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錬金スライム――それは、錬金術において必須のパートナーである。
それはレシピを集約した辞書であり、素材を見分ける鑑定士であり、材料を混ぜて煮込む釜であり、素材を砕く乳鉢であり、要素を抽出する蒸留器であり、重量を計る計量器でもある。
改めて言おう。
錬金スライムは、錬金術において必須のパートナーである。
古代、錬金スライムが居なかった頃の錬金術では煮込んだり砕いたり抽出したり計量したりをすべて手作業で行っていたというのだから恐れ入る。
現代では錬金スライムに素材と魔力を注ぐだけで自動的に錬金術を行い、ポーション等を生成できる。これもそんな先人たちの知恵や技術の賜物でる。
無論、オリジナルのレシピを作る場合は錬金スライムで自動的にという訳にはいかない。しかし材料を定温で煮込む、素材を均一に粉砕する、といった単純な工程は錬金スライムで行える。
そして、最終的には作成したレシピをスライムに登録することで、やはり自動化できるのだ。
ああ素晴らしき哉錬金スライム。
しかし残念なことに、錬金スライムは【錬金術】スキルが無ければ使えない。
逆に言えば、【錬金術】スキルさえあれば一生食いっぱぐれることはないだろう。
「おーいポリナ? また何か変な事考えてる?」
「あ、ごめんペペルト。ちょっと私の人生について考えてた」
自己紹介が遅れて申し訳ない。
私は【錬金術】スキルを持っているポリナという村娘、花も恥じらう16歳だ。
大事なことだからもう一度言おう。私は【錬金術】スキルを持っているのだ!
故に、私ことポリナの人生は産まれながらにして安泰である。一生楽々生きて、老衰で死ぬまで余裕の人生なのだ! 羨ましかろう! 羨ましいと言え! ハーッハッハッハ!
【錬金術】持ち――錬金術師といえば怪我や病を治す『医者』であり、生活用品を創り出す『鍛冶師』であり、雑貨を売る『商人』であり、村を守る『戦士』でもある。
その発言力はそこらの村長では太刀打ちできない代物となるのは言うまでもない。
いやぁ権力権力! 私、権力ってだーい好き!(※ただし自分が振るう方に限る)
下手に町で錬金術師を名乗っても同業者が幅を利かせている。村の権力者くらいが私としても丁度いい。
尚、私は故郷のピリカ村の村長ん家の次男、ペペルトと許嫁である。
村長は錬金術師を自分の家に取り込みたいのだろう。跡継ぎの長男はもう結婚してるからと次男を宛がってきたのだ。そこに私も異論は無い。15歳も年上のポポリ兄さんに妾として嫁ぐより、2歳上くらいのペペルトと結婚するのが自然だもの。
ゆくゆくはポポリ兄さんに面倒な村長の仕事を押し付け、私自身は村の相談役とか絶妙な立場になって、意味深にニヤリと笑うだけで男どもが慄くような素敵な婆様になり、たくさんの孫に囲まれつつ天寿を全うするのが目標である。
まっ、【錬金術】スキルがある時点で既に達成したようなもんだけど!
「ポリナ、王都が見えてきたぞ」
「あら本当。いよいよあそこで私の才能が開花するのね!」
この乗り合い馬車は幌が無いので外がよく見える。ペペルトが指さす先にある立派な外壁の町、王都。あそこには、錬金術師の学校がある。
学校と言っても、その実態は錬金スライムの教習所的な感じの場所で、入学条件は【錬金術】スキルを持っていることだけだし、卒業するには教師の出した課題の品を錬金スライムに魔力を渡して作ってもらうだけ。
期間だってたったの1ヶ月と短期だ。
それなら別に独学でも、と言いたいところだが、錬金スライムを召喚するための魔法陣は王都の学校にしかない。ついでに錬金術師を名乗るにはここを無事卒業しなければならないという規定がある。
(あと、錬金スライムの召喚について、星辰やら保存の効かないナマモノな触媒やらの都合で一年の内この時期じゃないとダメとかで。国内で同年代の【錬金術】持ち、未来の錬金術師が集う珍しい機会だったりもする)
まぁ、難しいことはもうなんでも錬金スライム君がやってくれるし教えてくれるって本当に先人の錬金術師たちには頭が下がる思いだ。おかげで私みたいなのでも錬金術師ライフが送れるってなもんよ。
「面倒といえば面倒だけどこれも錬金術師になるために必要な事。将来の為に頑張るぞー! 目指せハッピー錬金ライフ!」
「まったく、ポリナは元気だなぁ」
ちなみにペペルトについては私の付き添いだ。折角なので観光してこい的な、そんな感じ。ペペルトは【錬金術】持ってないからね、仕方ないね。
* * *
そして入学初日。私は先生に呼び出されていた。
「弁明を聞こうか、ポリナ君」
「違うんです。わざとじゃなかったんです。寝坊したのは事実ですが、そのあと道を渡れず困っている御婆様に遭遇して。心優しい村娘の私としてはこれは助けなければと思うじゃないですか? 万一これが校長ゆかりの御婆様であったら遅刻にお目こぼしももらえるかもしれない、という下心もありましたが。そしてそう考えた私は御婆様を背負って道を渡り、その足で学校まで走ってきたわけです」
「……君に悪意が無かったのは分かったが、とんでもないおっちょこちょいだな……まさかその御婆様を降ろし忘れるとは……」
先生はやれやれとため息をついた。
そう。私は通学中に御婆様を助けたために遅刻したのだ。人助けによる遅刻なので情状酌量の余地はあると思う。
おっと、別にペペルトが寝かせてくれなかったとかそういう訳じゃないのよ? 私達は結婚するまでは清い関係でいようねって決めてるので! 単に楽しみで寝付けなかっただけなのよ。部屋も1人部屋を2部屋だし。
ちなみにこの私が助けた御婆様は本当に校長ゆかりの御婆様であらせられたのだが、目的地は学校ではなかったため、たいそうお怒りの御様子でお帰りになられた。
まぁそういう事情なので入学式に出ることは叶わなかった。まぁいいさ。どうせ学長の長い挨拶を聞くだけみたいなもんだっただろうし。
初日からばっちりお叱りを受けてから教室に入ると、机をどけた教室のど真ん中に魔法陣が書かれたプレートが置いてあり、それを囲んで先生と5人の同級生が居た。
同級生は全員大体同年代で、男女比は男3女2、私を入れると丁度半々だ。すでに錬金スライムの召喚を終えており、手のひらサイズからスイカ大までの水色のぷるっとした丸いボディの相棒を携えている。
……ああ、いいなぁ錬金スライム。つるんとしてて触ると気持ちよさそうだよねぇ。
よし、私も早速召喚させてもらおう。
「む、やっと来たかね」
「はいっ、ピリカ村出身ポリナ16歳、ただいま参りました! 私にも錬金スライムを召喚させてください!」
「ではそこにある媒介から好きなものを一つ選んで床の魔法陣に乗せたまえ」
私の自己紹介を軽くスルーした先生は、いくつかの石が置かれている教壇を指さした。教室の手前にあるそこに、大きさの異なる青い石が無造作に転がっている。これが錬金スライムとなる媒介だ。出来上がりのスライムの大きさに影響するらしい。
小さい粒なら手乗りサイズ、大きい塊ならでっかいクッション。そんな感じ。
ここは一番大きいのを選ぶことにしようかな? 大きさが違ってもスライムにできる事は同じなのだが、大きい方がなんかお得感がある――いや、逆に使いにくいか? せめて教室の扉をくぐれるくらいにした方がいい?
私はこぶし大の青石をスルーし、他の石を探す――お? なんだこれ。色が他のとちょっと違うぞ? ほんのり赤い気がする。特別感。これは大事ですよ!
私は、指でつまむくらいのほんのり赤い小石を選んだ。
「これにします」
「では魔法陣に置いて。呪文はこの紙に書いてあるから」
「はーい」
受け取った紙に書いてある長ったらしい呪文をつっかえつっかえ読み上げ、魔法陣に魔力を注ぐ。体内から手のひらにあふれさせた水を、魔法陣にポタポタと落とすイメージ。
……手汗っぽいが気にしない、これは魔力なのだから。
「では! ……錬金スライム、召喚!」
言い終わるとともに、『ぼふん!』っと魔法陣プレートから煙が出る。成功だ。これで、煙が晴れたらそこには私の相棒となる錬金スライムが――
――赤い、いちごゼリーのようなぷるんとした玉が、そこにいた。
「……あの? なんか赤いんですけど?」
「おや……? 赤いですね。これは一体……?」
と、先生は胸ポケットから小さな錬金スライムをにゅるんと取り出し、ルーペのように変形させて私の赤スライムを見る。
なにあれカッコいい。私も手のひらサイズにすればよかったかも……
「とりあえず鑑定してみましたが、錬金スライムのようなので大丈夫でしょう」
「えっ、あ、そ、そうですか?」
「はい。ではこれで無事全員パートナーのスライムを手に入れることが出来ましたね。それでは明日、改めてスライムの使い方についての授業を行います」
先生が手をパンパンと叩くと、同級生たちは「はーい」と揃って返事した。私も赤スライムに気を取られて少し遅れたけどちゃんと返事したよ。
「あ、いや。スライム目覚まし時計の機能の使い方だけ先に説明しておきましょう……ポリナさん、明日は遅刻しないように」
「は、はい」
こうして、私も相棒となる錬金スライムを召喚することに成功した。
私のだけ赤かったけど。