのだろうか?
「そんな不思議かい? 村じゃともかく、王都みたいなでっかい町ならお金さえあれば何でもできるんだよ。王都で暮らすにもお金が要るだろ。……君が錬金術師で僕は嬉しいよ、なにせ、こうして僕の為にお金になってくれるんだからね!」
「ペペルト? ねぇ、嘘でしょ」
「嘘? 嘘なもんか! 昔から気に入らなかったんだ。才能、才能、そんなに【錬金術】が偉いのか! 次男はただの厄介者か! 何度、何度兄さんを殺そうと思ったことか。兄さんさえいなければ僕が次期村長だ。ま、できなかったけどね。手段がなかった。……兄さんは実際、素晴らしい村長になるだろうよ。僕みたいな厄介者を君という錬金術師に差し出して村に繋ぎとめようとしたんだから」
「私とペペルトは夫婦になるじゃないの! それならペペルトだって」
「――でもそれは、君のおこぼれにすがって、死ぬまで君の奴隷をやれってことだろ?」
ふん、とペペルトは鼻で笑う。
ペペルトは何を言っているのか。
「そんなの我慢できるわけないだろ。僕に一生死んでろってことだぞ? 僕は生きたいんだ。なぁ。夫婦ってのは、支えあうもんだろ? これまで僕は君を支えてきた。みじめな奴隷を侍らせて楽しかっただろ? だからほら、今度はポリナがお金になって僕のことを支えてくれよ。君みたいな傲慢な女、僕の趣味じゃないんだ」
そうして今度はうっとりと何かを思い出して。
「王都には君より素晴らしい女性がたくさんいるんだよ。パイパさんのあの大きな胸を鷲掴みにできたときは――みすぼらしい君の事なんてどうでもよくなったね」
「おまっ、胸の事を言い出したら戦争だろうがッ! てめぇ!」
「ハッ、所詮ポリナには【錬金術】って価値しかないじゃないか。持たざる者のくせにその1点だけで優遇されて。昔から大嫌いだったんだ! クソガキが! ――いや、でも、こうして金になってくれるんだから助かるよ。君の話をしたら彼らも喜んで協力してくれるって話になってね。元手もかからずに君を処分できて、借金も返せて、しかもお金が入ってくる。本当にありがとう、今まで我慢した甲斐があったよ」
ペペルトはにっこりと笑う。
そんな。
今まで私とペペルトはそれなりに仲良くやってきたと思っていたのに。
そんなに私の事が嫌いだったのか。
「おーい、もう痴話喧嘩は止めてもらっていいか? そろそろ撤収したいんだけどよぉ」
と、山賊が割り込んできた。
「ああいいよ。もう顔も見たくない」
「へへっ、まぁそういう事だからよ。観念してくれや」
ペペルトがてをひらりと返すと、山賊の一人が私とペペルトの間に立ちふさがり、にじり迫ってきた。手には荒縄。
くそっ! せめてペペルトを1発ブン殴ってやりたいのにこの立ち位置じゃそれも叶わない――
――その時。山賊の手にあった私のカバンがぶるんと揺れ、アカが飛び出した。
「うぉっ! おい、スライムを近づけさせるな――って、は?」
「おいおい、なんだあれ。赤いぞ? 錬金スライムって青いはずだろ?」
そして、アカは私の前にぷるんっとした体でやってきた。
『助けに来たよ!』と言わんばかりに。
「ははっ、おい、あの女、もしかして錬金術師っての嘘なんじゃねぇの?」
「だな! あれだろ、学校卒業できないと封印されるってやつじゃないか? 錬金スライムが手に入れられなくて嘘ついたんだろ」
確かに学校を卒業できなかった場合は錬金スライムは封じられる。だが、その場合はスライムが最初に触媒として使った石に戻るということを山賊たちは知らなかったようだ。
(ちなみにその場合でも来年また来てね、という事になるだけである)
「あ。おい、ペペルト。お前の取り分、減らすぞ。金貨5枚な」
「そんな! 約束が違う!」
「当たり前だろ! 錬金術師じゃなかったんだからよぉ!」
「くそっ、ポリナめ、騙したな! この傲慢嘘つき女!」
だが何とでも言うがいい。やった。これで爆弾が使える――と、アカに手を伸ばそうとしたとき、いつの間にか後ろに迫っていた山賊が私の腕を取り押さえ、後ろに捻り上げてきた。
「ひぐ! ちょ、何すんのよっ」
「妙な真似はするなよ? テイマーにモンスター持たせたら厄介だからな。たとえスライムでも伝令したり縄をほどいたりできるだろうし」
ぐ、そ、そのくらい油断しろよぉ!
と、私を他の山賊に預けてアカと対峙する山賊。
アカはぷるんと震えた。
「おーおー、いっちょまえにスライムごときが騎士様のつもりかぁ? ザコ魔物の癖に健気だねぇ! 潰れとけや!!」
と言いつつ、山賊の男は泥の付いたブーツの底をアカにむけ、勢いよく踏みつけて――
「だ、だめぇえええええ!!」
「ははははは! ――うぉっ!?」
――スカッ、とまるで階段を踏み外したかのようにずっこけた。
山道に倒れこむ山賊。アカは無事だ。そういや錬金スライムって物理無効だった。
……山賊は地面に手をついて上体を起こす。
あ……え?
「うぉ、いてて。こけちまったよ」
何こけてるんだよ、マヌケー、といったヤジが飛ぶ。……しかしすぐに周囲の笑い声は止まった。
「スライムってめっちゃ滑るんだな、踏んだ感触なかったぞ」
「お、おい……」
「おまっ、ちょ」
「ん? どうした?」
……アカを踏みつけようとした山賊の男は、仲間達の目線を追う。
その目線の先は、自分の足だ。
しかし、山賊の男は自分の足を見ることはできなかった。
なぜなら、足が、無かったからだ。
……代わりといわんばかりに、足のあるはずの空間に向けて赤い血液がぶしゃぁと噴出していた。
「な、なんだこりゃあああああ!? お、俺の、俺の足ぃいい!?」
「え、は?」
山賊の男だけじゃなく、私も驚いて、何をどうしたら良いのかと思考が止まる。
私が何か言おうとする前に、アカがぴょんっと山賊の男に飛びついた。
「うわ、ぇ、あ、何すんだこの、もが、ボッ」
アカは頭にとりついて、男の顔面を覆った。赤いスライムに呼吸器官をふさがれた男は引きはがそうと手でスライムをつかもうとする。しかし、アカの身体に触れた次の瞬間には指が、手が、消失していた。
そして、頭全体を包み込んだアカ――次の瞬間、半透明な体の中に見えていたもがく男の頭が、消えた。
――アカが退くと、びゅしゅ、ぶしゅっと、首から上へと血液が吹き上がる。
……生温かい赤い雨が降り注いだ。
は? え? 何これ、何がどうなってるの?
セーフティー……? あれ?
この異常事態に真っ先に反応したのは、ペペルトだった。
「う、う、うわぁあああああああぁぁぁああああ!!」
――しかしアカが何かを吐き出し、その何かが勢いよくペペルトの足を貫く。
「いぎゃあああああい!? ひぎ、あ、な、なんだっ、これっ!?」
それは鋭く尖った白い槍。ふくらはぎを貫通し、ペペルトを森の木に縫い付ける。
『にげちゃだめだよ?』と言わんばかりに。
――課題で見覚えがある。動物などの骨を素材に錬金術で作れる、骨槍という武器だった。村で狩りをするなら、丈夫な骨槍はとても重宝されるだろう。しかも動物を狩ればさらにその骨を素材に次の槍が作れるという代物だった。
恐らくペペルトの足を縫い留めたその槍の元は、私の目の前で頭をなくして絶命している男。
「な、ななな、なんだこいつ!?」
「ひぃ! なんだよ、こんなところにいられるかひゅっ」
「ぎゃあああああ!!」
逃げようとした山賊を、一人も逃がさないと言わんばかりに骨槍を発射し射殺す。
『だから、にげちゃだめだって』と。声は無く、アカはぷるんと嗤った。
「お、おい! とめ、止めさせろ!」
「えっあっ、えっ」
山賊の一人が私に向かってくるが、ぶわぁと膨らんだアカが、赤い半透明の壁になる。
「え……あゃ、ひっ」
その壁に押しつぶされる山賊――否。風船のようなスライムの壁に押しつぶすほどの重量はない。単に、触れたものを全て消していただけだった。
私はその消えゆく断面を半透明なスライム越しにもろに見てしまい、ふっと気を失った。
(赤は危険色)