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散髪

作者: 気まぐれK太

 待ち合わせ場所の広場には2時間前に着いた。中学生の頃よりは、あの修学旅行のときよりは、幾分進歩しているのではないだろうか。前夜を眠れずにすごすなんてことは起きなかったのだから。それとも約束には早すぎたのだから五十歩百歩というところだろうか。

 広場は夏の日差しが強く照りつけていてとても暑かった。それも広場の中央にある石像も融けてしまうのではないかと危惧するほどだ。こんな暑いところに一時間もずっと立っていることはできないと周りを見渡すと、ここから離れたところにベンチが一基空いているのを見つけた。


 私はベンチに向かって意気揚々と歩いていった。だが、ベンチに近づくにつれて足どりは重くなっていった。とうとうベンチの10メートルほど手前で私は歩みを止めてしまった。

 隣のベンチではカップルがいちゃついていた。それ自体はなんの問題もない。私も似たようなものだ。しかし、遠目にはわからなかったのだが、女の髪型はショートカットだった。

 心の天秤はショートカットと炎天下の一時間で釣り合ってしまった。熟考の末に「待ち人が私に気づかないのではないか」という言い訳をショートカットの皿に載せて、私はベンチの前を去ることにした。


 広場に戻って来た。私は石像の隣でなにをするでもなく立っていた。なにも考えまいとするときほど嫌なことを考えてしまうのは世の常だろうか。私は融けた石像の幻にあの修学旅行の涙を重ね合わせていた。

 風に舞う長い黒髪、向日葵のような笑顔、去っていく短い茶髪の彼女(、、)、誰も悪くなんてなかったのだ。もう、気にしてはいない。


 しばらくして待ち人が来た。待ち合わせ場所に訪れた彼女はいつもとどこか違っているような気がした。私は違和感の原因を調べるべく彼女を観察してみることにした。

 違和感の正体は私がプレゼントしたブーツではなかった。彼女に似合うように何時間も考えたあのブーツではなかった。そして、一緒に選んだお揃いのブレスレットでも、彼女のお気に入りのコートでもなかった。

 それは髪だった。

 髪の毛が切られていた。彼女の長く肩まで伸びていた、あの絹のような髪が、いまやバッサリと顎の辺りで切られている。私は違和感の正体を認識すると同時に身の毛がよだった。

 私は気づいてしまった、彼女のあの艶やかな髪は私の知らない男に触られてハサミを入れられたのだと。彼女が私ではない男を信じ、私ではない男をたより、私ではない男の手のなすがままにされ、私ではない男の望む姿にされたのだと。

 認めがたい真実を前にして、私は胃に熱した鉛を入れられたかのようにカッとなった。しかし、それもすぐに冷めてしまった。

 私はもう知っているのだ。私には到底できないことがあって、それをしようとすることは無駄なのだと。それは、ちょうど粒子の運動量と位置が同時に求まらないことと同じだ。そして、僕が彼女(、、)の好みのタイプでなかったこととも同じであろう。

 そして、今この場所では、私の手では彼女の髪を切ることができないということに等しい。いくら深い海に沈んでいくかのような感覚にとらわれたとしても、私にできるのはただ自分の彼女が男の色に染められていくのを静観することだけなのだ。

 私は自らの無力さを嘆いた。そして、世の中のショートカットを呪った。

 そして、取り繕った笑顔で僕は彼女にこう言った。

「髪を切ったんだね、似合っていると思うよ」

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